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3章 第118話 君と同じ速度で歩めたら

 二学期の中間テストも終了し、満足の行く成績を残せた俺は鏡花(きょうか)の応援に来ていた。県内の中心地にある、大きなホールで行われる全国合唱コンクールの地区予選。

 それが本日行われている。昨日までに小学生の部と中学生の部が終わり、今日から高校生の部が始まる。

 予選は土日の2日間に渡って開催され、土曜日に小中学生、日曜が高校生の部だ。ここで全国大会に行ける、上位3校を決める。


 スポーツ系の大会とそう大差はないので、合唱の事は詳しくなくても馴染みがある。違いがあるとすれば、スポーツ程時間が掛からない事か。

 サッカーは1試合40分もあるので、全部の学校が1日で終わるのは難しい。人気スポーツなので参加校が多いからだ。対してこのコンクールは、1校辺り2曲と決まっている。

 どんなに長くても1校で20分程度だろう。天候にも左右されないので、審査は恙無く進んで行く。


「大丈夫か? 鏡花」


「うん、お昼も食べたし体調も良いよ」


「応援しか出来ないけど、頑張れよ」


「うん!」


 最初は参加を渋っていた鏡花だったが、今では無事に予選会場まで来ている。うちの学校の出番は午後からだから、これからが勝負時。

 鏡花の準備は十分な様だけど、目立ちたくないからノーメイクは意味あるのか? どう考えても声量とか音圧とかで目立つぞ?

 運動して筋力もついたから、その辺りが前より上がっているんだけどな。大体、鏡花の魅力はメイクの有無じゃない。

 敢えてしてなくても、俺にとっては可愛い彼女に変わりない。鏡花の魅力を見抜ける奴なら、絶対に気付くと思うが。


「じゃあ、(まこと)君! 行ってくるね!」


「ああ、ここで応援してるから」


「うん!」


 笑顔で待機場所へと向かう鏡花を見送る。知り合って間もない頃と比べたら、随分と積極的になったと思う。

 ちゃんとした大人になりたいと、色々やり始めた頃よりも全然前向きだ。何なら腐っていた頃の俺の方が、よっぽど後ろ向きだろう。

 未来へと向かって歩み続ける、鏡花の速度に遅れない様に、俺も頑張らないとな。彼氏として、1人の人間として。


「あれ? 葉山か? 珍しいなこんな所で」


「お前、西山(にしやま)か? 中学以来だな!」


「久しぶりだな、元気だったか?」


 たまたまホールの観客席を歩いていた、元チームメイトと再会した。中学時代はゴールキーパーをしていた、大柄な角刈りの男だ。

 昔よりも更にデカくなったらしく、今では恭二(きょうじ)とそう変わらない背丈だ。恐らく190台に到達しているだろう。

 お互いに違う高校に入った為、交流が途絶えていた。どうやら元気にしていた様で安心した。卓也(たくや)と同じぐらいには、親交があった男だから再会出来たのは嬉しい。


「お前、今年は一度も大会で見なかったけど、どうしたんだ?」


「あ〜〜まあな。怪我しちまってな。辞めたんだ」


「そうだったのか!? 連絡ぐらいくれよ心配したんだぞ」


「悪い。その、色々あってな」


 かつてのチームメイトに連絡するなんて、そんな余裕は無かった。自分の事に精一杯で、自分だけで抱え込んで。

 今思えば、卓也やコイツに相談する事も出来たんだ。当時の自分に、如何に余裕が無かったのか思い知らされる。

 それもこれも全部、鏡花のお陰なんだから感謝しかない。今西山とこうして会話出来ているのは、彼女が居たからだ。あれが無ければここで会え無かったし、仮に会えても気不味いだけだった。


「それより西山は? 何でこんな所に?」


「あ〜いや。幼馴染が出場してんだわ」


「お前の幼馴染? ああ、池田(いけだ)さんか?」


「そうだよ」


 下の名前はもう覚えて居ないけど、名字と外見は覚えている。昔から合唱とか音楽関係で目立っていた女子だ。

 明るくて元気な印象のある子だったと思う。小春(こはる)友香(ともか)とも親交があった筈だ。もしかしたら、今も連絡ぐらいは取っているかも知れない。


「そっか。でもお前ら、そんな仲良かったか?」


「それなんだけどな。その、今付き合ってて」


「マジかよ!? それは良かったな!」


 かつての友人の、幸せな報告は素直に喜ばしい。しかし、西山が池田さんとか。わりと良く喧嘩している印象だったが、どうやら好意故だったらしい。

 俺と小春とは、また違った関係性を築いて来たのだろう。俺は小春が恋人なんて絶対にごめんだし、あいつも同じだろう。

 幼馴染と言うか友人なら良いけど、そう言った関係になりたい相手ではない。毎日小言を言われるだろうし、小春だって毎日ストレスだろう。西山達はそうでは無かったみたいだが。


