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3章 第119話 先立つ物は必要で

 中間テストも終わって、合唱コンクールの予選も無事突破。本戦は年明けに準備期間を経ての開催となる。

 さあ後は冬休みだと、そう思っていた俺達の前に立ちはだかる壁。それは全国に行くための遠征費用だった。

 思えば俺達サッカー部も、保護者達が話し合いをやっていた。部費がどうとか、俺は考えた事が無かったから良く知らなかったけど。


 ウチは元々スポーツ推薦で、積極的に優秀な選手を集めている学校だった。そのお陰で体育会系の部費は潤沢なのが幸いし、去年も無事に全国へ行けた。

 もちろんこれまでに良い結果を残している合唱部も、部費はそれなりに優遇されている。しかし、どうしても時代の変化や物価高などの影響は受ける。

 結果として全国大会への遠征費用が、100万円も不足していた。とんでもない金額だが、これでも安い方だと言う。

 何でも野球部が甲子園に行く場合は、数千万円必要になるらしい。俺達の昨年の遠征費用が幾らだったのかは知らない。だが、恐らくはそれなりの金額を必要としたのだろう。


 ただの学生でしかない俺は、今までそんな事を知りもしなかった。お金の話が出ているのは知っていたが、具体的な金額までは知らない。

 その辺りは結局、保護者達が上手い事やってくれていたと言うわけだ。俺の両親も、きっとそうだったのだろう。だからこそ、俺は母親に電話を掛けたのだが。


「ダメよ」


「何でだよ!? 母さんと父さんは凄いんだろ!?」


「そう言う問題じゃないわ」


「だったらどうして!?」


 どうやら凄いらしいうちの両親なら、全額とまでは言わずとも結構な資金を出せるんじゃないか。そう思って連絡したのに、母親の回答は芳しくない。

 俺の金じゃないのは分かっている。でも、頑張ってる鏡花(きょうか)達の為なんだ。何とかしてくれないかと思って連絡したのに。せめてそう、母さんが宣伝でもしてくれたら変わる筈なんだ。


「一部のお金持ちや有名人がそれをするとね、不公平になっちゃうでしょ?」


「それは……」


「貴方なら分かるでしょ? 不公平はダメだって」


 自分の家が裕福な家庭なのは十分理解している。幼稚園ぐらいの頃は気にもして居なかったけど。隣に住む小春(こはる)の家だって、似た様な感じだったから。

 でも年齢を重ねる毎に、自分の住むエリアが富裕層向けと気付いた。もちろん東京の一等地と比べたら安い方だろう。それでも、電車で二駅三駅離れた土地とは明らかに違う。


 それが分かり始めた小学生時代に、両親から散々教えられた事だ。裕福な事を理由に威張ってはいけない。このお金は、貴方が稼いだお金じゃない。

 そう言った様々な教えが、今の俺を作ってくれた。親の地位に縋る様な人間にならずに済んだ。だから、母親の言いたい事は分からなくもない。


「初めて出来た彼女だものね? 気持ちは分かるけど、過剰な支援は出来ないわ」


「……ああ」


「募金の手伝いはするけどね、立場を利用した宣伝はしません」


 少々舞い上がっていたのは、認めざるを得ない。自分の両親なら、ここでポンと結構な金額を出してくれるかも知れない。そうしたら、鏡花に感謝されて格好も付く。 

 そんな浅はかな考えが、多少なりともあったのは否定出来ない。100%善意だった、そんな事は口が裂けても言えない。

 だからこそ、母親には見透かされたのだろう。たった数分前の訴えに、返って来たのは冷静な対応だった。


「それにしても、凄い子なのね」


「そうなんだよ! 見た目じゃ分からないけど、めちゃくちゃ頑張っててさ」


「真がサッカー以外で、そんなに饒舌なのは初めてね」


 それはそうだろう。鏡花の良い所についてなら、1時間でも余裕で話せる。幾らでも説明する事が出来る。

 可愛い所、頑張ってる所、たまに変な事をするのが面白いとか。今日まで見て来た、彼女の素晴らしい所は沢山ある。

 もちろん小心者とか、自己評価が妙に低いとかマイナス面もある。でもそこも含めて、佐々木鏡花と言う女の子だ。たまに喧嘩だってするけど、その全てが俺は好きなんだ。


「まあ、良いでしょう」


「ホントか!?」


「言ったでしょ? 立場は利用しない。過剰な支援もしない。でも友人には伝えておくわ」


「それでも十分だ!」


 この口振りだと、本当に仲が良い人達にしか伝えないだろう。誰彼構わず宣伝したり、撮影スタッフ全員に頼んだりは期待出来ない。

 それでも、少しでも大人達に知って貰えたら期待値は上がる。小春達も宣伝しているから、俺達学生には到底払えない額でも集まるかも知れない。

 当然俺だって、バイトで得たお金等で支援するつもりだ。しかし、所詮は高校生でしかない。こう言う時、自分の無力さを実感する。


「俺に出来るのは、ここまでか……」


「何を情けない事を言ってるの!」


「えっ?」


「まだまだあるでしょう? やれる事は」


 そんな事を言われても、もう考え付く限りの事はやった。クラウドファンディングとか、そう言うのは俺には分からないし。

 ネットが駄目なら広告を出すとか? でも俺にはそんな資金力はない。親には相談したし、友人達にも頼んだ後だ。

 スマホに登録されている、他校に行った元チームメイト達にも連絡済み。もう俺にはこれ以上の人脈はない。



「まだ街の人達が居るでしょう?」


「……あっ!」


「飲食店とかスーパーとか、お願いして募金箱を置かせてもらうの」


「そ、そうか! それ何かで見た事があるな!」


 いつだったかどこかの地域で、募金を募る学生活動が映った映像を見た記憶がある。SNSだったか動画サイトだったかは覚えていないが。

 あれも確か、学校で必要になった何かの資金だった気がする。俺達も、同じ事をすれば良いのか。

 もしかしたら俺が知らないだけで、サッカー部でも大人達がやってくれていたのかも知れない。


「美羽市はね、優しい人が多いから大丈夫よ」


「まあ、変な人はあんまり居ないな?」


「そう言う土地柄だから、その家を建てたのよ」


「それが理由だったのか」


 どうして東京に引っ越さず本拠をここにしたのか、その理由が思わぬタイミングで判明した。そう言われてみれば、穏やかで暮らしやすい土地だと思う。

 もちろん犯罪が無い訳では無いけど、東京や大阪で起きる様な事件は聞かない。都会と比べれば、かなり治安と人が良い街だと言える。


「さあ、やる事が分かったならすぐ行動!」


「ああ! やってみるよ!」


 母さんとの通話を切った俺は、すぐに鏡花に連絡を入れた。部長さん達や顧問の先生にも伝えて、俺達もやれる事をやらないとな。

今回のエピソードは、先輩の息子さんが所属する少年野球チームから頂いたアイデアでした。

少年野球でも全国行くと300万円不足したそうで。今って金属バットが1本5万円すると聞いて驚愕しました。私の知る少年野球と違い過ぎる。


ただ、高校で部費がそんなに不足したら資金管理どうなっとる?となるのでもう少し減らして100万円にしました。今って、燃料費高騰で貸切バスとか高いですしね。

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