1章 第15話 初デートの後で…後編
2話続けて投稿しています。前編からどうぞ。
葉山真と佐々木鏡花による初デートの裏側は、まだもう少し続いていた。鏡花の知り得ない所で。
初めて出来た好きな女の子に浮かれ、やるべき事を誤ってしまった真への、神田小春からのお小言が続いている。
『分かった? アンタは最善手を今日まで取って来なかった。だからバカなの』
「…………ああ」
もっと分かりやすくて簡単な手段があったのに、浮かれて気付いていなかったのは真の落ち度だろう。恋愛をして来なかったが故の、経験不足もあっただろうが。
『アンタ今まで女に興味ないですーって態度取ってた癖に、キョウ相手だとわりと下心優先になんのね』
「人聞きの悪い事言うな!」
真は必死で否定するが、下心がないというなら異性としての興味もない筈だ。流石に言い分としては厳しいだろう。
『そんな事言って、どうせキョウの胸元やら太ももやら見てるんでしょ?』
「み、見てない!」
これは嘘だ。真はちゃんとしっかり見ているのだ。平らではないが豊かでもない膨らみを。豊満とは言えないがガリガリでもない彼女の脚を。
ただし本当にたまにチラ見する程度だ。真とて健全な男子高校生。気になる女の子のそう言った部分にはつい目線が行ってしまう。
平凡だからと言って、鏡花に女性的な魅力が無い訳ではないのだ。ちゃんとそれなりにある。
当の本人は、全く自信がないので皆無だと思っている様だが。平凡というのは、平均的な魅力を有しているとも言える。
放課後で目の前に立って話している男子が、実は内心で結構ドキドキしている事を鏡花は知らない。
『堅物だと思ってたけど、ただのムッツリだっただけみたいね』
「その認識変化は不名誉過ぎるだろ!」
残念ながら小春の言い分は正しい。異性に興味がない様に振る舞いつつも、実は興味を持っている人物を世間一般ではムッツリと言う。
真の場合は恋愛経験があまりにも無さ過ぎて、上手くコントロールが出来ていないというだけだが。まあムッツリと言われても仕方がない面はあろう。
『異性って意識を持てる相手が居なかっただけで、出来たらアンタでもお猿さんになっちゃうんだ』
「さっきからお前酷過ぎない!?」
お猿さんは確かに言い過ぎだが、遅れて来た初恋に浮かれているのは事実である。初めての経験に、真は振り回されている。
『まあそれはどうでも良くて、ちょい真面目な話ね』
「……どうでも良くはないけど、なんだよ」
重要な点に気付いていない、幼馴染の真を弄り倒して罵倒する空気が消える。一転してとても真面目な雰囲気が、小春から放出されている。
今までが真面目では無かったとまでは言わないが、明らかに違う空気になったのを真は感じ取った。
『アンタもだけどさ、他の連中も分かって無さ過ぎるのよ。たかが高校生が『釣り合う』なんて、考えるだけ無駄じゃない?』
「……知ってたのかよ」
陰で噂され始めた、真と鏡花が釣り合っていないという話。下世話な噂話を好む人間が、裏でやり始めた品評会。
誰にもそんな権利はないのに、勝手に他人の交流関係に口出しをしたがる者が居る。パパラッチにでもなったつもりなのだろうか。
『葉山真が佐々木鏡花を意識する様になったのは、ある程度知られてるからね』
「知ってるなら、分かるだろ?」
もっと良い相手が居るだとか、ストレートに趣味が悪いだとか。好き勝手に外野が言いたい放題をしている現状がある。
真の元相棒である霧島卓也や、幼馴染の神田小春に否定されればすごすごと引き下がる程度の者達。そんな有象無象が一部居るのは事実である。
『そーね、『釣り合わない』って陰口を言っている連中が居るわね』
「そんな噂を鏡花に知られる訳にはーー」
真は知っているからこそ、心無い噂話から鏡花を守ろうとしていた。遠回りな対応だったけれど、その真実は変わらない。
ただ小春達を巻き込めばそれで済んだという、一番の解決方法を見落としていただけで。
『キョウは気付いてるよ。自己肯定感が低いから、そう思い込んだだけっぽいけど』
「は?」
真は噂話から守ろうとしていたが、それ以上に鏡花の被害妄想が上回っていた。自己肯定感が低すぎるあまり、知りもしない噂話と同等の判断を自ら下していた。
