3章 第136話 side:美桜 技術の女と想いの女
「なんやのあの子は!?」
「せ、先輩落ち着いて」
「こんなん落ち着いてる場合ちゃうよ!?」
初めて見た、いまいちパッとしない小柄な子。中山さんのトコの、ただの新人かと思えばとんでもない化け物やった。
確かに全体のクォリティで言えばウチらの勝ちです。そやけど、あの子だけは見過ごせへん。これは多分、美羽高校も表彰台に乗るやろう。
でもウチが1位は間違いない。そこまでは良い、金賞は頂きました。そやけど、一番上手かったんが誰かはもう決まった。
「そない警戒せんでも……」
「何言うてんの!? 聴いて分からへん!?」
これを聴いて気付けへんなら、将来性はあらへんと言い掛けた。危うく後輩に心無い言葉をぶつけてしまう所でした。
そうなんやね、皆さんお気付きやないんか。あの子の歌に込められた、強烈な感情に。
ウチは技術で勝負してる。自分が上手いと分かった上で、身に着けた技術を駆使している。そこだけで言うたら、あの子は私に劣る。技術面では、一歩私が前に居る。
せやけど、感情を乗せると言う部分においては私が劣る。それはもうごっつい差が出来てしもてる。
ウチかて楽しいと思って歌うてます。それでも、上手いからと言う部分があるのは間違いあらへん。
その点、あの子は楽しいと嬉しいの塊や。大きな大きな塊です。ただそれを伝える為だけに歌うてる。
上手く見せようとか、良く聴こえる様にとか、そんなん何にも考えてへん。余計な雑念が何一つ混ざってへん。これは簡単に出来る事やない。きっとあの子は、凄く純粋な子なんやろうね。
後輩達や観客は気付かんとしても、審査員の耳までは誤魔化されへん。プロの目で見て、聴いたら絶対分かる筈や。あの子の良さが。
「1年生、よう聴いとくんやで。あれが本物や」
「どう言う意味です?」
「それが分かる様になったら、一人前です」
居るもんやね、こう言う子が。素直に負けを認めましょう。ウチの歌はただ上手いだけ、でもあんたの歌は心に響く。
いつからやったんやろね。初心を忘れてしもたんわ。小さい頃にお琴の練習が嫌で、逃げ出して蔵の中で歌うてた。そしたらお祖父様が才能あるて言いだしたんやったな。
そうやった、ウチはそんでお歌を始めた。色んな先生の所へ行っては教えを頂いてた。お祖父様もお祖母様も、お母様もお父様も皆喜んでくれはるから歌うてた。
小手先の技術でどうにかしようなんて、何も考えてへん子供の歌。ただ皆に喜んで欲しかっただけやった。家族の笑顔の為やったのにな。それがこないなってもうて。
「はぁ……頭痛いわ」
「薬、持ってきましょか?」
「そう言う意味やありません。黙って聴いとき」
「は、はぁ」
驕っとったて事なんやろね。自分でも気付かん間に、天狗になっとったんやな。伸びとる鼻に気付かんままに、ここまで来てしもうたんや。
あ〜あ〜恥ずかしい話やでホンマに。ちょっと上手いからって、調子に乗ってもうてた。
せやけど、次はこうは行かへんで。春の間にもっかい自分を見つめ直して、夏にもう一度勝負と行こか。
名前なんやったかいな? あのちっこい子。ささ、ささ……笹野やったかな? まあエエ、また後で聞いたらエエ事です。
「中々でしたね先輩。夏より良くなってはりましたね」
「ほなちょっと行ってきます」
「先輩!? どこ行かはるんです!?」
「アンタらはそこで待っとり」
ステージへの通路まではそう離れてません。そない急がんでも間に合うでしょう。でもなんやろね、まるで子供の頃に戻ったみたいに、駆け出したい気持ちがあるんわ。
よう考えたら、久し振りやもんね対等な相手っちゅーのは。ライバルってやつやね、悪ないねこう言うのも。
自分と対等な一対一で、互角の勝負が出来る相手。中山さんも悪くは無かったけど、ちょっと物足りんかった。
せやけどあのおチビさんはちゃう。ウチがずっと欲しかった、互い切磋琢磨出来る相手。これからが楽しみやなぁ。
「げっ!? 京都の!? 何よ今度は」
「稲森です。あんた実は鳥頭なんか?」
「うるさいな! 何よ何度も現れて」
「今回は名前も覚えへん人に用ありません」
相変わらずやかましい人です。また何やら言うてはる。静かに出来ひん人やねぇ。この人、大阪に住んだ方がエエんちゃうやろか。
ああ、居た居た目的のおチビさん。ホンマに小さいなぁこの人。今時珍しいタイプやねぇ、平均身長ないんとちゃうやろか?
「なぁおチビさん?」
「えっ? 私?」
「そう。貴女のお名前、何でしたっけ?」
「佐々木です。佐々木鏡花です」
ささききょうかさん、そうですか。覚えましたよ。もう忘れません貴女の名前は。今日から私は、貴女に負けない様に研鑽を重ねます。次に本当の意味で勝つのはウチです。
「鏡花さんやね、覚えましたよ」
「えっと?」
「ウチは土付けた人、絶対忘れませんから。ほな、明日の表彰式で会いましょう」
「は、はぁ」
よう見たらまあまあ可愛らしいやないの。ウチのライバルとして合格です。ほならこれから、よろしゅうなぁ。
ロックオン <●> <●>