3章 第115話 羽ばたく君と、追いかける俺
11月も中旬になって来ると流石に寒い。10月までの暑さが嘘の様に、急激に冬がやって来た。俺達の世代は、夏には40度付近まで気温が上がるのが普通で、10月まで暑いのが当たり前だ。
昔は全然違ったらしくて、シンプルに羨ましい。ぶっちゃけ夏にグラウンドを駆けるのはかなりキツイ。
今は以前ほどサッカーをしていないから、あの辛さを味わっていないけれど。
まあそんな訳で、急に来た寒さの中で放課後まで学校に居るのは厳しい。二学期の中間テストが近いのもあり、今日も俺の家で鏡花と2人で勉強中。
最近鏡花がうちに来ている日が多いのは、親が絶対帰って来ないからじゃない。決してそんな、不純な理由からではない。
うちの方が部屋が広くて、経済的な余裕もあるからだ。だから夜に期待なんてしていない。お風呂とかは関係ない。
今日も泊まって行くらしいけど、楽しみなのは鏡花の料理であってその後じゃない。断じてそんな事は無い。
「どしたの真君?」
「え? ああいや別に何もないぞ」
「そう? 何かボーっとしてたから」
コタツで隣に鏡花が座っていて、ほんのりいい匂いがしたから集中力が落ちた。どうにもこの匂いに弱い所がある。
人間は相性の良い異性を匂いで判別出来るとか、そう言う何かがあるらしい。多分これは、そんな本能的な何かじゃないだろうか。
だがそれはそれとして、勉強には集中しないといけない。少しずつ成績が上がって来ているので、ここでもしっかり点数を上げたい。
一時の気の迷いで、彼女と同じ大学に行く未来を潰すわけには行かない。ただまあ、ちょっと休憩も悪くないか。1時間は机に向かっていたから、そろそろ良いタイミングだろう。
「それより、合唱部はどうなんだ?」
「ん〜〜思ってたより歓迎されたよ」
「殆ど女子なんだよな?」
「男子も数人居るけど、ほぼ女子だね」
結構気にしていた鏡花の合唱部への参加。合唱部は運動部と違って、男女が分かれていない。イメージ的には女子ばかりだと思っていたけど、それなりに男が居るらしい。
合唱部の様な部活に入る男達だ。当然鏡花に興味を持つに違いない。要警戒対象として、後でどんな連中か探っておこう。
一緒になって何かを目指すと言うのは、仲間意識や一体感を得やすい。俺はそれを良く理解しているから、その点については危機感がある。
しかし、だからと言って分かり易い嫉妬心など、鏡花の前で見せるつもりはない。
「その、やっぱ楽しいのか?」
「そうだね。思ってたより楽しいかも」
「良かったじゃないか、流石鏡花だな」
「真君達のお陰だよ、今こうなってるのは」
未だに鏡花は、俺や小春のお陰だと思っている。でも大体は鏡花自身が頑張って得たものや、元々持っていたものだ。
小春はその良さを見抜いただけだし、俺は救われた側だ。もうちょっと自慢げにしても良いとは思うが、驕らない事も重要だ。
下手に自分を誇らない謙虚さが、彼女の良い所でもあった。ただ小心者な部分は、相変わらずみたいだけど。
「今度はどうするんだ? 流石にコンクールで舞台袖は無理だろうし」
「ゔっ……あの、その、すっぴんで、目立たない様にしようかと」
「えぇ? まあ、そうしたいなら止めないけどさ」
別にそんな事しなくても、上手いから目立つぞとか言わない方が良いのか? せっかくやると言ったのに、水を差すのも悪いからな。
確か、見せて貰ったコンクールのスケジュールだと、予選がもうすぐだったかな。当然俺は応援に行くつもりだ。
県内の予選を突破すれば、次は本戦となる全国だ。全国行きともなれば、それなりの注目を集めるだろう。鏡花の活躍は喜ばしいけど、また頭を抱える事になりそうだ。
また鏡花の知名度が上がる危機感と、せっかくだから行ける所まで行って欲しい気持ちの両方がある。そんな話をしたら、また小春に呆れられそうだが。
それに全国規模となれば、会場は東京になる。そうなったら、応援の為の遠征も必要となるだろう。
その時は、両親の暮らすマンションにでも泊めて貰おう。もしくは妥協して、さや姉の家か。…………それは本当に最終手段だな。
「部としては、良い結果を残したいんだよな?」
「全国優勝を狙うって言い出してて……」
「へぇ、やる気は十分じゃないか」
俺としては中々に好感度が高い。やっぱり皆で部活をやるなら、勝ちを狙いに行くものだ。あれだけ熱心に勧誘していたから、相当な熱意があるのは伝わっていた。
県内で上位入賞じゃなく、全国優勝を目指すその意気の良さは俺好みだ。俺達もそうだったし、中学で全国に行った時は残念ながら優勝を逃した。
あれは本当に悔しかったのを覚えている。結局3位で銅メダルだったが、あの悔しさを忘れない為に今も自室に飾っている。そんな俺だからこそ、鏡花達への応援は全力で挑もう。
「私が入ったぐらいで、そんな変わるかなぁ?」
「大違いだぞ。全国だってきっと行ける」
「皆そう言うんだよねぇ」
「本当だぞ? 俺や小春を信じろって」
絶対に良い所まで行くに違いない。1人でやるスポーツとは違うから、皆とのチームワークが重要になるだろう。
だけど、鏡花と言う戦力は決して小さくはない。それだけの歌唱力は間違いなくある。俺には合唱の良し悪しは分からないけど、合唱部の人間もそう言っているならきっとそうだ。
「うーん……それならちょっとは信じられるかも」
「頑張れよ! 応援してるからな!」
ちょっとした休憩のつもりだったけど、結構話してしまったな。また勉強に戻らないと。テストに向けて、俺の方も頑張ろう。俺もちゃんと、鏡花に着いて行きたいから。
3章は鏡花ちゃんの成長がメインテーマです。バンドは前座でここからが本番です。