3章 第101話 すれ違い
鏡花ほど定期的では無いものの、夏休みの後も真は真で、不定期単発バイトを合間に挟んで居た。やはり高校生のお小遣い程度では、出来るデートには限りがある。
少しお金を出して電車に乗るだけで、行き先の自由度はかなり広がる。その先には様々な施設があり、必要な資金は様々だ。
ファッションにも決して少なくない金額が必要となる。真は父親がファッションデザイナーである事から、新作が贈られて来る事もあるのでかなり恵まれている。
とは言っても、いつまでも親がくれた服を着るのは年頃の男子的には抵抗感が生じる。事実として真は、鏡花と関わる様になってからは極力自分で買っている。幸いにもセンスを磨く機会は散々あったので、ファッションセンスは悪くない。
本日も気合を入れたコーディネートに身を包み、しかしそんな事を決して誇る事なく何食わぬ顔で鏡花に合流……する筈だった。
学生にはちょっとお高い中堅ブランドのカッターシャツにベスト、そしてボトムは同じブランドのスラックスで大人っぽく決めた真が最寄り駅に到着した時、スマホに鏡花からの緊急連絡が届く。
『ごめん、今日ちょっと無理かも』
「大丈夫か?」
「うん、ごめんね急に」
「仕方ないって、鏡花は悪くないよ」
いきなり何事かと思ったけど、鏡花の体調不良が休日に重なってしまっただけだった。2人で国民的アニメの原画展に行く予定をキャンセルし、鏡花の家にお見舞いに来ている。
先払いのチケット制ならキャンセルなどで少々困る所だが、ただ予約しただけだから行かなければ良いだけ。
「また随分と時期がズレたな」
「そう……たまーにあるの」
ぐったりとベッドに寝転ぶ鏡花を労りつつ、鏡花の代わりにリビングから持って来た鎮痛剤と水を手渡す。
鏡花の体調不良は、女性特有のそれ。月に一度は必ず訪れる、世界中の女性を悩ませる肉体の変化。
男性は経験する事がない苦しみ、月経や生理と呼ばれる体の不調。厳密に言えば正常の証であり、不調と言うのも変な話ではあるが。
「10日も早く来るとはな」
「特に何も無かったんだけどなぁ」
学校の保健体育で必ず習う、基礎知識は知っている。今はネットで調べれば産婦人科医の説明などで、様々な情報を知る事が出来る。
妊娠出産と直結する事だし、そう言う行為だってしている以上は、俺だって無関心では居られない。それではあまりにも無責任だから。
だから鏡花がいつぐらいに来ているかは、しっかり恋人として把握している。単純に予定を立てる上でも、必要なのは変わらないから。
時期が重なるタイミングで、トイレに行き難い様な場所に行くと鏡花が苦労する。日付的に怪しい時期は、極力そう言うデート先は避けている。
「うーーー」
「頭痛か?」
「うん、ぐわんぐわんする……」
「さっき冷えペタ見掛けたから、取って来るな」
鏡花は初日がキツイタイプで、学校やバイトがある日は中々にグロッキーだ。2日目には復活しているけど、全く平気なわけでは無い。
始まった週は弁当も要らないと言ったけれど、どうせ自分も必要だからと用意してくれているが。
だからその時期は、殊更気遣う様に心掛けて居る。自分にちゃんと出来ているかは、分からないけど。
ダウン中の鏡花に代わり、先程鎮痛剤があった棚を目指す。リビングに向かう途中で、ふと人の気配を感じた。
鏡花のお母さんなら会った事はあるけど、父親には会った事がない。何となくだけど、彼女の父親に会うのは少々気が引ける。
そりゃあ最終的には、ちゃんと顔合わせをしないといけないけれど。ただ、それがこんな偶発的にとなると中々キツイ。母親であってくれと願いつつも、恐る恐るリビングに侵入する。
「あら、やっぱり貴方だったのね」
「お邪魔してます」
