3章 第128話 彼女を怒らせる行動 第1位
夏休みと比べたら少し短い冬休みは、あっという間に終了してもう数日経っている。そう言っている間に春休みになるんだが。
そうなればまた、鏡花との時間は沢山取れる。今はまだ合唱部で忙しい鏡花も、その頃には落ち着いているだろう。2人で遊園地に行くとか、悪くないかも知れない。
「何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪いわね」
「気持ち悪いは余計だろ」
「独占欲拗らせもウザいけど、これはこれで気持ち悪いわ」
「おい! そろそろ泣くぞ!」
相変わらずこの幼馴染と来たら、容赦のない言葉を投げ付けて来る。もう少しこう、オブラートに包めないのかよ。
昔からの仲なんだから、もうちょっと優しくても良いだろう。世の中の幼馴染って皆こうなのか? 友香だって似たようなもんだしな。
「で、どうしたのよ?」
「実はな、鏡花が真って呼んでくれる様になったんだよ!」
「あ〜なるほど。キョウらしいわねぇ」
「良いよな、名前呼び捨てなの」
初めて出来た彼女が、名前を呼び捨てにしてくれる。それってこんなに嬉しい事なんだな。お互い名前で呼び合うのは、何故か分からないけど凄く嬉しい。
特別な関係だと、実感出来るからだろうか? 小春と呼び合っても何も感じないが、鏡花との間だと全然違う。
そもそも昔の小春はマコちゃん呼びだったからな。その延長だからなんだろうか、特に何も感じないのは。
「中学生みたいに喜んでまあ」
「良いだろ別に。嬉しいんだから」
「ハイハイ、良かったわねオメデト」
何よりも、鏡花が名前で呼び捨てにするのは世界で俺だけ。それが実に良い所だ。世界中で俺だけ、なんと素晴らしい響きだろう。
お陰様で、こんな授業の合間の短い休み時間に、鏡花に話し掛けている男子達も気にならない。
いつも通り教室の一番端に居る彼女に、近くの席の男子生徒が話し掛けて居る。以前なら嫉妬心も多少なり湧いて来たが、今はもう一切感じない。
もちろん不埒な事をしたり、嫌がる様な事をするなら許さないが。この程度で独占欲が働く時代はもう終わったのだ。
「ふぅん、成長したじゃん」
「当たり前だろ。いつまでも子供じゃない」
「まだ中学生レベルだけどね」
「ほっとけ」
恋愛経験が少ないのは分かっている。だから日々勉強で、色々調べたりしている。なけなしの知識をどうにか頼りに、綱渡りの毎日だ。
格好悪い姿を見せない様に、水面下では常にバタ足で泳いでいる。白鳥の様に優雅に見えていたら良いんだが、たまにバレるんだよな。
意外と鏡花は下心に敏感らしい。察しが良いと言うか、鋭い所がある様に思う。俺が分かり易いだけかも知れないが。
「慣れて来た頃が一番危ないのよ?」
「おい、怖い事言うなよ」
「実際今ぐらいの期間が一番危険なんだから」
鏡花と付き合い始めて半年と少しぐらい。厳密に言えば、そろそろ7ヶ月になる。言われてみれば、慣れとでも言うべき瞬間はある。
鏡花がうちに泊まる時とか、2人で食事している時とか。気が付けば鏡花がやってくれている事や、いつの間にかやってる行動が増えている。
最初は意識していた事を、今はもう意識していなかったり。常に鏡花の一番でありたいけど、付き合う前ぐらいの必死さは無い。
「アンタも気を付けな? 半年辺りでやらかす奴は多いんだから」
「ぐ、具体的には?」
「浮気するとか、地雷踏むとかよ」
浮気はまあ無いが、地雷の方はどうだろう。あんまりそんな経験は無い、と思いたいが果たして。
ちょっとした喧嘩ぐらいならするけど、どうしようもない大喧嘩は無い。そもそも鏡花の地雷って何だろう?
あんまり聞いた事は無いけど、浮気は絶対嫌だと言っていたのを覚えている。そんなの俺がしっかりしていたら良いだけだ。
鏡花は犬や猫を虐めたりするのも大嫌いだが、そもそも俺だってそんな奴嫌いだ。だから俺がその地雷を踏む事はない。では他には何がある?
「小春なら、何が嫌だ?」
「元カノと黙って会う。アタシはぶん殴るわよ」
「怖えよ。ま、俺に元カノは居ないから大丈夫だな」
「さや姉は?」
「元カノじゃねーよ!」
何て恐ろしい事を言うんだよ。そりゃ仲は悪くないけど、付き合うなんて御免被る。美人ではあるけど、あれはプレデターとかそう言う類だ。
絶対にロクな事にならないし、凄い疲れるに違いない。あちこち振り回される日々が目に見えている。
楽しい事や面白い事を最優先にするから、着いて行くだけで大変だ。昔はそれで傷だらけになったのを覚えている。
一度田んぼに落ちて、泥だらけになった事がある。もうこれ以上思い出したくない。破天荒が服着て歩いてる様な、従姉様の話はもう良いだろう。
「大体、向こうにその気がないだろ」
「当たり前じゃーん! 冗談でしょ」
「俺で遊ぶな?」
まあしかし、気を付けないといけないのは分かった。一緒に居るのが当たり前になったからこそ、日々の言動には気を付けよう。
つまらない事で喧嘩するより、つまらない事で笑い合えた方が良い。俺が望むのはそう言う毎日だから。
俺達のゴールはまだまだ先で、長い長い道のりを歩み始めただけ。スタート地点からほんの少しだけ、前に進んだだけだ。
「ま、気をつけなよ」
「分かってるよ、馬鹿はやらん」
小休止の終わりを告げるチャイムが響く。これからまた授業の時間だ。俺は鏡花と同じ大学に行くんだ、しっかりと授業を受けないとな。
俺と鏡花の、未来の為に今日も頑張ろう。ちらりと後方を見ると、隅の方からこちらを見ていた彼女と視線が交錯する。
頑張ろうなと言う意思を込めて笑い掛けたら、向こうも笑顔で応えてくれた。さあ、残りの授業も気合い入れて行くぞ!