『そう思われてるんだろうなって、自分でそう思い込んでたって事』
「じゃ、じゃあ鏡花が勝手に自分でそう思い込んでた事と、現実の陰口が偶然合致したって言うのか!?」
それは偶然だったのか、それとも必然だったのか。鏡花に向けられた悪意と、彼女の想像は殆ど一致してしまっていた。
『そゆコト。だからね、アンタがやった事は無駄でしかない』
「そんな……」
鏡花から放課後だけにして欲しいと言われた後、真は陰で噂をされているのを知った。
だからちょうど良いと思った。放課後に2人だけで会うと決めたのは、ベストな判断だったと真は思っていた。
『キョウを悪意から守ろうとしたのは、まあ認める。コソコソ会う様にする事で、噂もある程度収まったからね。……そこに2人だけの放課後デートっていう、下心が含まれていても。ただ、アンタも認識は改めなよ?』
「? どういう事だ?」
散々罵倒した小春だったが、真の真意が鏡花を守りたいという意思だったのは理解している。ただそのやり方があまりにも下手くそ過ぎて、物申したかった。
頼るべき相手に相談もせず、下手な独り相撲を始めた幼馴染の愚行を指摘する。ただこれは、それだけが目的ではない。
『確かに今はキョウが普通で、アンタは人気者。でもそれは所詮、学校という狭い世界での話』
「……えっと?」
真はまだ、小春の言いたい事に気付けていない。彼女が言いたい事は、真にとっても非常に大きな意味を持っている。
『アンタの今の社会的価値は、顔が良い元運動部なだけで年収0のカスってコト』
「ストレートな罵倒!!」
いつものノリで話しているのだと、真は受け取っている。けれども小春が本当に怒っている所は、そこではない。
『でもそうでしょ? 恋愛は付き合ってヤッたら終わりじゃない。その先には、結婚と言う一区切りがある。更にその先には子育てとかもね』
「それは、まあそうだな」
恋愛は告白がゴールではない。付き合ったらそれで終わるなんて事は無い。結婚をしたとしても、その先でどうなるかは不確かだ。
『年収0円の高校生なんて立場で、誰と誰が『釣り合う』か、なんて考えても意味ないの』
「お、おう。」
釣り合いなんてものは、大人になっても難しい問題だ。結婚するとなると、容姿だとか分かり易い要素だけで全ては決まらない。
『将来キョウは、アンタより価値のある大人になるかも知れない。アンタは逆にキョウに相応しくない、残念な大人になるかも知れない』
「おい酷い事を言うな!」
確かに小春の言い分は極端かも知れない。しかし実際問題として、どんな大人になったかという1つの結果は無視できない要素だ。
『アンタさ、マジで分かってんの?』
「な、なんだよ?」
急に小春の声音が厳しいものに変わる。先ほどまでとは全然違う、とても真剣なものだ。
真には理由が分からない。ただ本気で怒っている時の声だという事は分かった。一体この幼馴染は、何が気に食わなかったんだと真は不思議に思う。
『昨日まで居れた立場が、ある日突然失われる事を、アンタはウチの学校で、誰よりも知ってるんじゃないの?』
「っ!?」
それは葉山真という人間にとって、あまりにもクリティカルな話だった。有望なサッカー選手として生活して来た日々。
だがそれは突然失われて、何もかもが変わってしまった。その事を嫌と言う程味わった自分が、そこに気付けなかった事が真には重くのしかかる。
『それを一番知ってるハズのアンタが、この事を意識出来てないのは、問題だかんね?』
「……」
『誰がいつどうなるか分からない。成功も、失敗も。……今『釣り合い』なんて語ってる連中は、この重要な部分を考えてない』
「……ああ、そうだな」
『今『釣り合った』からって何になんの? まだ家庭すら築く力がないのに。今ウチの学校でお似合いなんて言われてるカップルもね、大人になってもお似合いなんて保証はないじゃん? もしかしたら年収1億のオッサンに、コロッと靡くかもしんないよ? 良くある話だしね』
真はやっと理解した。幼馴染が何を言いたいのか。未来も希望も、何なら今現在さえも、思いもよらないタイミングで崩れ去る。
