4章 第146話 後輩の期待に応えたい
「え? じゃあやれば良いじゃない」
「やっぱりね!?」
はい、出落ち乙。知ってました、こうなるよねやっぱり。小春ちゃんならそう言うと思ったよね。
やれば良いと言われましても。歌手になりたいなんて思ってないし。合唱部は楽しいけど、仕事にしたいかと言われたらちょっと違う。
バンドも友達とやるから楽しかっただけで、プロになりたいかと問われたら全力でNoを突き返すよ。No or Noだからね私の中では。
「歌手なんて、私にはちょっと」
「違う違う。前もやったし、ちょくちょく広告収入渡してるでしょ?」
「……あ。そう言う方向?」
「ある程度やれば後輩も納得するだろうし、キョウも顔出し不要でしょ?」
なるほど、要するに歌ってみた系ネットシンガーの方向性かぁ。そっちなら……別に良いかな? ネットに載るのは声だけだし。
Vtuberは、自分がやりたいとは思わないしナシかな。後輩達の期待感を裏切らない程度に、何かが出来ればそれで良いわけだし。
あと問題は、機材関係かなぁ。ゲーム用で使っているパソコンもあるけど、収録できる機材は一切無いんだよね。
当たり前だけど、普通の人はそんなの持っていない。家にあるヘッドセットは通話用の安物で、歌には使えないし。
「うーん、機材と場所が無いよ」
「最初はカラオケで良いにしても、ずっとそれもねぇ」
「防音部屋なんて、ウチに無いし」
教室で2人、頭を悩ませる。流石に小春ちゃんとて、配信設備をポンと用意するのは不可能だ。
万能美少女ではあっても、国民的人気のネコ型ロボットではない。私達に出来る限界と言う問題が、壁となって立ちはだかる。
「全く当てが無い訳じゃないんだけどねぇ」
「え、あるんだ。それにビックリだよ」
「ん? だってほら、彼氏配信者だし」
「あっ、そっか」
そうだった、少し年上の有名な配信者と付き合ってたんだよ小春ちゃん。そんな人なら防音部屋ぐらい持ってるか。
確かに、当てではあるよねそれは。ただそれを借りるのもなぁ。自分の彼氏ならまだしも、友達の彼氏だし。そう言うのは、良くないよねぇやっぱり。
「たまに貸すぐらいは良いんだけど」
「良いんだ……」
「問題はスキャンダル関係なのよね」
「あぁ〜〜〜」
つい最近、その面倒臭い騒動に巻き込まれたばかりだ。これでまた渦中の人になるのはゴメンだよ。
小春ちゃんの彼氏にも迷惑が掛かるし、私の場合ここで再注目されたらあまりにも宜しくない。
一度とは言え、ネットに晒されてしまっている。どう考えても良い結果にはならないだろう。むしろ、より面倒な方向に行きそうだ。
「とりま女性配信者とか、そっち方向で聞いてみるよ」
「なんかゴメンね、巻き込んで」
「勧めたのアタシなんだから、気にしないでよ」
それはそうだけどさ、それでもお礼と言うか。ありがとうの気持ちは忘れたくない。いつもこうして、何かと手を貸してくれている。
だからこそ、やるからには適当をするわけには行かない。せっかく小春ちゃんが手を貸してくれるんだ、中途半端にだけはならない様にしないと。
「そんじゃま、暫くはカラオケから投稿だね〜」
「それぐらいなら簡単だから、何とかなるかな」
「もうキョウ専用のチャンネル作ろうよ。広告収入とか、ややこしくなるし」
それはそうかもだけど、もう広告収入有る前提なの? 気が早くないかな? 前回のがたまたま上手く行っただけで、次も大丈夫と言う保証は無いんだし。
とは言え、私が投稿するんだから私のチャンネルと言うのは当たり前の話だ。見るだけに使っていたアカウントで、そのまま投稿で良いかな?
KYOって言う捻りも何もない名前だけど、まあ別に良いかな。配信者として成功したいわけじゃないからね。後輩達がそれで納得してくれれば良いだけなんだし。
「せめてアカウントの写真は何か撮らない?」
「え、駄目かなデフォルト」
「流石にダサいわよ」
色々と悩んだ結果、真に買って貰ったパピヨンのマグカップをアイコンの写真に設定しておいた。
最初の投稿はこの日の帰りに、皆でカラオケに行って1本の動画をアップした。
その数日後、京都の山城女学園ではちょっとした騒動が起きていた。ある日のお昼休みの出来事だ。1人の女子生徒が、3年生の教室に飛び込んで来た。
「稲森先輩! 大変です!」
「何です騒々しい。もっとお淑やかにせなあきませんよ」
「すいません! でも早くコレ、聴いて下さい!」
突然バタバタと駆け込んで来た後輩を怪訝な表情で見ながら、渡されたスマホを受け取った美桜は動画を再生する。
訝しげだった美桜の表情は、たった数秒で真面目な表情に変わる。そのまま数分聴いていた美桜は、聴き終わるなりガタンと音を立てて立ち上がる。ついでに後輩のスマホは机から落下する。
「あ、ウチのスマホ!」
「そう言う事ですか、鏡花さん。よう分かりました」
「やっぱり美羽高校のあの人ですよね?」
「ええ、そうです。これは挑戦状です」
1ミリたりとも鏡花にそのつもりは無いのだが、美桜にはそう見えたらしい。この子も中々に個性的な価値観をお持ちの様だ。
「次はチャンネル登録者数で勝負、そう言う事やね! 負けませんよ!」