3章 第116話 ジェネレーションギャップ
合唱部の練習と、普段通りのバイトが毎日入れ替わりにやって来る。過去一忙しい日々を私は送っている。今日もバイトで忙しいけど、決して嫌ではない。
放課後の学校だと寒いからって、図書館通いしていた去年までとは大違い。大変だけど、これが充実した日々ってヤツなんじゃないかな。
「ふむ。まあ、前よりは良くなったな」
「ありがとうございます」
「後はもう少し積極性があればな」
「エヘヘ……」
11月末、カトウ加工は年末の繁忙期が始まっていた。真君に教えて貰ったトレーニングや、軽い運動の数々が功を奏して筋力体力ともに向上しました。
課題となっていた私の貧弱さは、辛うじて春子さんの合格を貰いました。どちらかと言えば、以前の私が貧弱過ぎただけなんだけどね。
今は春子さんが付き合いのある、お寺さんの会報を梱包し発送する作業を行っている。これが結構な重量なので、貧弱なままなら耐えられなかったに違いない。単純に会報と言う物を知らなかったのもあるけど、冊子の束の重量は想像以上だった。
このバイトを始めるまで、知らなかった色んな現実を知る事が出来た。例えばお正月に神社仏閣で販売される破魔矢とか縁起物。
あれって、こう言う会社が内職として作業したり、外注したりしている。普通に生活していると、知らない世界が広がっていた。
もちろんテレビでやっている様に、巫女さんや神主さんも作業はする。ただ、販売分の全てを自分達では作りきれない。
良く考えれば当たり前の事で、沢山の人が年始に買いに来る。それを数人の巫女さん達だけで、作り切れる筈がない。納得の理由だったけど、ちょっと衝撃的だった。
つい先日も、縁起物の製作作業を内職さんが取りに来ていた。少しややこしいのだけど、バイトとして働いている私も名目は内職。でも実際には時給制で働いている。
ここでの内職と言うのは、近所の主婦や定年を迎えた人達が自宅に持ち帰って作業する事。そちらの方が、本当の意味での内職を指す。
最初は私も違いが分からなかった。本当の内職は出来高制なので、時給制ほど稼ぐ事は出来ない。1時間に100個作って200円とか、そんな世界だ。
その代わりに自宅で、好きな時間に作業が出来る。頑張らなければ稼ぎは減るし、納期を守る必要はある。気楽には出来るけど、収入は少ない。
対して私や水谷さん達は、制度と速度を高水準で求められる。時給換算をしたら赤字になる様な、のんびりゆっくりでは許されない。最初から厳しい指導が入っていたのは、そう言う理由もあったらしい。
「年末って、こんなに大変なんですね」
「これでも随分減ったんだぞ?」
「そうですねぇ。10年前とは大違いなのよ」
「そうなんですか?」
今となっては会話をしながらでも、作業をサクサクこなす事が出来る。ビシバシと鍛えられた甲斐がありました。それでも、油断してたらまた注意されちゃうけどね。前にもそんなミスをしていたからね。
「人口も減っているし、檀家も減っているからな」
「だんかって何ですか?」
「え、佐々木ちゃん知らない?」
「はい、聞いた事ありません」
またも知らない言葉が登場。ここで働き始めて、一杯知らなかった色々な知識を得られた。今回の『だんか』と言う言葉の意味も、私は聞いた事がない。
ダイレクトメールが本来は郵便物の事だと知れたのも、ここに初めて来た時に知った。
「あ〜鏡花ぐらいの世代は知らんか」
「どう言う意味なんです?」
「そうだな…………推し活、か? 鏡花の世代に説明するなら」
何でも、自分の葬儀や供養を担当して貰う代わりに、支援金を寄付する人達を指す言葉らしい。
宗派によっては呼び方が変わるらしいけど、檀家と言う言葉を理解していれば大丈夫らしい。カトウ加工が受ける作業では、別の宗派から仕事を受けていないから。
「ほら、分かったら集中するんだぞ」
「はい!」
私の人生の大きな変化の中でも、何気に春子さんの存在は大きい。まるでお母さんみたいだけど、それを言ったら凄い嫌そうな顔をされた。手の掛かる奴ばかりで困るらしい。
それでもこうして、時に厳しく時に優しくしてくれる。この人を紹介してくれた、小春ちゃんには本当に感謝だ。
仕事は大変だけど、私はここで働くのが、とても気に入っている。残念な事に今はこれ以上、正社員は増やせないらしい。このまま就職でも良かったのにな。悔しいけど仕方ない、残りの作業も頑張るぞ!
「時間だ鏡花、そこまでで良い」
「あ、もう時間ですか。お疲れ様でした」
「佐々木ちゃん、気を付けて帰ってね」
「はい!」
パートさん達にも挨拶をして、帰る準備を進める。もうちょっと寒くなったら、マフラーとか必要かも知れない。
そんな事を考えながらも、本日の退勤に入る。タイムカードを切りにいったら、真君が待ってくれていた。
「お疲れ鏡花」
「うん、今日もありがとうね!」
「随分と機嫌が良いみたいだな?」
一目で分かるぐらい、私は嬉しい気持ちで一杯だった。家に帰っても、鬱々とした日々を送っていただけの日々。
それが今では沢山の優しい人達に囲まれた、輝かしい日々がある。そしてそれは、この男の子と仲良くなれたお陰だ。
彼と居れば、私は沢山の幸せが貰える。だから、ちゃんとその分を沢山返して行きたい。
「真君と会えて良かったなって。ありがとう!」
「何だか分からないけど、俺も鏡花に会えて良かったよ」
「さ、帰ろう!」
肌寒い夜の外気に晒されながらも、いつもの様に繋いだ手は優しい彼の温かみに満ち溢れていた。