3章 第117話 モブBなりの決意
合唱部の練習が終わって、部員の皆が帰宅して行く。部長の中山さんが、皆に声を掛けている。私も挨拶だけして帰ろう。
「お疲れ様〜また明日ね!」
「お疲れ様、です」
「あっ、佐々木さん! 待って!」
帰ろうとしたら部長の中山さんに呼び止められた。な、何だろう? 何か変な事しちゃったかな?
特にこれと言っておかしな言動はしてない筈なんだけど……気合いが足りない! とか怒られたりしないかな? 大丈夫かな?
部活なんて、強制だった小学生の時に入った読書部以来だし。何かしらの粗相をしていても、自分で気付けない可能性は高い。
「良かったら一緒に帰らない?」
「へ? あ、えと、良い、けど」
「じゃあちょっとだけ待って! 戸締まりするから」
中山さんは部長だから、合唱部が使う部室の管理責任がある。責任とは言うものの、顧問である音楽教師に比べたら遥かに軽い。
ちゃんと戸締まりをする、終わったら鍵を職員室に返す程度。あと何かあるとしたら、部員達の統率とケアぐらいか。
そんなの私には到底出来そうにないから、この人はこの人で凄いなと思う。こう言う人達が将来、出世して偉い人になって行くんだろうな。
私は一生平社員がお似合いだろう。部下とか、とても持てる気がしないもの。
「お待たせ! 行きましょう」
「は、はい」
最近やたらと接点が増えた中山さんだけど、正直まだあまり良く知らない。熱血青春女子だなぁって印象があるぐらい。
良い人ではあるんだろうね、部員の皆も同じ方向に向かって走っている印象がある。ただ私にはちょっと、暑苦しいと感じる所もある。
真君とか村田君と仲良くなれそうだなぁ、あとは麻衣も大丈夫そう。元々カナちゃんとも友人関係にあるみたいだし。あれ? 私だけじゃない? 系統が違う感じなの。
「ありがとうね」
「え、え? 何の話?」
「入部してくれた事。改めてお礼したくて」
「そんなの別に……」
いざ入ってみれば大歓迎で、初日から温かい雰囲気でスタート出来た。こう言うのって誰かは納得出来なくて、ぶつかるイメージがあった。
冒険者ギルドに初めて入ったら絡む古参冒険者とか、お前は何も分かってないって怒る、プロ意識が凄く高い人とか。
幸いにもそんな人は1人も居なくて、スムーズに練習の日々を送れている。嫌な人や怖い人が居るものだって先入観が、少々有り過ぎたのかも知れない。
ネットニュースとかを見ていたら、そんな人達の事件や問題が毎日の様に流れて来る。でも実際はそんな人達は少数派で、大体の人はそんな事は無いのかも知れない。
人は嫌な思い出ほど良く覚えているらしい。そう言う所は、私にもある気がする。主に家庭の問題絡みで。
「私ね、前は全然冴えない感じで」
「そう、なの? 全然そう見えないけど?」
言葉にするのは難しいけど、部活で部長をやってる様な人は何となく華やかな人ってイメージがある。
何かに優れている人だから、そう言う立場になるのだと思っていた。目の前の彼女も、流石に小春ちゃん程では無いけど、十分魅力的で自信に溢れた空気を纏っている。
私から見れば、一軍で活躍するリーダー格としか思えない。夏が終わって秋に入り、様々な部活のトップが交代して行った。
その時に次期部長候補達の中から、こうして選ばれた存在なのだから立派な人物である事に違いはない。
「全部、先輩達のお陰なの。私の力じゃない」
「そうなんだ?」
「うん。ここまで来れたのは、先輩達に良くして貰ったから」
何だろう、どことなく親近感が湧いて来た。真君や小春ちゃん達の影響で、こうして変われた私が居る。あの出会いが無かったら、今の私はここに居ない。