それをついこの前味わって、鏡花に救われるまで惨めだった自分が、こんな簡単な事に気付いていなかったから幼馴染はこんな話をしている。
気にしないといけないのは、そこではないだろうと。ただ真が学校で一緒に居たいだけなら、今までのやり方で良かっただろう。
でもそれは、これからもずっと鏡花と共に、2人で居る為に必要なやり方じゃない。ただの一時凌ぎでしかない。
鳥籠に閉じ込める。真がやっていたのは、本当にその通りだった。……何が人気者だよと真は後悔を滲ませる。
実際は好きな女の子の事も、碌に守ってやれない情けない男だと言うのにと。
『アンタが先ず最初にやらないと行けなかった事はね。キョウに一緒に居て良いんだって、思わせてあげる事だった』
「…………ああ、そうだったんだな」
真はここまで来て、漸く全てを理解した。どれだけ無駄な遠回りをしていたかに気付いた。だからこそ、これから出来る事もある。
『これからアンタ達が2人で、一緒にお似合いになって行けば良いんじゃん? それで解決じゃない? まだ関係ない他人の意見に左右されたい?』
小春の言いたい事を全て理解した真は、やるべき事に気付いた。そしてもう、道を間違える事は無いだろう。
「ああ、俺が馬鹿だったんだな。最初から俺が、堂々としていれば良かったんだな」
『やっと分かった? 月曜からアンタとアタシで、バシッと決めようぜ』
週明けの月曜日に、全てを決めてしまう算段をつけた2人。これからの動きで全てに決着をつけるつもりで動く事を決意する。
『ところでさ~アンタ、いつまでキョウの前で気取った喋り方すんの? 笑い堪えんの結構キツイんだけど?』
「え? へ、変かアレ?」
真はこれまで、鏡花の前で極力格好いい男に見える様に行動して来た。それは言動も含めて。
『普通にキモイ』
「そこまで酷くはないだろ!!」
ちょっと真面目な話もしたけれど、結局彼らはこうして馬鹿騒ぎに興じる事になる日々をこれからも送るのだろう。
『あ、そう言えばさ~明日キョウと買い物行くから』
「は? なんで?」
『自信付けさせる一環に決まってるでしょ~アンタはキョウに似合う服とかメイクとか、教えられないでしょ?』
「ま、まあ無理だな」
『だからそこでアタシの出番な訳よ』
「でもキョウをギャル系にするのか? ちょっと嫌なんだが」
『アンタ馬鹿じゃね? ちゃんとキョウに似合うの選ぶに決まってんでしょ』
「それなら、まあ」
『色んな格好をキョウにさせる訳だけどさ~アンタも見たい? 写真欲しい?』
「なっ!?」
『どうかな~? 見たいのかな~?』
「……な、何を要求する気だ?」
『え~別に要求なんてないけどさ~? 最近三島堂のロールケーキが食べたい気がしてんだよね~』
「………………分かった。ロールケーキだな」
『お? 良いの~? あり~』
そこそこお高い事で有名な三島堂の洋菓子は、高校生からすると中々に手痛い出費ではあるが、好きになった女の子の着飾った姿を見てみたいと言う欲求には勝てなかった。
何せ小春のファッションセンスは物凄く高いのだ。小春の手によって生まれ変わった鏡花は、絶対に可愛いだろう。
翌日送られて来た色々な服装の鏡花は、恋する男子高校生に見事にクリティカルヒットしたのだった。写真はしっかり保存した。
なお鏡花に服を奢った小春が、三島堂のロールケーキと言う形でキッチリ真から回収した事を彼が知る事はない。神田小春という真の幼馴染は抜け目がないのだ。鏡花はオシャレな服を手に入れ、小春はお高いロールケーキを入手。真は想い人の可愛い写真を大量ゲット。誰も損はしていないのでこれで良いのだろう。
この周囲からの奇異の眼晒される2人に関しては、実は現実にモデルが存在します。
高校の頃の私はバスケ部で、競技的に似ているハンドボール部と仲が良かったんですが、その中の1人がこの作品の様に『外見だけ見れば釣り合ってない』カップルになりました。(性別は逆ですが。)
ですが、幾ら平凡な外見でも体育会系でガタイも良い。学校と言う狭い世界では、体育会系は堂々としていれば大体何とかなる。と言う学生時代の話から使わせて貰った形です。
体育会系同士での冷やかしはありますが、陰口は結構早くに消えました。