3章 第126話 新たな1年の始まり
流石にあれだけ歓迎した両親とて、年頃の女子が男の家で寝泊まりするとなっても同じ部屋にはしない。
鏡花のお母さんに連絡を取った上で、客室に鏡花を泊まらせた。まあ、それが普通だよな。それに例え同室だからってどうする訳でもないけど。
ただまあ、一緒に寝るぐらいは良くないかと思わなくもない。彼女が隣で寝てるってだけで、まあまあな満足感があるんだけど。
朝起きたら彼女が居るって、こんなにも嬉しいんだなって知ったから。一応同じ家には居るんだから、それはそれで良いんだけど。
「うん、良く似合ってるわ!」
「よ、良く私のサイズがありましたね?」
「小春ちゃんが小さい頃にね、つい買っちゃったのよ〜」
「ち、小さい頃……」
どこかで見た事あるなと思っていた、鏡花が着せられた振袖。あれは確か、小春が小学生の時に母さんが何を思ったのか突然買った品だ。
そんなに女子の着せ替えをして、何が楽しいのか未だに分からない。ただ、鏡花の着物姿を見れた点に関しては感謝しかない。
小春が着た時は何とも思わなかったけど、鏡花が着たら凄く可愛い。そんな事を小春に言ったら、絶対殴られるから言わないけど。
「ど、どうかな? 変じゃない?」
「全然! 良く似合ってるよ」
「そう、なの?」
本当に良く似合っている。着物は小柄な日本人女性に合う様に作られているらしい。黒髪ボブカットで、小柄な鏡花は日本人形の様な美しさがある。
そして淡いブルーのインナーカラーが、良いアクセントになっている。和の中にある洋とでも言うのか、良いバランスを保っていて美しい。
そう、可愛いではなく美しい。鏡花の新たな一面を知る事が出来て、新年から幸先が良い。最高のスタートを切れたのではないだろうか。
「さ、行こうか」
「うん」
「行ってらっしゃい」
母さんに見送られて、俺達は初詣に向かう。これなら俺も、着物にした方が良かったのかも知れない。両親がそう言う職業だからか、俺も自分の着物を持っている。
華やかな場に出席する事もあるから、俺専用の紋付袴がタンスに仕舞われている。鏡花が私服で行くと思ったから、普通の私服にシンプルなブラウンのコートを選んだ。
母さんの思い付きで起きた鏡花の着せ替えは、嬉しい反面先に教えて欲しかった。とは言え、グッジョブではある。薄ピンクの生地に描かれた、牡丹の柄が良く似合っている。
「綺麗だよ、凄く」
「も、もう! 年明けから飛ばし過ぎだよ」
「本当にそう思うんだから仕方ないだろ?」
やっぱり、彼女の晴れ姿は見たいと思うのが男心じゃないだろうか。浴衣や振袖姿の彼女を、見たくない男はきっと居ないだろう。
1年が始まる最初の1日目から、こうして鏡花と居られる。学校では一番じゃないかも知れないが、俺にとっては世界で一番の女の子がこうして隣を歩いている。
カラカラと音を立てる下駄の音を連れながら、鏡花と何気ない会話に花を咲かせる。そんな風に歩きながら、地元で一番大きな神社へと向かう。
「あれ? カナちゃん!? 明けましておめでとう!」
「鏡花ちゃんと葉山君!」
「何だ翔太、お前達もか」
まあ当然と言えば当然か。この辺りで初詣となれば、皆ここに来る。同じ中学なのだから、行く所は大体被る。
恭二は別の校区だから、小日向さんと違う神社仏閣に行っているだろう。ちなみに友香は大阪に帰って居るし、小春は水樹と芸能関係に縁ある神社に行っている。
つまり翔太と結城さんだけは、こうしてバッティングする可能性があった。もしかしたらな、とは思っていたけどやはりか。
今向かっている神社は、恋愛関係で一時期話題になった場所だ。まあ、その原因は母さんなんだけど。ここでお祈りしたら父さんに出会ったらしい。
それをテレビで話したから、俺が小学生の頃にちょっとしたブームになった。何なら今でも、足繁く通っている女性達が居るとか。効果の真偽はともかくとして、お互い考える事は同じだったと言う事か。
「やあ葉山に佐々木さん、明けましておめでとう」
「鏡花ちゃんそれどうしたの? 振袖なんて持ってたんだ」
「あっ、これはそうじゃなくて」
何だかんだで、この2人も上手く行っているらしい。こうして2人で1月1日から一緒に居るのだから、そこは安心して良いだろう。
腐れ縁の親友と、彼女の友達が喧嘩別れなんてしたらあまりにも気不味いし。
それに、周りの人達も幸せな方が俺も嬉しいから。他人の不幸を喜ぶ人も居るけど、俺には理解出来ない感性だ。そんなの虚しいだけだろう。
やっぱり良い事に囲まれた方が、人生は楽しいんじゃないかな。まだまだ人生を語れるほど、長くは生きていないけど。
「ね、鏡花ちゃんは葉山君のお母さんに会ったんでしょ! どうだった?」
「凄かったよ〜もう緊張しまくりでさぁ」
「そんなに凄いか?」
「葉山、無自覚って怖いと思わない?」
いつもの気安いやり取りを交わしながら、境内を4人で歩んで行く。今年3年生になる俺達は、いつかこうして一緒には居られなくなる。
来年には卒業して、それぞれの道を歩んで行く。地元から出なければ、また会う機会もあるだろう。
俺と鏡花は地元に残るけど、皆それぞれ目指す未来がある。だからこそ、今年1年は特に大切に過ごしたいと思う。
「真君は何をお願いするの?」
「そんなの決まってるだろ」
鏡花とずっと一緒に居られます様に。この子と今年も1年、幸せな日々を過ごせます様に。それだけが、俺が神様に願う事だよ。




