4章 第154話 美人の隠された日常 前編
小春ちゃんの紹介で、顔合わせをする事になった女性と待ち合わせをしている。本当なら小春ちゃんも一緒に来てくれる予定だったけれど、急用が入って私1人に。
大人の女性らしいけど、初めて会うから緊張して落ち着かない。待ち合わせ場所になっているちょっとオシャレなカフェで、日曜日のお昼からポツンと座っていた。
「ごめんなさい、貴女が佐々木さんだよね?」
「あっ、は、はい! 初めまして」
「私は篠原美佳子。宜しくね」
私よりは少し背の高い、セミロングの女性が私の席までやって来た。綺麗な真っ白のワンピースに、腰の辺りに付けたベルトがオシャレなお姉さんだ。
小春ちゃんのツテで見つかる様な人だから、当然の様に滅茶苦茶美人だった。くっきりとした目鼻立ちに、薄い唇。
目は大きくてパッチリ二重にまつ毛がドン。芸能人か何かでしょうか? あ、遊園地とコラボ出来てしまえる個人勢Vtuberか。ほぼ芸能人みたいなものだ。
小春ちゃんの周りってこんな人ばかりなんだろうか。男性向けラブコメの主人公みたいだ。女の子だけど。
肝心のVtuberの中の人、篠原さんはアイスコーヒーを注文して私と向き直った。
「いやーもうだいぶ暑いよね。参っちゃう」
「そ、そうですよね」
「私はほら、ほぼ家から出ないからさ〜」
やっぱりそうなのかな? Vtuberをやってる人って家から出ない人が多いイメージがある。酷いとゴミ屋敷みたいになっていたり、お風呂に入らない人も居たり。
それはちょっと理解出来ないし、私の価値観だと不潔だなぁと思ってしまう。本人の自由だし、家から出ないなら誰にも迷惑は掛けていないんだろうけど。
「佐々木さんはアバター持たないの?」
「あんまり興味はないです。会話が下手ですし」
「そうなんだ〜せっかく歌上手いのに勿体ないなぁ」
そう言われても、私にはトーク力はないからVtuber活動は無理だ。コメントとか拾って面白い話をしたりは出来ないし、沢山の人と同時に交流なんて不可能に近い。
そもそもそれが出来たら、陰キャなんてやっていない。出来ないからこうなのであって、最初からその道は選ぶ気がない。
放送事故を連発しまくって終わる未来しか見えない。笑えるタイプの放送事故じゃなくて、ただただ無言みたいな。
それにコメント見ながらゲームとかも、私は出来そうにない。出来る人は皆、聖徳太子の子孫だと私は思っている。
「……あれ? 歌送ってないですよね?」
「小春が去年投稿した時から聴いてるよ?」
「ぇ゙っ……そんな前から?」
まさか、あの頃から知られていたなんて。有名な人に認知されていると言うのは、何だかすごくこそばゆいと言うか、凄く不思議な感覚だ。
こんな美人で仕事の出来そうなお姉さんに、私の歌を聴いて貰えていたなんて。と言うか、この口振りからすると最近のも聴いてくれている? 何だか急に恥ずかしくなって来た。
ひたすら恐縮する未成年で場違いな私と、明るくて会話の運び方が上手な大人の女性。奇妙な組み合わせでありながらも、私達は暫く会話を続けていた。
「うん、貴女なら大丈夫そうかな。移動しよっか」
「え? 何処にですか?」
「私の家。収録に使う場所ぐらい見たいでしょ?」
そんな訳で私は、篠原さんの先導に従い喫茶店を離れて住宅街へと向かって行く。私の住む最寄り駅から、5駅離れた知らない土地を歩く。
結構なお金持ちと言うか、所謂富裕層が住むエリアだからか穏やかな雰囲気がしている。真が住む辺りと近い空気感が、周囲には広がっている。
どの家も車が2台停まっているか、2台分のスペースがある。家によっては、4台分ぐらいの屋根付き車庫まである。
私みたいな庶民には、程遠い家庭ばかりの様だ。さっきの喫茶店も、アイスコーヒー1杯が1000円もしていた。明らかに住む世界が違う。
「もう少しだから。ほら、あそこ」
「あ、あれ……ですか」
篠原さんが指差した建物は、どう見てもタワーマンションだ。しかも、高級住宅地にあるタイプの。
所詮は地方都市と侮るなかれ。地方でもちゃんとした物件であれば、当然中々の金額になる。
東京のそれと比べたら安いとしても、庶民の感覚からしたらバカみたいに高いのだから。私があんなマンションに住む未来は来ないだろう。あまりにも縁がなさ過ぎる。
案内されるままにマンションに入り、その如何にもなお高い雰囲気に気圧されながらも篠原さんの部屋に着いた。彼女の部屋は、20階建ての10階にあった。値段は怖くて聞けなかった。
「ハイただいま。お出掛け終了」
「え!? ちょ!? 何で急に脱ぐんですか!?」
「え〜だってTシャツに短パンで良くない? 自分の家だし」
自宅に入るなり、突然脱ぎ始める篠原さんに驚かされる。いや分かるけどね、楽な格好で居たい気持ちは。
最近はもう十分夏の暑さで、連日35度以上の日が続いている。と言うかこの人、エアコン付けたまま外出した?
室内が既に涼しいんだけど。なんともブルジョアな暮らしをしているらしい。何から何まで羨ましい限りだ。
「いやさ〜外は肩が凝るから嫌だよね。ボクはこの方が好きなんだ」
「ぼ、ボク?」
「外だとそう言う事も気を付けないとじゃない? 面倒なんだよね〜引きこもり最高~」
何とこの方、ボクっ子お姉さんだったらしい。何だろうこれは、私は何を見せられているんだろう。
うわ、脱いだワンピースを適当に床に放り投げた。…………何か、最初のイメージとだいぶ違う。
室内を良く見たら、床に飲んだジュースのペットボトルが転がっているし、多分洗濯する前の下着もチラホラと。うん。この人、わりとダメな大人かも知れない。
個人Vtuber系ズボラお姉さんって良くない? と言う性癖から生まれたキャラです。