3章 第112話 辛党な鏡花ちゃん
痴話喧嘩も無事解決し、11月に突入した真と鏡花は仲良くいつもの駅前デートをしていた。
最近は気候の変動も激しく、11月になった途端に一気に気温が下がって来た。肌寒い日々が続いたからか、2人はラーメン屋でお昼を食べている。
「鏡花って、辛いの好きだよな」
「え? そうだね、どっちかと言えば」
確か前にも辛みそラーメン選んでたし。真っ赤なラーメンを目の前の彼女は平気な顔で啜っている。
俺が前に食べた時は、もう二度と頼むまいと心に誓った。その日の夜は、ケツが大変な事になって地獄を味わった。
それ以来、目にする事が無かったのだが、鏡花と来る様になってから毎回見ている。真っ赤な唐辛子パウダーの塊が浮いていて、如何にも辛そうな見た目だ。
「どれぐらいまで平気なんだ?」
「うーん、4辛までは好きかな。5辛はちょっとキツイかも」
「マジかよ、すげぇな」
某有名カレーチェーン店の辛さの指標で示された数字は、到底俺が食える辛さでは無かった。良くもまあ、そんな激辛カレーを食えるもんだ。
俺は2辛でギブアップしたし、普段はノーマルしか頼まない。相変わらず変な所で強者の風格を漂わせる女の子だった。
「真君は辛いの嫌い?」
「嫌いじゃないけど、あまり強くはないな」
「やっぱりそうかー。入れるおかずに気を付けて正解だったよ」
鏡花の前で、それ程辛いメニューを食べる機会は無かったからな。オススメのカレー屋に行った時も、そのまま普通に食べていた。
鏡花はスパイスをたっぷり追加していたけど。あの基準で弁当を作られると、俺の方は耐えられない。これからもそのままでお願いします。
そう言えば前に作ってくれたカレーも、普通の辛さのままだったな。あれも加減してくれた結果なんだな。
もし同棲とかするなら、鏡花専用のスパイスが必要になるな。何なら俺の家にも、これからは置いておこう。
「うちの家に辛党居ないんだよな、すまん」
「いやいや、大丈夫だから。絶対辛くないと嫌って訳じゃないよ」
「それ食いながら言われても」
「へ? これはだって、普通じゃない?」
そんなさも不思議そうな目で見ないでくれ。十分に辛いんだからな、そのラーメン。人気メニューらしいから、好きな人も多いみたいだけども。
そう言えば、家の話で思い出した事がある。一応両親には、彼女が出来た報告はしてある。母さんがやけに張り切って居たのがやや心配ではあるが、年末に帰って来たら紹介しようとは思っている。
「来月って言うか、年末に両親が帰って来るんだけどな」
「ゔっ……」
「大丈夫だって、そんな顔するなよ」
未だに顔合わせをした事がない俺の両親を、鏡花はかなり気にしている。最初は家に入るだけでも、中々に抵抗が有った様だし。
最近は慣れ始めたみたいだから、それなりの頻度で泊まっている。それでもやっぱり、芸能人と言うのが壁になっている様だ。
「母さんは喜んでるみたいだし」
「だ、大丈夫? うちの息子にこんな娘は!! とか」
「ならんならん。そんなタイプじゃないから」
多分、逆だと思うんだよな。凄く気に入るんじゃないかな。何でか知らないけど、好みが小春と似ているから。
あんな風に馴染めて居る以上は、きっと母さんもそうなるだろう。猫の様に可愛がる姿が目に浮かぶ。やるだろうな、絶対に。
それで父さんに鏡花の服を作らせるんだ。母さんの着せ替え人形にされてしまいそうだ。女の子が欲しかったらしく、小春にも良くそうして居た。さや姉もわりとそんな感じだったな。
「覚悟しておけよ鏡花」
「ひっ!? やっぱり何か!?」
「いや、多分凄く可愛がられる」
「えぇ? 本当かなぁ?」
何とも納得が行かないらしいが、それが事実だ。息子としての経験と、直感がそう告げている。間違いなく母さんは鏡花を気に入る。だって、俺と同じ遺伝子を持っているのだから。
「あ、それと父さんはあんまり喋らないんだ」
「そうなの?」
「そう。だから会話したくないんじゃないって覚えておいてくれ」
本当に全然喋らないんだよな。挨拶とかは返って来るけど、長話なんてほぼしない。多分デザイナーと言う職業上、常に何かを頭の中で描いているんだろう。
見たものから得たインスピレーションは、非常に大切なんだと言って居た。この人はどんなデザインが良いか、どんな色が合うかすぐ考えてしまうらしい。
「まあ大体服の事考えてるだけだから」
「ぇ゙!? ファッションチェックとかされちゃう!?」
「あ〜〜、それはあるかも知れん」
「ひぇっ……」
それはもう、職業病の様なものだと言っていた様な気がする。そりゃ当然か、日々人を見てデザインしているんだから。オーダーメイドも良くやっているみたいだし。ただ、それで人柄までは判断しないだろう。
「大丈夫だよ、今日だってちゃんと可愛い」
「ぶふっ!? 食べてる時は困るよ!」
「おっと、悪い。はいティッシュ」
何だろうな、鏡花が食べてる姿を見るのも好きなんだよな。言葉にするのは難しいんだけど、何か可愛いんだよ。もうこれは直感と言うか感覚と言うか、そんな何かなんだよな。
「とりあえずまあ、リラックスして会えば良いから」
「出来るかなぁ?」
「大丈夫だ、普段通りで良い」
とは言ったものの、たまにテンパって変な事する時もあるにはある。でもまあ、ただ親に紹介するだけだし、何とかなるだろうさ。