4章 第144話 新入生達
阿坂先生に頼まれて、鏡花と共に入学式の手伝いに来ている。何かとお世話になった先生なので、断る理由も無かった。
それに、中学時代の後輩達が入学して来る。だから久し振りに顔ぐらいみたいと思ったのもある。
鏡花の方も、中学時代の後輩が何人か入って来ているらしい。聞いた話では、読書部と言うマイナーな部活の後輩らしい。それでも後輩は後輩だ。温かく迎え入れてやろう。
「懐かしいよなー入学式。2年前か」
「そうだね。もうそんなに経つんだ」
1年の時から鏡花と知り合えていたらなと言うのは、ちょくちょく考える事だ。ただ、その頃の俺が鏡花の魅力に気付けたかと言う問題もある。
2年になってすぐには気付け無かったわけだから、結局あの一件が無ければスルーしていた可能性は十分にある。
あんまり運命とかそう言う曖昧なモノに当て嵌めたくはないが、運が良かったのは間違いない。
あの出会いの大きさは、この約1年で散々実感して来た。たった1年、されど1年。これまで鏡花達と過ごして来た時間は、掛け替えのない大切な経験だった。
今日から1年生になった後輩達も、そう言う新たな出会いに恵まれている事を願う。
「あ、出て来たよ」
「みたいだな」
体育館から新入生達が式を終えて出て来る。拍手で迎え入れる俺達の前を、新入生達の集団が通って行く。
何人か見覚えのある生徒達が、俺に気付いて頭を下げている。1年生の時に、中学のサッカー部を見に行って以来の再会だ。
懐かしい顔ぶれがチラホラと。鏡花の方も見つけられた様で、ヒラヒラと手を振っていた。沢山の1年生達を迎え入れ終わり、俺達の仕事が始まる。
「悪いな2人共、飾り付けを外すのを手伝ってくれないか?」
「分かりました。行こう鏡花」
「うん!」
学校の定番とでも言うべき装飾品、折り紙の輪っかを繋げて作った飾り付けを俺が外し、鏡花が箱へ入れて行く。
体育館はそれなりに広いので、俺達や生徒会役員と1年生の担任ではない教師達で黙々と片付けて行く。
こう言ったイベントの片付けに参加していると、俺達が最高学年なんだなと改めて実感する。
この1年で俺達はここから出て行く。だからこその哀愁と言うか、感慨深い何かを感じる。
「あと1年なんだよな」
「そう、だね」
こうして高校生をやっているのは、何だかんだで気楽だったんだなと思う。毎日やりたい事をやって来たけど、それもそろそろ終わりだ。
大学受験を受けて、卒業して大学に行けばもう大人になるまでは、ほんの少しの時間しかない。
小学校から高校3年になるまでは、11年もあったけど、ここから先はたった5年しかない。その短い期間で、俺達は大人になれるんだろうか。
両親の様に、ちゃんと働いて家庭を持って。そんな風に生きられるだろうか。俺は鏡花を、幸せに出来るんだろうか。
「どうしたの?」
「ああいや、何でもないよ」
「そう?」
未来への漠然とした不安を、多少感じてしまっていただけで大した意味はない。そんな事で鏡花を不安にさせてどうするんだ。
彼氏の俺がこれでは、先が思い遣られる。ちゃんとしっかり、俺が鏡花を守れる様にならないと。もう二度と、鏡花が傷付く様な事態は起こさせない。
勉強も頑張るけど、今年1年の密かな目標は、鏡花の笑顔を守り続けると言うものだ。去年俺は失敗したから、今年こそは絶対に守り切ってみせよう。
「よし、こんなものだろ」
「大体片付いたよね」
「すまなかったな2人共。これは礼だ」
阿坂先生から、スポーツ飲料のペットボトルを受け取る。少々喉が渇き始めていたので、非常に有り難い。
炭酸飲料などのジュースではない所が、養護教諭の阿坂先生らしい。健康に気を遣ったチョイスだった。