以前の様に、図書館に籠もってギリギリまで家に帰らず、帰宅したら家事を済ませて寝るだけ。そんな高校生活を続けて居ただろう。この人も、そう言う経験をしたのだろうか。
「だから恩返ししたいんだ、先輩達に」
「そっかぁ。ちょっと分かるよその気持ち」
「そう!? 分かってくれる!?」
「ああああ、うん。だから落ち着いて」
中山さん、ちょっと暑苦しいなと思うのはこう言う所だ。そんなにガッシリ肩を掴まなくても、私は逃げませんから。
私が小さいからか、身長が少し高めの彼女に抑えられたら動けない。何て言うか、ミニ村田君って感じがする。彼ほど豪快では無いけれど、フィジカルで生きている人だ。
「あっ、ごめんなさい。夢中になるといつもこうで」
「だ、大丈夫。痛くは無かったから」
本当に麻衣とは仲良くなれそうな人だな。あの子もわりと、フィジカルで解決している所があるから。もしかしたら既に仲が良い可能性もあるけど。
何にせよ、麻衣と仲良くなれそうな人なら私も大丈夫。彼女に対するイメージは、かなり良い方だ。恩返しをしたい、その考えは私も常に持っているから。
切っ掛けをくれた人達、優しくしてくれる人達への恩返しは私もしたい。
「だから絶対、予選落ちなんてしたくない」
「うん」
「貴女のお陰で、それは回避出来そうだけど」
「えぇ!? 皆の力だよ、それは」
1人だけで参加するんじゃない。皆で参加するコンクールだ。良い結果が出たのなら、それは部員全員の成果だ。
何ならポッと出の私なんて、影響力は低いと思う。まだまだ皆の事を理解しきれて居ない私は、チームの歯車としては滑らかさが足りない。
ここまで積み重ねて来た、共に過ごした時間の長さが違い過ぎる。確かに私は、真君達の言う様に歌が上手い方なんだろう。
でも全国の舞台で、勝敗を決する程の戦力では無いと思う。優秀な個が1人居るだけで、どうにかなるなら私が居なくても十分だ。
中山さんを始めとした、優秀な個は元から揃っているのだから。彼女や部員の皆は、十分上手いと思う。これまでにも、結果をちゃんと出しているみたいだし。
「ううん、違うよ。今回の主力は貴女なんだ」
「ぇ゙ぇ!? 主力ってそんな」
「それだけ貴女は上手いのよ。だから、この大会は貴女に頼らせて欲しい」
それはだいぶ言い過ぎと言うか、過剰な信頼じゃないですかね? 大丈夫ですか? その船は新人しか居ないですよ? ガワを剥がしたら泥舟かも知れませんよ?
乗り込んだら大事故になるかも知れない。観光船鏡花丸は、タイタニック号より豪快に沈むかも知れませんよ? そんなに期待されても応えられるかどうか、正直怪しい所だよ。
「まだまだ初心者ですよ?」
「大丈夫よ、これだけ歌えているんだから」
「えぇーそう、なのかなぁ?」
そこについては、自分でも良く分からない。今までの人生で、歌えない曲は限られていた。男性が歌う、かなり音が低い曲は原キーでは出せない。
性別の違いがある以上は、どうやっても超えられない壁。でもそれ以外で困った事はない。何度か聴けば音程は分かるし、リズムも取れる。
絶対音感ってやつを持ってるのかは分からないけど、音を外したら分かるし間違えたら次から修正出来る。ただそれだけなんだけど、普通はそうじゃないらしい。
「今度の予選、一緒に頑張ろうね」
「う、うん!」
自分がどうかは兎も角として、この人達と一緒に頑張りたい気持ちは確かにある。何かに一生懸命な人って、つい応援したくなる。
必死に日々を過ごしている彼女達には、素晴らしい未来があって欲しい。その手伝いをするんだから、私も出来る事はしたい。見ていてね、真君。私、頑張るから。
本当は支部大会とか、そう言う表記にしたいんですけど予選の方が読み易いかな?と思って予選としています。
そして筆が乗ったので予選は長めです。