3章 第129話 鏡花と梓の日常
部活が強制だった小学校や中学時代と違い、待望の帰宅部生活をしていた私。そんなド陰キャ丸出しな生活は一変し、ちょっとだけ熱血スポ根系に傾いた日々。
合唱部の皆と一緒に、練習の日々は案外悪く無かった。そもそも私は、結構歌が好きだったらしいから。
家では基本1人で居るから、歌で孤独を紛らわせていただけ。それがこんな風に、意外にも役に立っている。理由はともかく、積み重ねって大切なんだなと実感している。
「お疲れ様です、中山さん」
「うんお疲れ〜佐々木さん。また明後日ね!」
「はい! じゃあお先に」
今日は珍しく、1人で帰宅する日だ。…………1人で帰るのが珍しいなんて、ナチュラルに考えた自分に驚く。そんなの、前は全然普通だったのに。
家庭の事情は、例えカナちゃんや麻衣であろうと言えなかった。だから一緒に帰ろうとも言えず、1人孤独に帰宅していた。
だって、帰宅部の私が毎日放課後まで居たら変だ。きっといつか、理由を聞かれてしまう。そして私は、2人に隠し事をするのが下手だから。
きっと話してしまうと思う、両親の爛れた関係を。幾ら幼馴染でも、そんなの聞かされたら引いてしまうに違いない。
そんな日々だったのに、気が付けば私は学校生活を満喫していた。友達はもちろん、恋人まで増えた。そしていつも、一緒に帰る誰かが居た。
殆どは真君改め、真が居てくれたから。日によっては、小春ちゃん達も加わって賑やかな下校になる。
どこか薄暗い灰色の日々は、色鮮やかに染まって居た。合唱部だって、もう今は自分の居場所に変わっている。
「あれ? 佐々木ちゃんだ! 今から帰り?」
「松川先輩! はい、今から帰ろうかと」
「じゃあさ、駅まで一緒に帰ろう」
この人もまた、私の人生に彩りを与えてくれた人だ。結局初顔合わせから、結構な頻度で連絡を取り合っている。
お互いモテる人が恋人だから、不安に思う事などを共有している。正直言って、凄い助かっている。
私1人だったら、いつか嫉妬心を爆発させてしまったかも知れない。そうならずに済んだのは、間違いなく松川先輩のお陰だ。
「佐々木ちゃんは良いよね〜」
「え? 何がですか?」
「最近活躍してるじゃん? だから葉山君を諦める子も増えてるし」
「ぇ゙っ!? 私、目立ってますか!?」
「……自覚ないの?」
な、何それ知らない怖いよ。え? 合唱部って影薄くない? そんなに目立つ部活じゃないよね?
吹奏楽や野球、サッカーやバスケにバレーボール。そういう部活が、キラキラ陽キャ部活動じゃないの?
合唱部って、どっちかと言えばマイナー寄りの部活動じゃないかな? だから私も入る気になれたのに。
「3年じゃ結構有名だよ? 合唱部の子達が凄い新人が来たって騒いだから」
「そ、そんな……ゆ、有名? お腹痛い」
「大丈夫だって! 良い意味なんだから」
そんな事を言われましても。そもそもあんまり目立ちたくないんだけどなぁ。私は昔からそうやって生きて来たから。
クラス委員とか絶対にやらない。生物係とか、そう言う微妙な立ち位置をいつもキープして来た。……そう考えたら、今更過ぎるかも知れない。
何で私はこんな日々を送っている? そりゃあ脱陰キャはしたかったけど。ただこう、段階と言うかテンポがおかしい気がしないでもない。
「で、でも松川先輩だって有名ですよ? 美人だし女バスで大活躍でしたし」
「あはは、ありがとう! でもね〜やっぱりライバルは多いんだ」
「また出たんですか?」
何がかと言えば、霧島君に告白する女子生徒だ。たまに先輩と交わすやりとりで、そう言う話題がしばしば出る。当然ながら、私も同じ相談をする事がある。
もちろん真も霧島君も、きっぱりと断り続けてはいる。だからと言って、気分が良くないのは変わらない。
何で恋人が居る人に、告白なんてするんだろう? 普通は影で諦めるものじゃないのかな? 私達がおかしいの?