そこに居たのは鏡花のお母さんだった。助かった、誰だ君はとかお父さんに聞かれたら答えに困る。彼氏ですなんて言って、怒らせたら大変だ。いやまあ彼氏で間違いないけどさ。
「鏡花はどうしたの?」
「あ〜その、体調崩してまして。冷えペタがあったかなと」
「そう。ごめんなさいね、わざわざ」
「いえ、俺も今日は暇ですから」
状況を察してくれたらしい鏡花の母、杏子さんから冷えペタの箱を受け取る。と言うか、お母さんが居るんなら俺はもう必要ないんじゃないか? 生理中なんて男の俺より、同性である母親の方が遥かに理解があるんだから。
「あの、お母さんが居るなら、任せた方が良いですよね?」
「ごめんなさいね。また出ないと行けなくて」
「そうなんですか? 日曜なのに大変ですね」
「え、えぇ。まあ」
そう言う事なら仕方がないか。別に鏡花の介抱をするのは嫌じゃない。何なら一緒に居る時間が増えてラッキーなぐらいだ。
親が居るなら必要ないかなんて、少々ガッカリしていた所に思わぬ僥倖と言える。ちょっと不謹慎かも知れないけど。
「あの子をお願いね」
「はい、任せて下さい」
鏡花の両親は、殆ど家に居ないらしいからな。うちの家も似たようなもんだから、鏡花の置かれた状況は良く分かる。
実質一人暮らしで病気や怪我をすると、色々と大変で苦労する。鏡花もこれまで、体調不良と孤独に戦った日々があるだろう。
俺はまだガタイに恵まれた男だからマシだけど、小柄で非力な鏡花はちょっとした事でも苦労するだろう。一緒に居られる間だけでも、色々と手助けしておこう。そんな風に決意していた時だった。
「あの子は……普段どうしているの?」
「普段ですか? 意外と積極的だし、色々頑張ってますよ」
「そう、なのね」
やっぱり中々会えないから、他人から見た娘が気になるんだろうな。せっかくの機会だから、あなた達の娘は凄く良い子ですよって教えてあげよう。この人達が居たから、俺は鏡花と出会えたのだから。
「最近なんて、文化祭でバンドやるって俺の幼馴染と言い出したんですよ」
「……そんな事を、あの子が?」
「そうなんですよ、鏡花って目茶苦茶歌が上手くて。多分皆、びっくりしますよ!」
「そう、だったのね」
やっぱり知らなかったんだな。まあ高校生にもなれば、親とカラオケなんて行かないからな。俺だって、父さんや母さんとカラオケはちょっと嫌だ。
鏡花だってそれは変わらないだろう。大体の高校生はそうなんじゃないか? せいぜい中学生までだろう、そう言う事を親とやるのは。だからこそ、鏡花の魅力的な部分をちゃんと教えたい。
「正直、そのせいでまた他の男子にウケないか不安なぐらいで。あっ! そうそう最近もそんな事がありましてね」
俺が話す鏡花の学校生活を、驚いた様子で聞いているお母さん。これは結構良い掴みじゃないだろうか?
俺から直接話すのは、ちょっと心理的障壁が存在するので、是非ともお母さんからお父さんに伝えてあげて欲しい。
あんまり長く引き留めるのも悪いので、極力良い話をチョイスして伝える。元気な娘の日々が、ちょっとは伝わっただろうか。
「貴方は…………あの子で本当に良いの?」
「え? 当然じゃないですか。鏡花は魅力的な女の子ですよ!」
「そう……なのね」
その後も多少の会話を交わしてから、再び出掛けて行く鏡花のお母さんを見送った。おっと、鏡花を待たせてしまったな。早く戻って冷えペタを渡してやらないと。
まだこの頃の俺は、鏡花の家庭事情を何も知らなかった。知っていたら、もっと違う話も出来ただろう。
馬鹿みたいに呑気な考えで、鏡花の話をした事を後悔する日が来るなんて思わなかった。でもそれは、まだまだ先の話で。しかしそれは何れにせよ、避けられない未来でもあった。
学生時代の恋愛では、そこまで相手の親とか気にしない事も全然あるので。鏡花ちゃんも話したがらないからこそ、発生したすれ違いのエピソードでした。