3章 第131話 小春先生のネイル教室
今日は久しぶり、と言う程間は空いてないけれど小春ちゃんに次の教えを頂く日。ちょくちょく合間に色々聞いては居たけれど、今日はまた新たなステージへと進む。
「本日はネイルだよ〜」
「あぁ〜! そう言えば何もしてないや」
「まあ細かい作業だからね、やらない人も居るし」
ネイル、爪のオシャレでアートとかもあるんだよね。推しキャラのネイルアートとかは、若干の憧れがあるけど凄すぎて真似出来る気がしない。
最近はオタクでも色々とやってる人が居るから、ちょっとだけ興味はあった。推しのイメージカラーにするとか、それぐらいの事なら良いかなって。
「ネイルはね、とにかく手間よ」
「手間とは?」
「凝りだすとやる事が多いのよ」
なるほど? 爪と言う小さな面に色々と施すわけだから、考えるだけでも大変そうだとは思う。ネットで探せば最早芸術としか思えない、とても細かな作業の成果が転がっている。
ミニチュア職人さんなのかと思ってしまう様な、とんでもない大作がゴロゴロと転がっている。
ああ言った諸々を鑑みれば、手間だと言うのは理解出来る。私にも出来るだろうか? ちょっと不安になって来たかも。
「例えば甘皮の処理とか、形の維持だとか色々あるわけ」
「あ! ほんとだ! 小春ちゃん甘皮が綺麗」
「キョウは料理するもんね、ちょい荒れ気味」
常日頃から水に触れるから、この時期は特に手が荒れ易い。冬の乾燥が大敵なのは分かっているので、ハンドクリームは常に使っている。
皹になっちゃうと凄く痛いから、そこは注意していた。それでも爪の甘皮までは、あんまり気にして居なかった。
そんな私の指と、小春ちゃんの指は全然綺麗さが違った。一切の綻びが存在しない綺麗な手が、目の前に翳されていた。
「ま、ぶっちゃけ面倒よ」
「そ、そうなんだね」
「でも頻繁にネイルサロンに通ってたらね、お金が溶けるわ」
「凄い高そう」
相場感とか全然知らないけど、サロンって付くだけでお高いイメージがある。それこそ真のお母さんみたいに、一流の女性が通う様な高級感がある。
大人の華やかな女性専用。そんなざっくりとした印象しかない。小春ちゃんですら手間と感じて費用が嵩むと言うなら、私みたいなミジンコではハードルが高すぎるんじゃないだろうか。
「でも安心して、凝らなければ100均で済むわ」
「えっ!? そうなの!?」
「要はやり方次第よ。100均も馬鹿にならないわ」
凄いな100均、メイクの方でも大概お世話になっているのに。全部が100均とは行かないけど、物によっては100均で購入している。
もちろん、小春先生オススメの物に限っているけど。やっぱり肌荒れとかは、気になっちゃうからね。
幾ら平凡なモブと言えど、自分から肌を滅茶苦茶にしたくはない。カサカサだったりすると、多少なりとも気にはなる。
地味だからって、女を捨てているわけじゃない。それにアニメショップに来ているお姉さん達は、皆凄く綺麗だ。オタクやゲーマーだからって、適当で良い時代じゃないのだから。
「先ずは、基本的な事だけ教えるわね」
「お願いします!」
「甘皮を処理する時は最初にお湯を用意して〜」
そこから始まるネイル講座基礎編。うわぁ、聞いてるだけで凄い手間だ。いい感じにふやけた甘皮を、専用の道具で甘皮を切ったり爪を磨いたり。
こんなのまで100均で売ってたんだね。遠い世界に見えていたから、視界に入ってもスルーしていた。
今思えばネイル関連の商品も、沢山置いてあった様に思う。奥が深いな、100均って凄いよね。料理関係なら良く利用するから分かる。
「こんな感じで、定期的にケアするの」
「す、凄い。自分の指じゃないみたい」
「細かい差だけど、結構大事よ」
基本的なネイルケアを教えて貰いつつ、ネイルカラーについても教わる。一番ポピュラーなピンクや、落ち着いた色のブラウン。
暑い時期はブルーにしたり、クリアカラーなんてのもあるらしい。ネイルシールやネイルチップなんて物もあるらしく、短い間だけオシャレをしたい時に便利だとか。
ただ当たり前だけど、素人作業にはデメリットもあるし、ちゃんとネイルサロンに行くよりかは幾らか劣る。
学生に出来る範囲で、無理なく綺麗に見せるのは結構大変だ。結局は日々の細かなケアと習熟度が重要になる。細かな積み重ねが、小春ちゃんの様に美しい女性を作るんだね。
「ねぇキョウ? わざとメイクせずに舞台に立つんだってね?」
「う、うん。目立たないかなって……」
「目立って何が悪いの?」
「えっ?」
それは、何となく恥ずかしいと言うか。私の様な人間が、変に目立てば何を言われるか分からない。小春ちゃんの様に、恵まれた容姿の人なら平気でも私は違う。
どう足掻いても平凡で、普通の域を越えられない。そんな私が目立ってしまうのは、何だか悪い気がして。
特にこれと言って明確な理由はない。薄っすらと自己防衛みたいな、そう言う何かがあるだけで。
「良い鏡花? 貴女が弁えて喜ぶ奴はね、貴女に何もくれないわ」
「え?」
「目立った貴女にケチを付ける人間は、貴女の人生に何の責任も負ってくれない」
「それは……」
そんな事まで、考えはしなかった。言われてみたらその通りで、私が大人しく影に入ったからって何もしてくれて居ない。
小学生の頃、色々と言って来た人は私に何も与えてくれて居ない。言われた通りにしたのに、その後何かしてくれた事はない。
「貴女は貴女の為に生きなよ」
「えっと……」
「もし皆が貴女に注目するなら、それは目立って良いと言う事よ」
「そ、そんなの……」
だって……私は、そんな人間じゃない。表に立って何かをする人じゃない。隅っこの方で、それとなく混じっているぐらいで良い。
集合写真の真ん中じゃなくて、端の方にちょこんと座っているのがお似合いだ。目立たず騒がず、中心から離れた所が私の居場所だ。
「アタシや真を信じなさい、貴女はちゃんと魅力がある」
「でも……」
「アタシ達の気持ちを、嘘にしないで欲しい」
「っ!?」
そっか……そう、なんだ。私が影に隠れようとしたら、小春ちゃん達の言葉を嘘にしてしまうんだ。
真がくれる可愛いと言う言葉。小春ちゃんがくれる魅力的と言う言葉。皆がくれた温かい言葉が、私の振る舞いで無駄になってしまう。
謙遜も過ぎれば嫌味になる。あれと同じなんだろうか? ちょっと違うかも知れないけど、多分近いんじゃないかな。
褒めてくれる人達の、真摯な言葉には応える必要がある。私がいつまでも自信無さそうにしていたら、そうじゃないって言ってくれた人達への裏切りになる。そんな大切な事を私は全然分かって居なかった。
「ご、ごめん、私……」
「分かった? 自分を大切にしなよ?」
「うん、もうやらない……様に頑張る」
「よろしい! 貴女の良い所、見せてよね」
もうすぐ合唱コンクールの本戦が始まる。その直前に教えて貰った、とても大切な事。私の事を信じてくれる人達の為に、私がやらないといけない事。
それが分かったから、私はもう隠れない。怯えたりしない、のはまだ無理かも知れない。でも、人目から逃げようとする気持ちを抑えよう。
私は、皆の言葉を信じたいから。今度こそ本当の意味で、舞台に立つよ!
合唱コンクール全国編、今までで一番長いです。結構話数使います。