3章 第110話 容易く行われるえげつない行為
「は? もう何回目よ? そろそろ怠いんだけど?」
「だって、仕方ないだろうが」
小春に物凄い嫌そうな顔をされたが、お前にだって多少の責任はあるんだからな。……良いじゃないかと賛成した自分も悪いんだけど。
文化祭が終わって週が明けたら、鏡花の知名度が爆上がりしていた。合唱部の女子達が鏡花を勧誘するのは、俺も鼻高々で居られる。
しかし、軽音部のチャラい連中が鏡花を勧誘するのは許容出来ない。分かっている、これが幼稚な嫉妬心でしかないのは。だけど、心穏では居られないのは理性でどうにかなる問題じゃない。
「大丈夫だって、キョウを信じなさいよ」
「そっちじゃない、男の方だ」
以前からそうだが、今まで鏡花を知りもしなかった奴らが、後から後からゾロゾロと。自分だってそうだったから、その点について強く出る事も出来ない。
だからと言って、それを許容する事はとてもじゃないが出来ない。鏡花が華やかになりつつあるのは、小春達のお陰であり鏡花の努力の成果だ。
でもそれは、他所の男達にモテる為じゃない。鏡花が自分を磨いた結果に過ぎない。お前らとは何の関係もないだろうが。何なんだよ今更になって。
「あのねぇ、葉山真の立ち位置分かってる?」
「はあ? どう言う意味だよ?」
「アンタはね、顔だけならピカイチだからモテてんの」
「何か引っ掛かるけど、だから何だよ?」
「だ〜か〜ら〜! そう言うのはキョウの方が辛いんだって意味! 分かる!?」
それは……考えた事が無かった。自分の母親が女優をやっていて、その母親に似ているから整っては居るんだろう。その程度の認識しかないし、ちょいちょい告白されたりもしていた。
ただそれは俺にとって面倒事に過ぎない。鏡花と付き合い始めて、パッタリ無くなったからどうでも良い事だった。
鏡花以外の女の子に好かれる必要性が無いから、特別意識する事もない。もちろん冷たく接すると言う意味ではなく、平等に接しているし邪険にしたりはしていない。けれども、鏡花から見たらそうではないのか?
「え、じゃあどうしろって言うんだよ」
「どっしり構えてなさい。それだけよ」
「はぁ!? それじゃ何も解決してないだろ!」
そんなんじゃ、今更になって調子よく鏡花に近付く連中への牽制にならない。ライバルとの競い合いなんだ、先手を取って妨害するべき状況だろう。
恋愛だって競争に変わらない筈だ。常に一歩先に居ないと不味いだろう。なのにこの幼馴染と来たら、また良く分からない話を始めた。あと何故に俺は若干ディスられたんだよ?
「まあ恋愛もスポーツと似た所はあるわよ?」
「だったら!!」
「でも間違えちゃダメ、目的はライバルに勝つ事じゃない」
「何だよ、意味分かんねーよ」
恋愛方面においては、幼馴染が遥か先に居るのは分かっている。昔から小春は俺と違って、恋愛そのものには積極的だった。ただ余計な相手まで寄せ付けてしまうので、その点は嫌がっていたが。
それを見ていたから、何が楽しくて恋愛をしたがるのか理解出来なかった。いざ自分も恋愛をする立場になってみれば、そこについての理解は出来た。今更鏡花無しの生活なんて、考えたくもない。
しかしこの幼馴染の話は理解出来ない。何もしないなんて絶対におかしいだろ。そんな態度で居たら、負けてしまうかも知れない。そうなってからじゃ遅いだろうに。
「一番大事なのは、相手を喜ばせる事でしょ?」
「それは……」
「アンタが誰かと喧嘩して、あの子が喜ぶの?」
「いや喧嘩なんて、そんな事は……」
少し離れた席に座る、鏡花の方に視線を向ける。教室の一番奥に座る自分の恋人。その前に座る結城さんには、勧誘は来ていない。元から吹奏楽部に所属しているから。
一切無い訳じゃなくて、軽音部からの勧誘は来ていた。ただ部長同士なのか顧問同士の取り決めなのかは不明だが、何かしらの話し合いがあったらしくすぐに途絶えた。
しかし鏡花は帰宅部で、今も合唱部で部長をしているらしい女子が勧誘に来ている。思えば彼女も、随分と熱心に何度も来ている。
軽音部は女子ボーカルを求めると共に、消しきれない下心がある。それとは違い、本気で合唱部に来て欲しいと言う熱量があった。
そこが鏡花の悩みのタネらしく、嫌ではないけど困ると言う状況。最初は俺も止めに入っていたが、本当に真剣なのが分かったので今では2人が出す結論待ち。
そんな現状があるので、俺が止めに入らなくても合唱部の部長が軽音部の連中を排除してくれる。だから俺がピリピリする必要がないのは確かだ。
隙を突いて来る様な真似も、先日釘を刺したので大丈夫だろう。ただ、その時ちょっと険悪になったのは間違いない。少々強引さにイラッとしたから、強めに制止した所はある。その事を小春は指摘しているのだろう。
「行き過ぎた勧誘への注意はもうされたでしょ?」
「まあ。そうだけど」
「アンタはあの子が喜ぶ事だけしてなさい。それで良いの」
「だけどさ」
「安心なさいな。セクハラでもしたら、アタシがソイツを終わらせるから」
それはそれで、良いのだろうかと思うが。今のこの状況下で、小春にセクハラ野郎とか拡散されたら学校生活が終わるだろう。大半の女子からセクハラ男と見られる、男子高校生としての終焉が容易に想像出来た。
絶望的な生活を送る事になる残念な奴の未来は兎も角として、先日の行き過ぎた勧誘行為について学校から勧告があった。
今来ている合唱部の様な形であれば許されるが、度を越した勧誘は禁止になった。学校側も認識しているし、合唱部の牽制もある。とどめは小春の報復があると言うなら、考え過ぎなくても良いかも知れない。
「1人で出来る事には限界があるの。言ったでしょ? アタシを頼れって」
「…………ああ。すまん、お願いしていいか?」
「任せろって。とりま鏡花のストーカー野郎って投稿しとくか」
あ、何か今、凄いサックリと拷問みたいな事が行われたな。まあ本人にも明確な落ち度はあるんだから、甘んじて罰を受けて貰おう。
名前も知らない軽音部の奴に心の中で合掌しつつ、鏡花が喜ぶ様な事を考える事に集中するのだった。
その日の午後
軽音楽部A君「うぃーす」
女子A「うわキショ」
女子B「最悪ー」
女子C「佐々木さんかわいそー」
女子D「キモイわー」
軽音楽部A君「えぇ……」