3章 第114話 鏡花と合唱部
最近、合唱部の部長さんが頻繁に勧誘に来る。軽音部からも来ているけど、そっちは何と言うかこう、嫌な感じがするので全力でお断りした。
結構しつこい勧誘だったので、ちょっと問題になったりもして。今はもう解決したみたいで、全然来なくなった。小春ちゃんが何かしてくれたらしい。
「佐々木さん! お願い!」
「あの、やっぱりステージに立ったりはちょっと……」
「そこを何とか! 3年生が卒業するまでに結果を出したいの!」
合唱部の部長さんで、同じ2年生の中山里香さん。彼女は今日も、私の席まで勧誘に来ている。文化祭で私を知ってから、どうしても入って欲しいらしい。
3年生が卒業する前に、冬の合唱コンクールで結果を出す。その姿を3年生にどうしても見せたいらしい。
そう言うのは青春らしくて良いと思うけど、私も参加するとなると困ってしまう。勧誘をする理由は素晴らしいけど、そんな大量の人々に見られる環境はちょっと。
佐々木さん顔を下に向けないで! そんな注意を、音楽の先生に何度されたか。極力目立たない様に、俯いているのにダメ出しされる。
そのせいで、練習中に目立ってしまう本末転倒な状況。小学生の時も中学生の時も、それで苦しんだ過去がある。
その頃とは随分変わったけれど、未だに変わらない部分もある。気持ち的には協力してあげたい。でも、やっぱり恥ずかしいと言うか。
今更になって、目立つもクソも無いのは分かってる。それでも、学校の中だけと県内や全国では規模が違う。
「鏡花ちゃん、やってあげたら?」
「気持ちは分かるんだけど、大勢の観客に見られるのは無理だよ」
「大丈夫よ佐々木さん! 皆が居るからそんなに目立たないわよ」
合唱部と吹奏楽部は仲が良いらしく、カナちゃんも中山さんとは交友関係がある。あまりに必死な中山さんの様子に、見兼ねたカナちゃんもどうやら応援する側に立つらしい。
分かるよ? 私だって気持ちは分かるんだけどね? この人前に立つのが恥ずかしい気持ちは、どうしようもない。バンドだって、隠れて歌うのがやっとだった。
「葉山君も、鏡花ちゃんの良い所が見たいんじゃない?」
「そ、それは……」
「良いと思うわ! アピールになるわよ!」
ここで真君の名前を出されると、ちょっと頑張ろうかなと思ってしまう。先日の会話じゃないけど、私だって真君の1番であり続けたい。
だからこれが、良い機会になるのは間違いない。どうやら歌が上手いらしい私の、数少ない長所が活かせる場なのだから。
文化祭の時だって、凄く褒めてくれていた。それが嬉しかったから、あの経験をまた得たいと考えてもいる。でも自分から何かアクションが取れるかと言えば、そんな事は無くて。
「それにその、私……実は週3でバイトしてて……」
「なるほどね……でもあれだけ歌えるなら、週2でも大丈夫かも」
「えっと……その……」
「鏡花ちゃん、脱陰キャなんでしょ? 頑張ってみよう?」
それを言われると、もう断れない感じだ。真君へのアピールに、脱陰キャ宣言を持ち出されたらやるしかなくなる。
一歩を踏み出してみようと言う光の鏡花が、恥ずかしくないのかと問いかける闇の鏡花を倒してしまう。
そりゃあバンドのボーカルとして立つよりかは、幾らか注目度は下がる。正確には分散すると言うべきかも知れない。
総勢30人ほど居るらしいので、約30分の1になるのだから紛れる事は出来る。これで小春ちゃん達の様に、半端ない美人であるならそれでも尚視線を集める。
だけど私は、ただの普通で平凡な女子。何ならメイクを敢えてせずに、モブBとして出る手段もある。それなら、ギリギリ何とか行ける……かも?
「今から中途半端に参加なんて、皆怒らない?」
「大丈夫よ! むしろ絶対連れて来いって言われてるわ!」
「…………ずっと所属は無理ですよ?」
「冬の間だけで良いから! お願いします!!」
中山さんの深く下げられた頭に、まあちょっとぐらい良いかなと言う気持ちが湧いて来た。こんなに熱心に勧誘して、必要としてくれる人達が居る。
だったらちょっとぐらい、協力するのも悪い事じゃない。ここだけの話、バンドは結構楽しかった。意外にも私は、人に歌を褒められるのが好きだったのかも知れない。
それに将来、就活する時に良い材料にも出来る。ずっと帰宅部でした、よりも合唱部に所属してコンクールに出ました!
その方が確実に印象は良くなる筈。まあ、それはちょっと打算的過ぎるかも知れないけど。
「じゃあ、やります」
「ありがとう!! 宜しくね佐々木さん!」
「良かったね、里香ちゃん」
「佳奈もありがとうね!」
こうして私は、晴れて合唱部の部員となりました。バイトを始めて彼氏が出来て、バンドをやって今度は合唱コンクール。
1年前の私に、来年こうなるよって教えても絶対に信じない。頭がおかしい人かな? そう思ってしまうに違いない。それでもこれは現実で、ここまで歩んで来た日々があって。
もしかしてこのままずっと、イベントだらけの日々になるんだろうか? それはちょっと困るけどなぁ。一般モブの一員としては、程々で良いのに。