3章 第120話 皆の未来の為に
冬休みも近付く中、本日は真君と共に地元の色んなお店を回っている。私達の学校の、合唱部が全国大会へ行く告知ポスター。
そして全国遠征で不足した、費用の募金を呼び掛けるチラシと募金箱の設置をお願いして周っている。
ただでさえ資金不足なので、学生の手作り感が溢れる代物だけど。とてもじゃないけど、広告代理店や印刷屋さんに頼む余裕はない。
だから質より数の作戦で、少し多めに作った。今も知り合いのおじさんがやっている、ラーメン屋のレジに告知セットを置かせて貰いに来た。
「あの鏡花ちゃんが、全国大会とは驚きだ」
「あ〜その〜成り行きと言いますか」
「しかも男前の彼氏連れとは、大人になったなぁ! ワハハ!」
「え、えぇまあ。エヘヘ」
ガハハと笑う強面のおじさん、羽田圭吾さんは私が小さい頃からずっとここで、ラーメン屋をやっている。『天翔』と言う看板を掲げて、20年以上続くお店だ。
私の家からそう遠くない位置にあり、私がアワアワする事なく接する事が出来る数少ない男性だ。
小さい頃から食べに来たり、出前を頼んだりしていた。だから強面だけど、私には見慣れた大人の1人。
私にとっては初めて食べたラーメンで、あまり外食をしない私が唯一例外としていたお店だ。普通の醤油ラーメンだけど、シンプルだからこその食べ易さ。あとは辛いメニューもやってくれたら完璧なんだけど。
「それじゃあ、お邪魔しました羽田さん」
「おう! そこの兄ちゃんもまた来てくれよな」
「ええ、今度2人で来ます」
もう60歳近い男性だけど、私にとっては頼れる親戚の叔父さんみたいな存在。そんな人に私の成長と、真君を紹介出来て少しだけ誇らしい。
本当ならもう少し話たいけど、あまり長居して仕込みの邪魔をするのは迷惑だ。そこそこの所で切り上げて、真君と一緒に退店する。
本当に今更だけど、もっと早くに真君を連れて来れば良かった。薄っすら家から遠ざけたい気持ちが、ここに来るのを避けさせていた。うっかりお父さんと遭遇したら気不味いから。
「こんな所にラーメン屋、あったんだな。 公式ページとか無いのか?」
「羽田さんは、そう言うのが苦手で」
「勿体ないなぁ。見た感じ美味しそうだったのに」
「あそこは地元の名店みたいな感じだからね」
1時間も並んでやっと食べれました! そんな風に、取材に答える様なお店ではない。でもご飯時には満席になっている事が多い。
地元民と通な人達に愛された、知る人ぞ知る名店なのは間違いないと思う。だからこそ、こうして募金箱を置けたのは大きい。結構な人数の働く大人達の、その目に留まる事だろう。
「次はどうするんだ?」
「えっと〜次はね、私がいつも行くスーパーかな」
「と言う事は、この近くか?」
「うん、徒歩10分ぐらいかな」
必要な金額は結構な額で、集まってもゴールじゃない。むしろそこからがスタートで、本番はその先にある。
東京に行けても、何の結果も出せずに帰る訳には行かない。でも私はまだまだ、競い合う場に慣れていない。
だから闘争心みたいな物はあまり無いけど、やれる事をやり切りたい。せっかく仲良くなった人達が居て、彼女達の気持ちを知っているから。私が勝ちたいと言うより、中山さん達に勝って貰いたい。
「ここだよ、お店の人に聞いてみよう」
「ああ、行こうか」
到着したのは、地元のローカルチェーン店。『ハママツ』と言う普通のスーパーマーケット。地元の農家さん達と提携しているので、全国チェーンのスーパーより少し安かったりする。
私は良くここで買い物をしている。お惣菜がかなり美味しいのに、値段はお手頃だからたまに買っている。
真君の家に泊まる日は、基本的にここで材料を買ってから向かっている。近くにハママツが無いからね、真君の家の辺りには。
ちなみに何故ハママツなのかは知らない。浜松市とは何の関係もないらしいから、多分創業者の苗字なんじゃないかな。
「あの、少し良いでしょうか?」
「どうされましたか?」
「実は、僕達の高校の部活動に関係しまして」
入ってすぐに見付けた店員さんに、真君が声を掛けてくれた。私は別に店員さんに話掛けられない程に、陰キャをしている訳じゃない。
それでも真君が率先して話を進めてくれるのは非常に有り難い。対人スキルは間違いなく真君の方が高いから。
いつまでもそれじゃ駄目なんだけど、一緒に居るとつい頼ってしまう自分が居る。
「なるほど。一旦店長に確認するので、少々お待ち頂けますか?」
「はい、分かりました」
「お、お願いします!」
そりゃそうだよね。店長さんに確認も取らずに勝手に置く事は出来ない。たまにペット探しのビラが、店内の掲示板に貼られていたりする。
あれもちゃんと、許可を得ているだろう。きっと似た様な手順を踏んでいる筈だ。だからこそ、ここを選んだのだから。
「絶対行こうな、東京へ」
「そうだね。せっかく権利を得たんだもの」
「鏡花の活躍、ちゃんと見届けるからな」
それから程なくして、許可を貰えた私達は告知セットを置かせて貰えた。募金箱は念の為に、サービスカウンターで預かって貰う事になった。
結局募金なんて、善意に任せたものでしかない。結局はほんの数百円しか集まらないかも知れない。
だけど中山さん達も、色んな場所を周っている。手分けして複数設置するけど、効果がどれ程あるかなんて分からない。
募る期間はそう長くはないけど、少しでも目標額に近付く様に祈ろう。
「じゃあ次は、真君の家の方だね」
「よし、行こうか」
こうして私達は、沢山の募金箱を設置した。お礼に何が出来る訳でもありません。それでもお釣りの小銭とかで良いので、皆さんのご協力をお願いします!