3章 第138話 大会終了とライバル
本日の表彰式と閉会式をもって、俺達は東京から帰る。その時が少しずつだが、確実に近付いて来ていた。鏡花の晴れ舞台は、2位と言う結果で終わった。
もちろんそれは悪い事じゃない、表彰台に乗れただけでも十分な成果だ。実際に3年生は歓喜の涙を流していた。
最後の表彰台に立つ機会を逃した人達だから、この光景を見れただけでも十分嬉しいだろう。
ただ一つだけ気になる点があるとすれば、俺のおまじないが原因じゃないかと言う事。俺の最高順位も全国2位だから、2位止まりになったんじゃないよな?
おまじないじゃなくて呪いか? …………いやいやいや、そんなまさか。ハハハ……。
「何よ? 喜んだり沈んだり忙しないわね」
「何でもない、何でもないんだ」
「なら何でも無さそうにしなさいよ。キョウに気付かれるわよ」
はい、ご尤もでございますとも。すいませんねぇ落ち着きが無くて。ちょっと気になっただけだろうに。いちいち目聡く見付けて来る幼馴染だ事。
これだから俺達は友達止まりなんだろうなきっと。これで恋人だったら息が詰まって仕方ない。
お互いがお互いを良く理解しているからこそ、距離が近過ぎてしまうんだろう。その点、鏡花は丁度いい距離感だ。一番近くに居るけど、適度な距離も保たれている。
この絶妙なバランスが俺達には合っている。近過ぎず遠過ぎず、最も心の距離が近い存在。
それが恋人や夫婦として、理想的なんじゃないだろうか。まあ、俺みたいな未成年が偉そうに言う事じゃないんだけど。
「そろそろ終わりね。先に出て待ってましょう」
「そうだな。行くか」
俺達はあくまで観客、応援に来ただけの人間でしかない。最後の瞬間まで居続けるのは、当事者達だけで良いだろう。
俺達は頑張った、凄く頑張った鏡花達を迎えてあげる立場だ。数ヶ月前に判明した鏡花の才能、それがここまでの結果に繋がるなんてな。
いつか小春に言われた事を思い出す。今の内から釣り合うなんて、考えるだけ無駄と言う事。本当にその通りだった。こんなに凄い女の子が、低く見られる訳が無い。
ちゃんと理解している人物なら、このあまりにも高い価値に気付けるだろう。佐々木鏡花と言う女の子は、ただ教室の隅で本を読んでいるだけの女子じゃない。
凄く魅力的で、頑張り屋で料理が得意で。こうして合唱部に途中参加したにも関わらず、全国2位まで導いた立役者だ。
もし俺が、天狗になって彼女を見下していたら。もしもあの時河川敷で、何も知らない癖に偉そうな事を言うなと言っていたら。そう考えると恐ろしい。
そうなって居たら、この時間は無かっただろう。この瞬間を迎える事は出来なかっただろう。仲間達と一緒に、晴れやかな笑顔で歩いてくる鏡花を迎えるこの瞬間を。
「おめでとう鏡花! 凄いじゃないか!」
「お疲れキョウ〜。流石だねぇ」
「え、そ、そうかな? エヘヘ」
少し恥ずかしそうに笑う彼女と、こうして過ごす時間が楽しい。俺1人だと見付から無かった道が、どんどん開かれて行く。
こうして未来と言うものに、夢や希望が持てるんだと知る事が出来た。全てを諦め掛けていた俺に、明るい光を灯してくれるのはこの笑顔だった。
鏡花みたいに華やかな結果は出せないかも知れないけど、俺もこれから頑張ろうと素直に思えた。
「ちょっと待って貰えます?」
「げっ!? 稲森!?」
「なんですその反応? 失礼とちゃいます?」
何だか関西版の小春みたいな女子がやって来た。関西弁と言う意味では友香を連想するが、全体な印象は小春が近い。俺はちょっと苦手かも知れないこの人。
小春が2人も居る空間とかゴメンだ。中山さんのリアクションが分からなくもない。決して悪いヤツじゃないんだけど、疲れるんだよな全てを見透かされているみたいで。
「鏡花さん、今回はウチの負けを認めます。試合に勝って勝負に負けた、と言う事やね」
「えっ? え? どう言う……」
「せやけど、次は負けませんからね!」
鏡花は理解して居ない様だけど、この人の言いたい事は理解出来た。きっとこの女子にとって、鏡花はライバルとして認めるべき相手となった訳だ。
確かこの人、表彰台に立ってた人だよな? なら1位を取った学校に認められたと言う事。やっぱり鏡花は、それだけ歌が上手いんだ。
「あ〜稲森、佐々木さんは今回限りで」
「あ、それなんだけど。私、続けようと思う」
「ホント!? 良いの!?」
「えっと、うん。楽しいなって思って」
今まで帰宅部だった鏡花が、合唱部を続ける? それだけ楽しかったと言う事なんだな。ホント、どんどん前に進んで行くな。いっそ頼もしいぐらいだよ鏡花。
きっと自分では、気付いて居ないだろうけど。君はちゃんと、前を向いて歩けている。だから自信を持って良いんだ。君はちゃんと、成長出来ているんだから。
「何や知りませんけど、次はウチが勝ちますから」
「えっ、あ、はい?」
「あ! アンタやね鏡花さんの男は!」
「はい? いやまあ、そうだけど」
「次から女子への贈りもんには気をつけなはれや!」
え、何? 俺はどうしてこの子に詰め寄られてるんだろう。贈り物って、ミサンガの事だろうか? あれの何がいけなかったんだろう。
別にそう珍しいものでも無いだろうに。何が不満だと言うのか。と言うか、君関係ないよな?
何で俺は怒られてるんだろうか。こう言う所もまんま小春みたいだ。2号さんと呼ばせて貰おう、心の中では。
「その場に合った装飾品を送るのがマナーや。次からちゃんと考えて選んで下さいね! ほな皆さんさよなら!」
「えぇ……俺が悪いの」
「確かに~良い事言うわねあの子」
「おいお前、どっちの味方だよ」
小春の手酷い裏切りに抗議はさせて貰おうか。それにしても、友香もそうだが関西の人って結構グイグイ来るよな。皆そうなのか、今度聞いてみよう。
ところで、俺の呪い説は無くなったって事で良いよな? 1位が勝負に負けたって言ってるんだからさ。うん、違うよな絶対。呪いではない。