「葉山は何してんだ? お前は合唱とか興味ないだろ?」


「それはお前と一緒だ。彼女が出るんだ」


「はぁっ!? お、お前……女に興味あったんだな」


「その言い方は酷くないか?」


 ここ数ヶ月間で体育会系の男達から、投げ掛けられる言葉第1位だ。別に女性に興味が無いとまでは言った事ないだろうが。

 いつか誰かとそう言う関係になれたら、そんな事を考えた事もある。ただ小春達から聞く、愚痴の話が強烈過ぎて尻込みしていただけで。

 あとは、この子が良いなと言う出会いが無かったのもある。今はもう違うけどな。


「どんな子なんだ?」


「もうすぐ出番だから、出て来るんじゃないか?」


 先ほど待機場所に下りて行ったから、そろそろ出て来る筈だ。お昼休みが終わった後の、午後の部トップバッターがうちの高校だ。

 西山と話していた間に、準備も整い鏡花達が出て来る。部長さんを先頭に、ぞろぞろと30人ほどの部員達がステージに並んで行く。


「あの子だよ、一番前の右から3人目」


「……何か、普通の子だな? もっと派手なタイプに行くのかと」


「昔も言っただろ? 小春と居るのは幼馴染だからで、ギャル系が好きな訳じゃない」


 これもまた、良く言われる台詞の1つだ。小春達と一緒に居るのは、絶対恋愛に発展しない関係性である事。そして気楽で居られる相手である事。

 それらが揃っているからに過ぎない。余計な気遣いをせずとも、理解し合える仲だからと言うだけ。……いや、気遣いはさせられるか。

 まあでも、大体はそんな感じの理由だし腐れ縁と言うのもある。決して俺の好みはギャル系などの派手なタイプではない。


「せっかくだし観て行くか」


「声が分からないとは思うがな、すげぇ上手いんだぞ」


「へぇ、そりゃ楽しみだ」


 遂に始まった鏡花達の晴れ舞台。流れ始めた伴奏は、音楽の授業で誰もが一度は歌わされる曲。小学生の頃に散々歌わされたフレーズが、大ホールに響き渡る。

 俺は所詮素人で、カラオケ程度の判断基準しか持ち合わせて居ない。それでも、うちの学校がかなりレベルが高いのは理解出来た。

 ウチの高校が割り振られたエリアにまで、しっかりと歌声が届いている。一緒に応援に来ている3年生が、ハラハラと見守る中で1曲目は終わる。


「やるなぁ、お前らの学校」


「だろ? 全国まで行って欲しいよ」


「これはうちも負けて居られないな」


 続く2曲目もまた、何度も聞いた事がある曲だ。給食の時間に聴き飽きるぐらい流れていた、小学校では定番の曲だった。

 誰もが知っている定番の曲は、その分技術が求められるだろう。代わりに入って日が浅い鏡花でも、短い期間で習熟する可能性が高い。

 あの部長、考えたな。鏡花は新人であっても、高いスキルの持ち主だ。そこを上手く活かす選択にしたのか。


「おいおい、凄いなあの子」


「これは……俺も驚いたよ」


 部長と鏡花のデュエットパートが始まった。そう来たか、これなら鏡花の強みが審査員にも伝わる。そしてソロではないから、鏡花でもやってくれる可能性がある。

 ソロをやらせたら、きっと嫌がるだろう。でも一緒にやろうなら、鏡花は何やかんやで流される。


 流石は部長と言う訳だ、それに鏡花に着いていくだけの歌唱力もある。これは中々に良い作戦だろう。3年生達もこれには驚いた様でざわついて居る。

 くどくなり過ぎない程度に挟まれたデュエットパートでは、鏡花と部長が前面に立つ。それ以外では足並みを揃えて見せる。チームワークも悪くない、これは良い線行くんじゃないか?


「これは、香苗(かなえ)も苦戦しそうだな」


「ああ! 池田さんの名前って香苗だったか」


「久々に会えて良かった。そろそろアイツの所に行くわ」


「おう、またな!」


 鏡花と部長の実力に、危機感を感じたらしい西山は池田さんの元へと向かって行った。俺も後で、池田さんにも挨拶に行くとしよう。たまに会話をする程度には、親交があった相手だしな。


 奮闘した鏡花達が戻って来たのを労いつつ、続く各学校の合唱を見守った。久し振りに見た池田さんは、流石と言うか相変わらずかなりの上手さを見せ付けた。

 恐らくは、鏡花と良い勝負をするに違いない。かつてのチームメイトの、その恋人がライバルか。個人的には嫌いじゃないぞ、そう言う展開は。


「これは、中々接戦じゃないか?」


「凄い人が一杯居るね。ビックリだよ」


「そうだ、せっかくだし鏡花にも紹介するよ」


 各校の精鋭達、手強いライバル達の存在を見せ付けられた俺達だったが、無事にうちの学校は予選を突破する事が出来た。

 西山と池田さんの高校も突破した様で、鏡花を連れてお祝いをしに行った。お互いの健闘を称えたり、励まし合ったりして。次は全国大会で合う約束をした俺達は、お互いに帰路に着く。


「次は全国だぞ、鏡花」


「だ、大丈夫かなぁ?」


「大丈夫だよ、俺の彼女はスゲェ女の子なんだからさ」

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