4章 第161話 2人でプールへ
鏡花の優しさに触れて、余計な迷いを捨てられた俺は晴れやかな気分だった。そんな俺は鏡花と2人、高校最後の夏休みとして思い出作りに来ていた。
市内の外れにある、大型プール施設に2人きり。去年は皆で海だったから、今年は鏡花と俺だけだ。
そこにいやらしい意味は無い。元々鏡花は、そんな過激な水着を着たりしない。ただ恋人と2人でプールと言う、特別な環境を経験しておきたかっただけだ。健全、そう非常に健全な理由なのである。
「去年のとはあまり変わらないけど、変じゃない?」
「変なわけあるか。その水着も可愛いと思う」
「……ありがとう」
少し恥ずかしそうな鏡花は、今回もパレオタイプのスカートに上はチューブトップだ。昨年と違うのは水着の色合いだ。
去年はシンプルに白で統一していたけど、今回はライトイエローに花柄の明るい水着だ。鏡花の心境の変化が、水着のチョイスにも反映されたのだろうか。
もしそうなら、いい傾向なんじゃないだろうか。最近の鏡花は、良く笑っている。こうして楽しそうに笑える日々を、鏡花が過ごせているのは俺も嬉しい。
「最初は無難に流れるプールにするか」
「浮輪持って行く?」
「そうだな、あった方が鏡花も楽だろ」
身長的に俺は必要としないが、背が低い彼女は違う。泳げないほどでは無くても、体力があまり無い鏡花は浮かぶ方が楽だ。
持って来た荷物から、浮輪を取り出す。良くある海水浴用のエアーポンプで、大人用の浮輪を膨らませて行く。
幾ら体力に自慢があるとは言っても、炎天下でこの作業は中々に辛い。羽織った海水浴用のパーカーが、既に日光で熱されて暑くなりつつある。
これならもういっそ、脱いでしまった方が良いかも知れない。うだるような暑さの前では、こんなパーカー1枚では大して役にも立たない。
「あっちぃな」
「大丈夫? 変わろうか?」
「いや、大丈夫だよ。もう少しだから」
体育会系としては、こう言った地味な力仕事をやってこそだ。彼女にやらせるなどあり得ない。
浮輪一つで音を上げたとあっては、一生の恥と言っても過言ではない。空気が入って行く様子を確認しながら、必死にポンプを踏み続ける。
電動のポンプを使えば、もっと楽なのは分かっている。ただ何故か、それをするのは負けな気がしてしまう。
同じ様に膨らませて居る、周囲の男性陣に。家族や恋人の為に、如何に早く用意してみせるか。
示し合わせたわけではないが、謎の勝負がそこにはあった。もちろん俺は浮輪1個だけだ。我先にと終わらせて離脱させて貰う。
「よし! こんなもんかな」
「やっぱり男の子は早いね」
「ま、まあな。鍛えてるしな」
こう言った場面で、しっかりアピールしておかないといけない。体力や筋力で活躍出来る場面は、あまり多くない。
大学でフットサルでも始めれば、また違うのかも知れないが。ただそれはだいぶ先、未来の話でしかない。
今の俺に出来るのは、この様なタイミングだけ。あとは球技大会とか、そんなイベントだけだ。
やっぱり頼れる男だと、鏡花には思って貰いたい。得意分野では、確実に点数を稼ぎたい。
「行こう鏡花」
「うん!」
貴重品や他の荷物を一旦ロッカーに預けて、鏡花と2人でプールサイドを歩いて行く。いつもの様に手を繋いで歩くのとは、また違った感覚がある。
お互いに水着姿で、肌の露出度合いが違うからだろうか。そんな状態で歩いているから、人を避ける為に密着度が上がるとまあまあヤバい。
不思議なもので、鏡花の様に小柄で細い子でも柔らかいのだ。部分的な話ではなく、体が全体的に。
女の子の柔らかさは、謎に包まれている。そんなに脂肪がある様に見えないのに、腕とか腰とか色んな場所が柔らかい。
どうなっているんだろうか。そしてその柔らかさを一番実感するのは、まあそう言う行為の最中な訳で。
「またエッチな事考えてた?」
「いや、そんな事はないぞ、うん」
「……帰るまではダメだよ」
だから何でバレるんだよ。超絶ポーカーフェイスだったろ今。鉄壁のガードだった筈なのに、またしても完全に見抜かれてしまった。
やはりアレか? 小春って伝染するのか? 今のは明らかに小春チックな鋭さだったぞ。
怖いよアイツ、勝手に増えるとかエイリアンか何かかよ。これ以上鏡花を侵食しないで欲しい。鏡花の小春化は、深刻な問題なんじゃないだろうか。
「ほら、泳ぐんでしょ?」
「お、おう!」
既に水に入って居る人達の邪魔をしない様に、空いているスペースに2人で入る。鏡花には少し深いから、浮輪を渡して中に入って貰う。
プールの水は程よい冷たさで、先程までの熱気から一気に解放される。真夏のプールだからこそ、味わえる心地よさに満たされて行く。
そしてそんな状況下で、繋いだ手の温もりはちゃんとあった。恋人と2人でプール、良いなコレ。
ただ友達と来ただけでは、絶対に味わえない特別感がある。プールの中で手を繋ぐなんて、そう言う相手が居ないと出来ないから。
「何か、新鮮だよな」
「……うん。そうだね」
似たような事を考えて居たのか、鏡花は少し顔が火照っていた。こう言う所が可愛いんだよな。1年経っても初々しい感じ。やっぱりこの子が、俺は一番好きだ。