「今度は1年生よ、はぁ。全くもう、誰にでも優しくするから」
「そうですよね! 限度ってありますよね!」
「本人にその気は無いんだろうけど、ねぇ?」
これには全力で肯定しちゃう。誰にでも優しいのは悪い事じゃない。だけど、優しくするが故にあちこちで、名も知らぬファンを増やして来る。
もうちょっとこう、加減とか出来ないんだろうか。もう2割か3割ほど、優しさを減らしても良いと私は思う。お前だって、優しくされた側だろうと言う意見は聞こえませんアーアー。
「はぁ〜大学でも同じなんだろなぁ」
「先輩は美羽大でしたよね?」
「そうよ〜近いからね」
当然私も同じ理由で、地元の美羽大学に行く。東京の大学にまで行くお金はうちには無い。それに、地方の大学としては悪くない立ち位置だし。
教育学部もあるから、真も一緒で問題ない。霧島君も似た理由で同じ大学に行くから、また4人で一緒に過ごせる。もちろん、入試に受かればの話だけど。
「先に大学行くの不安だわ〜」
「ですよね、幾ら近いとは言え」
「絶対増えるんだろうな。私が居なくなるから」
複雑だろうなぁ、霧島君もだいぶモテるから。更に言えば、新しい1年生が増えるんだ。松川先輩と言う彼女の存在を知らない、新たな女子達が参入して来る。
あまり考えたくは無いけど、2人共モテるんだろうな。私より可愛い新入生達の集団。はぁ、鬱だよ。怒る訳にも行かないからね。
好きになっちゃう気持ちは分かるから。それは仕方ないよね。告白までする意味は、全く分からないけど。
「ちゃ、ちゃんと見張りますから!」
「お願いね〜他の後輩にも言ってるけどさ。不安なのよ」
「不安なのは、私もですから分かります」
モテる男子を恋人に持った、女2人のどこかどんよりとした空気が流れる。こればっかりは仕方ないし、どうにも出来ない。
好きにならないで! なんて言っても解決しないんだから。難しいなぁ、恋愛って。初心者じゃない松川先輩でも、こうなっちゃうんだから。
ド素人の私なんて、何もかも手探りだよ。相談出来る人には幸い恵まれているけど、だからじゃあ大丈夫なんて事はない。
中古車みたいに、売約済みって貼ってしまいたいよ真の背中に。
「ええい! やめやめ! ね、甘い物食べに行かない?」
「え、今からですか?」
「言わないで〜カロリーの話は」
「い、いえ、大丈夫です! 行きます」
私は別にカロリーは気にしていない。ただ時間的に、晩御飯の量が難しくなるだけで。元々あんまり沢山食べないから、この時間に間食はあんまりやらない。
放課後になってすぐなら兎も角、下校時間を過ぎた今ではギリギリだ。大体私は、あまり脂肪が付かない。
そこだけ見たら素晴らしいかも知れないけど、その分必要な肉も付いてない。胸元を見下ろせば、なだらかな丘が2つ並んで居る。
この歳でこれなら、後はもう噂話を信用するしかない。20歳過ぎるぐらいになると、もうちょっと大きくなるとか。妊娠したら大きくなるとか、そう言う類の話に。妊娠の話は噂じゃないけど。
「あ、そうだ。ね、私も鏡花って呼んで良い?」
「へ? 全然良いですよ?」
「私の事も梓で良いからね?」
「わ、分かりました。あ、梓先輩」
何だかんだで、学校で一番仲の良い3年生の梓先輩。彼女とは大学も一緒になる予定だし、案外長い付き合いなるのかな?