冒険者の仕事
獣人の女の子は助けられた子のうちの一人だという事は分かる。分からないのはなぜ俺の膝の上に座っているのかという事だ。
俺の膝の上でニコニコしながら女の子が呟いた言葉で、その理由がなんとなく分かった。
「んふふ。ねね様の匂い。ねね様の匂い」
どうやら俺からセリナの匂いを感じ取ったようだ。どんだけ特殊な嗅覚をしているんだ。
俺の懐にはセリナから受け取った手紙が入っていた。その手紙に着いた匂いを感じとったのだろう。
「んふふ。ねね様来るね。近くに居るね」
「近くに居るのが分かるの?」
「うん。ねね様の匂いが外から近づいてくるのー」
恐ろしい子。気配よりも匂いでセリナの居場所を把握できるとは···。
多分ここにいるほとんどの人がセリナの気配には気づいていないだろう。ハザクたちが気づいた気配は別の人物だ。セリナではない。
口を開いたのは俺と女の子のやり取りを見ていたハザクだった。
「そのねね様っていうのは、レン殿の知り合いですか?」
「そうみたいですね。今ルカが迎えに行っている人のことだと思います。たぶんその人もこの子を探していたと思うので、助けることができて良かったです」
「それはなによりです。とりあえず話を進めても大丈夫ですか?」
「あっ。すみません。お願いします」
ハザクの仕切りで、自己紹介から始まった。
みんな脱出が優先で簡単な挨拶しかしていなかったからだ。
「私はハウザー・シュナイツといいます。この度は助けて頂き、本当に感謝しています。あと数日遅かったら、アルス様も私も命はなかったでしょう」
「私からも感謝申し上げます」
二人は立ち上がり頭を下げた。
「気にしないでください。それに僕が助けたわけじゃありませんので」
俺も立って挨拶したかったが、女の子が邪魔で立てなかった。そのせいで少し偉そうな感じになってしまった。
脱出の際に簡単に紹介されたアルスがそのまま話し続けた。
「遅れましたが、私はアルス・オルクラインと言います。すでに耳にしているとは思いますが、ここにいるユリベラと共に反王国勢力を立ち上げ、そのリーダーをさせていただいております。どうぞお見知りおきを」
隣に立つユリベラも頭を下げる。
「自己紹介はこれくらいで良いでしょう。そうそうレン殿。ちなみに私はハザク・シュナイツと言いますので···」
「シュナイツ? もしかしてハウザーさんと兄弟か何かですか?」
「はい。ハウザーは私の兄です」
言われてみると、髪の色や、顔立ちがそっくりだった。
ハウザーは長い間囚われていて、少しやつれていたせいで、まったく気がつかなかった。
「ご兄弟でギルドマスターとはすごいですね」
「兄はもともと王都の軍に所属していましたが、前ギルドマスターからの強い要望があって、本部のギルドマスターになったんですよ。悔しいですが実力は私よりもずっと上です」
ハザクにそこまで言わせるとは少し興味が湧いてしまった。
俺の表情を見てハザクに心を読まれてしまった。
「レン殿、交流戦が楽しみですね」
くっ···こいつ忘れる気がまったくないな。実現するまでしつこく言ってきそうだ。
それからしばらくはハウザーからの報告が続いた。
ハウザーが捕まってから、救出されるまでの経緯だ。ハウザーは救出された時のシャルティアと月光の活躍ぶりを興奮しながら俺に伝えてきた。
「レン殿、あの子達はいったい何者なんですか? シャルティアさんといい、お面の子といい、二人ともエルミナの冒険者なのですか?」
「二人は冒険者じゃありませんよ。話していませんでしたが、彼女たちはエルミナの軍に所属していて、そこでサポート役を担っています。シャルに関しては普段は商店の店員として働いていますよ」
「あの強さでサポート役って······」
ハウザーの驚いた顔を見て、ハザクが楽しそうに笑っている。ハザクはエルミナの事を調査していたので新設された光月旅団のことを知っている。
「兄さんが捕まっている間にエルミナの状況はだいぶ変わっています。王都のでは新しく旅団が新設され、そこの団長はかなりの手練れと聞きます。それに冒険者ギルドは解体され、生まれ変わった冒険者ギルドのマスターを努めてるのがレン殿なのですよ。戦力で言えば我々が知っているエルミナはもうありませんね」
「そこまでか···」
「はい。でも安心下さい。今回の件が終わったら、エルミナの冒険者ギルドと交流戦を行うことを約束して頂きました。ねえ、レン殿」
「それは楽しみだ! レン殿、私のギルドの参加もお許し願えないだろうか?」
ハザクめ、ハウザーを巻きこんで言質を取りに来たな。それに、ハウザーもノリノリじゃないか。さすが兄弟。
「はははは、そうですね。考えておきます」
俺が笑ってごまかしていたら、ルカが戻ってきた。
「お待たせしました」
ルカの後ろにセリナ立っていた。ルカから事情を聞いていたのか、セリナはいつもの月光の姿ではなかった。
獣人の女の子はセリナを見た瞬間「ねね様!」と言って飛びついていった。
「ティフラ! 良かった、無事だったのね」
やはりペルシア族の子だったみたいだ。セリナが来てくれたおかげでやっと自由になれた。そう思っていたら、セリナの後ろから誰かが飛び出してきた。
「若!」
「うわぁ! ま、マイル!?」
マイルはそのまま俺に抱きついてきた。気配を消せていなかった正体はマイルだったようだ。
「どうしてここに」
「焔さんと、セリナさんが、話して、いるの聞いた、若の、ところ行くって」
俺がセリナの方を見ると、さっと目をそらされた。あとあと話を聞くと、俺に会いにレザリアに向かうと知ったマイルがセリナに泣いて頼み込んだようだ。急いでいるのにまったくマイルが引かなかったので、焔が許可を出してくれたみたいだ。
まったく、ルカといい、マイルといい、冒険者の仕事を放って何をしているんだ。
「マイル。会いに来てくれたのは嬉しいけど、ちゃんとギルドの仕事をお願いしてたよね?」
「······これ」
俺に怒られてマイルはシュンとした顔になったが、懐から一枚の紙を取り出し俺に見せてきた。
「依頼書? 救助者の護衛······依頼主焔······って、ギルドの仕事としてついてきたのか!?」
「···うん」
どうやら、マイルがついてきたら俺に怒られると分かっていた焔がマイルの為に用意したみたいだ。これでマイルは正式にギルドの仕事として俺に会いに来ることができる。
マイルが俺に怒られる理由がなくなった。
「そっか。マイルはちゃんと約束を守ってくれたんだね。さっきは怒ってごめんね」
「ううん。若に、会いたかった、のはほんと。でも、仕事は、しっかりと、やる」
「うん。みんなの事しっかりエルミナまで守ってあげてね」
「うん!」
俺がマイルの頭をなでると、落ち込んでいたマイルは急に笑顔になって喜んでいた。
こんな風に慕ってもらえるのはやはり嬉しい。俺も素直に喜んでいれば良かったと思った。