4章 第158話 Side佳奈 鏡花の変化
昔から鏡花ちゃんは、自分を安く見ていた。そんなに卑下しなくても良いのに。確かに私達は平凡なんだけど、だからってイコール劣っている訳じゃない。
平凡と言う事は、そんなに悪い事じゃない。普通に過ごせると言う事は、十分に幸せな事だと私は思う。
華やかな生活だけが幸せなんじゃない。目立たない地味な生活の中にも、幸福な日々は詰まっている。
ただ今日一日がが楽しかったと言うだけでも、素晴らしい時間の使い方が出来たと言う事。
私は鏡花ちゃんや麻衣ちゃんと過ごして来た日々が、宝物の様に大切な時間だと思っている。
物語の主人公みたいな日々じゃないけど、決して不幸な時間では無かった。どの思い出も、忘れたくないものばかりだ。
「相変わらず極端だよね、鏡花ちゃん」
「え〜? そんな事ないよ」
「キョウちゃん自覚しよ〜?」
自分に自信を持てなくて、でもちゃんと成果は出して行く。そんなアンバランスな親友は、今回もまた成果を上げていた。
自分には魅力なんて無いと決め付けて居るけど、彼女の良い所に気付いた人達は確かに居る。
それが今はインターネットを通じて、更にその数を増やしていた。鏡花ちゃんは昔からそうだ、自分にやれる事は大した事がないと思っている。
その持ち前の真面目さが、誰かを助けた事に気付いていない。その優しさが、齎した結果を自身の成果と考えない。
「良いじゃない、有名な先輩で」
「でも……私だよ?」
「堂々としてなよ〜十分だよ〜」
単に自分の承認欲求を満たす為、そんな理由じゃなくて誰かの為に動く事が出来る。それが鏡花ちゃんの一番良い所だと私は思う。
目立ちたくないから、影に隠れて行動する。それがどれだけ、立派な行為であったとしても。皆がやれば良い事を、1人でやり切ってしまったり。
誰かを頼れば良いのに、全部自分だけで終わらせてしまう。小学生の時から、そんな傾向が見え隠れしていた。
他の班はじゃんけんで決めるのに、誰にも言わずに皆が嫌がるゴミ捨て係を単独で終わらせて来た。
誰かがやれば良いから、そんな理由で彼女は行動していた。公平にじゃんけんで決めようって、麻衣ちゃんと説得したのは懐かしい思い出だ。
『私なんかが居たら、面白くないよ』
『そんな事ないよ鏡花ちゃん!』
『ちょっと〜キョウちゃ〜ん』
そんな会話をしたのは、いつだっただろう。理由は分からないけど、それまで以上に鏡花ちゃんが後ろ向きになった。
些細な変化だったけれど、何かがあったのは間違いなかった。だけど何度聞いても教えてくれなくて、私も麻衣ちゃんも聞くのを辞めた。
友達だからって、好き勝手踏み込んで良いなんて事はない。知られたくない何かが、誰にだってあるのだから。
その何かが、鏡花ちゃんを変えたのは分かった。当時はまだ小学生だったから、結局それが何なのかは分からないままだけど。
誰かに何かを言われたのか、何かを見てしまったのか。何か理由があるんだろうけど、今更聞くのも憚られる。
鏡花ちゃんは男の子に揶揄われても、言い返したりしないから。多分そう言う何かがあったのだと思う。
ちょうどそれぐらいから、鏡花ちゃんが恋愛関係に興味を示さなくなったから。それまでは普通に、理想の男の子の話もしていたのに。
もし誰かに悪口を言われたのなら、その時点で私達に相談して欲しかった。
「もうちょっと、自信持とう?」
「そうだよ〜」
「それは……そうかもだけど」
相変わらず自分に自信がないみたいだけど、昔と比べたら随分前向きになったと思う。葉山君と関わる様になってから、鏡花ちゃんは昔の自分を取り戻した様に思う。
後ろ向きになる前の、元々の鏡花ちゃんを。欠けていたピースが綺麗に嵌まったみたいに、明らかな変化が現れていた。
最初は何かと理由を付けて拒もうとしていたけど、結局はこの形に落ち着いている。これで良かったんだと、私と麻衣ちゃんは考えている。
今や有名な先輩となって、後輩達から尊敬の眼差しで見られている。鏡花ちゃんの良い所が、明るみに出て私達も嬉しい。
自慢の友人が、正しく評価されて良かった。あれだけ勧めた合唱部に、今では熱心に通い続けている。やっと落ち着く所に収まった様で、安心して見て居られる。
「鏡花ちゃんぐらい、歌が上手い人って少ないよ?」
「得意分野って〜それぞれ違うよ〜」
「うん……」
色々と環境が変わって、周囲の評価に変化が訪れた。ただの目立たない普通の生徒から、話題性のある1人へと立場が変わった。
葉山君を中心に、色々な人々が鏡花ちゃんと関わる様になった。止まっていた時間が動き出したかの様に、日々変化して行く。
これこそが鏡花ちゃんの歩む道だったんだなと、しみじみと感じている。真面目で優しい友達が、ちゃんと報われて良かった。
いつまでも日陰で燻るのではなく、表舞台に上がれて良かった。そして鏡花ちゃんと友達になれて、本当に良かったと思う。
こうして楽しい毎日が送れているのは、鏡花ちゃんが居たお陰だから。昔幼稚園で、声を掛けてくれたから。だから今の私達があるんだ。
「さ、移動教室だよ鏡花ちゃん!」
「行くよ〜!」
「待ってよー」
いつか書こうと思っていた佳奈ちゃん視点でした。




