ギルドマスターハザク
「本当にごめんなさい!」
マルクスの店に戻ってからルカはずっと頭を下げて謝っていた。
やられたメンバーも意識を取り戻し、一緒に話し合いに参加している。ルカはオロオロしながら意識を取り戻したメンバーに次々と謝っているのだ。
「みなさん、僕からも謝ります。どうか許していただけないでしょうか?
ルカは大事な恋人を拐われてしまい、いてもたってもいられずに責務を投げ出し、ここまでやってきて、罪のない人を、殴り倒して、冒険者ギルドに殴りこもうとしただけなんですから。
ねぇルカ?」
「ひぃッ!」
シャルを追うのは仕方がないが、ルカはれっきとした責任者の一人だ。今回は許されるかもしれないが、間違いでしたで済む問題ではない。場合によっては国同士の問題にもなっていたかもしれないのだ。それをちゃんと自覚して欲しかった。
ルカは珍しく怒っているのに気づいて、顔を真っ青にしていた。
「ま、まあ、本人ももの凄く反省しているようですし、私たちは構いませんよ。それよりも問題なのは冒険者ギルドからの出頭命令のほうです。こればっかりは避けて通ることはできないでしょう」
あれだけ暴れたのだから当然だろう。本当は本部に呼ばれるものだとばかり思っていたが、呼ばれたのはパルティア支部だった。本部には知らされてないのかもしれない。
俺がギルドのことについて思案しているとマルクスが声をかけてきた。
「あの···レンさん。さっきから気になっていたのですが、なぜその方がレンさんのことを師匠と呼ぶのでしょうか?」
「あ、それは···」
「師匠は我々光月旅団の団長であり、光月流の師範だからです!」
(ばか! ここはエルミナじゃないんだぞ! 他の国で他国の軍を名乗ってどうする!)
「こう···づき? 確か以前行われた、エルミナの剣術大会で優勝した少女がコウヅキと名乗っていたような···」
「それは妹の桜火さんで、強くしたのも師匠のおちからです! さらに······」
ルカが何か言おうとしたらイーファに口を押えられて喋れなくされていた。
「れんさん、あなたはいったい···」
今俺がエルミナの冒険者ギルドのマスターだという事と、エルミナ王国軍の旅団長という事が公になればレザリアの冒険者ギルドや王国側にも伝わり、オクロスを取り逃がしてしまうかもしれない。
「僕はただ、仲間を助けたいだけす。それだけじゃダメですか?」
「······いえ、構いません。何かあればいつでも言って下さい。必ずお力になります」
「ありがとうございます。マルクスさん」
ユリベラ達もあまり追及はしてこなかった。とりあえずルカの出現によって、状況が変わってしまった。シャルのこともあるし、すこし急ぐ必要が出てきた。
「ユリベラさん、ギルドへの出頭は後日と言っていましたが、今すぐにでも行きたいのですが···」
「それは問題ないわね。ギルドとしても早く詳細を知りたいでしょうから」
「では、僕も行きますので、ついてきていただけませんか?」
「ええ。わかったわ」
「それと、もしかしたら、明日には王城に侵入するかもしれませんので、みなさんは準備をしておいてください」
「明日ですか!?」
急な予定変更にマルクスが驚いていた。俺はオクロスに情報が回りきる前に何とか被害者を救出したかった。
「はい、今回の件が王城に回れば、警備が厳重になり、侵入が困難になってしまいますからね。ほら、行くよルカ」
「はい!」
作戦の準備はイーファとメルに任せて、俺とルカ、ユリベラの3人で冒険者ギルドに向かうことにした。
冒険者ギルドに着くと、その場にいた冒険者の視線が一気に集まった。その中にはメルにやられたビクターの姿もあった。俺に気づいたのかビクターが真っ先に近づいてきた。
「おい。今日はあの女は一緒じゃないのか?」
「この間はどうも、ベクターさん。メルならまだまだ自分は弱いと言って稽古していますよ」
「俺の名前はビクターだ! 相変わらず嫌味な野郎だぜ。···まあいい。あの女に言っておいてくれ。今度は負けねぇってな」
ほう、メルの強さを認めるとは意外だったな。もっといちゃもんでもつけてくると思ったが···。口は悪いが雰囲気もちゃんとした冒険者に見える。やはり『ウルフルズ』とは違うな。
俺はビクターの評価を改めた。
「分かりました。ちゃんと伝えておきますよ、ビクビクさん」
「てめぇわざとだろ!」
ビクターは怒りながら自分の元居た所に帰っていった。
今のやり取りをしている最中も視線は集まったままだった。ビクターもそうだが、前回来た時みたいなよそ者を見るような目ではない。そんなことを思っていると、受付嬢が近づいてきた。
「あの、この間ビクターさんを倒した人は一緒じゃないのですか?」
「え?」
「あ、これは失礼いたしました。私は冒険者ギルドパルティア支部の受付をやっていますクルーノといいます」
「僕はレンといいます。この間の子はメルといいますが、今日は一緒じゃないんですよ」
「そうですか···。それは残念です。それで、今日はどういったご用でいらしたんですか?」
「今日街の外であった事件のことでギルマスに呼ばれているのですが、今からでもお会いできますか?」
「···事件? それって一人で冒険者を軒並み沈めていった賊のことですか? ···もしかして隣の方が?」
「は、はい。そうですけど賊ではありませんよ」
「きゃー! あなたお名前は!? 今どこかのギルドに所属していたりしますか!?」
(なんだこの受付嬢、ぐいぐいくるな。)
「クルーノくん、そのくらいにしておきなさい」
「ギルマス!?」
クルーノを止めたのはここのギルドマスターだった。ルーカス以外のギルマスにあったのは始めてだが、今まであった冒険者と格が違うのは一目見て分かった。
「クルーノくん、客人を私の部屋に案内してもらえるかな?」
「は、はい。分かりました。みなさん、こちらへどうぞ」
俺達はクルーノの案内でギルマスの部屋に通された。それにしても他の冒険者の視線といい、クルーノの対応といい、思っていた感じと違った。
「ユリベラさん、さっきのはいったい何なのか分かりますか?」
「あれは勧誘だな。強い冒険者を抱えることはギルドのステータスでもあり、冒険者にはそれぞれに担当の受付嬢がつく。そして受付嬢は自分の担当する冒険者の実績が自分の評価に反映されるので、強い人を見つければあーやって勧誘を行っているんだ」
なるほど、それでメルや、ルカを勧誘しようとしたわけか。さすが実力主義の冒険者ギルドだ。うちもパナメラさんたちがやる気が上がるシステムを考えないといけないな。
ギルマスの部屋につくと俺達を残し、クルーノは仕事に戻っていった。正面にある自分の席にギルマスが座っている。
「わざわざ来てもらって申し訳ない。私はここのギルドマスターをやっているハザクといいます。さっそくで悪いんですが街の外で起きた騒動のことで話を聞かせてもらいたい」
言葉は柔らかいが、部屋中がハザクの威圧で埋め尽くされていた。俺とルカは平気だが、ユリベラは立っているのも辛そうだった。
ここでの話し合いは、今後の状況に大きく影響する。心してかかろう。