「もう後は大丈夫だから、帰ってゆっくりすると良い」
「分かりました。失礼します」
「お疲れ様でした!」
鏡花と2人で体育館を出る。そこそこ時間は掛かったけど、そう悪くない時間を過ごせた。
新入生のフレッシュさと言うか、期待感や希望に輝く表情が良い刺激になったと思う。
俺も3年生として恥ずかしくない姿を見せられる様にしないとな。松川先輩の様に、大人な対応を心掛けたい。
「あ、待って真。せっかくだから後輩に会って行かない?」
「そうだな。挨拶ぐらいはするか」
そろそろ最初のホームルームも終わる頃だろう。校門の近くで立っている教師陣や生徒会等の生徒達に混じって鏡花と2人で並んで待つ。
阿坂先生に貰ったスポーツ飲料を飲みながら、雑談をしながら新入生を待つ。暫くすればチャイムの音が鳴り、ゾロゾロと新入生が校舎から出て来た。
「あれ? もう飲み切ったか」
「あ、私はこんなに要らないから飲んで良いよ」
「そうか? 悪いな鏡花」
体格の違いなのか、俺は飲み切っても少し物足りなかった。500mlのスポーツ飲料が入った、鏡花の飲みかけを受け取る。
もう慣れきった関係性だが、こうして要らない分を貰うのは少し申し訳ない気持ちがある。食事でもそうだけど、鏡花の方が飲食する量が少ない。
30cm近い身長差があるから、消費するエネルギー量もやはり違うのだろうか。そんな事を考えつつ、鏡花から受け取ったペットボトルに口を付けた所だった。
「「「あぁぁぁぁぁ〜!?」」」
「な、何だ?」
「私にはさっぱり」
突然の大声にビックリして、周囲を見渡すと新入生男子の集団と一部の女子達が居た。見覚えのある顔が幾つかあるなって言うか、普通に俺の後輩達だった。
あんぐりと口を開けて俺を見ている。何だその珍獣でも見たかの様なリアクションは。そんな顔をされる理由は何もないだろう。
何なんだよお前らは、見ないうちに変なものでも食ったのか。
鏡花と2人で、意味不明な反応をした新入生達を見つめる。何をそんなに驚いているんだ。
そんな風に思って居たら、サッカー部の後輩達が凄い勢いで駆け寄って来た。初日から元気だなお前ら。
「葉山さん、女子に興味あったんすか!?」
「え? えっ!? 葉山先輩に彼女ですか?」
「神田先輩、じゃない!? 嘘ですよね!?」
「あの噂、本当だったのか!?」
いやいやいや、お前らさぁ。先輩と再会した一発目の会話がこれかよ。他にもっと話す事があるだろうがよ。
サッカー部の話とか、俺達が卒業した後どうだったとか。高校のサッカー部はどんな感じなのかとかさ。何で先ず最初にそこからなんだよ。
大体何? 俺が女性に興味がないという勘違いは、そんなに広範囲に渡っているのか? 俺は一言もそんな事を言った事は無いけど。
「お前らな、俺を何だと思ってたんだ」
「い、いや。その、すいません!」
「はぁ、もう良いよ。元気だったか?」
久し振りの再会で、聞きたい話は色々あった。顧問の先生はどうしてるかや、何人がサッカーを続けるのかとか。
そして俺が故障で引退した事とか。そんなアレコレを話している傍らで、鏡花も数人の後輩に囲まれていた。
「ささささささささ佐々木先輩! 誰ですかこのイケメン!?」
「さっきの間接キスですよね!? 彼氏なんですか!?」
「あ、えっとその、まあね。うん」
黄色い歓声が一部で響き渡る。女の子だなぁ。やっぱり恋バナとか、好きなんだろうな。鏡花はそうでも無いけど、友香なんかは目茶苦茶好きだし。
まあ、新入生が楽しそうだからそれで良いか。それから暫くの間、俺と鏡花は後輩達との再会を楽しむのだった。