ランクB VS ランクE
「おい兄ちゃん。悪いがもう一度言ってもらえるか?」
「ああ、分りづらかったかもしれませんね。弱い人に守られたくないっていう意味で言いました」
その発言により黙ってみていた他の冒険者達も立ち上がって、俺達を囲むように立ちはだかった。
それを見た冒険者ギルドの受付嬢が止めに入る。
「ビクターさんギルド内の喧嘩は禁止ですよ。しかも一般の方となんて。ギルドマスターに見つかっても知りませんからね」
「これは喧嘩じゃねぇよ。護衛任務の採用試験だ。試されてるのは俺達の方だよ。なぁ兄ちゃん」
おお。うまい言い方をするもんだ。『ウルフルズ』の時はこんな風にはならなかった。しかし、残念ながら今回も相手をするのは俺ではない。
俺はメルの背中を軽くたたいた。メルもどういう意味か分かったようだ。
「そうですね。もし、この子に攻撃を与えることが出来たら、レザリア王国の王都まで護衛をお願いします。そうですね···報酬は大金貨10枚でどうでしょうか?」
「「「大金貨10枚!!」」」
そこにいた全員が破格の値段に驚いていた。そりゃそうだ。大金貨10枚。今回の旅用にセリナから預かった全財産だ。
アウェイだった雰囲気が一気にこっちに傾いた。むかつくよそ者から金払いの良い客人に変わった。受付嬢も仕切り始めた。
「この採用試験、冒険者ギルドが正式なものと認めます。ルールは依頼者の言った通り、依頼者のお仲間に攻撃を加えることが出来れば、ビクターさんの勝利とします。制限時間は1分。宜しいですか」
「いいぜ。1分と言わず、5秒でけりつけてやるぜ」
「僕も構いません。メル良いね? 隙を見つけたら構わず攻撃していいからね」
「はい!」
俺とメルのやり取りを聞いていたビクターは血管を浮かせた顔で睨んできた。俺からしたらこの時点で勝負がついたも当然だった。
ギルド内では賭けが始まっていた。オッズはほとんどがビクターに偏っていた。みんながビクターの白い賭け札を持っている中、2枚だけメルの黒い賭け札を持ってる人が居た。ラスクとメイフィスだ。
見る目がある。今日君たちの財布はパンパンになることだろう。
ギャラリーに囲まれて、メルとビクターが向かい合った。最初は止めていた受付嬢もノリノリで審判役をやり始めた。
「それでは採用試験を始めます。二人とも準備はいいですか?」
受付嬢が腕を高く上げるとビクターが攻撃の姿勢に入る。彼女が腕を下ろし「始め!」と声が掛かった。
「うらぁ! いくぜぇ!」
どうしてああいうやつらは声をあげて向かって行くのだろうか。
完全に悪手だった。案の定メルはビクターの攻撃を躱し続けていた。周りの冒険者はそれを見て驚きの表情を隠せないでいる。審判の受付嬢も何が起きているか分からない顔をしていた。自分より若い女の子が、屈強な冒険者の攻撃をいとも簡単に躱しているからだ。
「おいビクター。とっくに5秒過ぎてるけど大丈夫か?」
「うるせぇ!」
外野のヤジが入りビクターが熱くなった。こうなってしまってはもうメルに攻撃は当たらないだろう。
そして1分が経過した。
「そ、そこまで! 採用試験を終了します。···け、結果は不採用になります」
つい先ほどまで祭りのように騒がしかった空間が静まり返っていた。メルはビクターにお辞儀をし、その場で振り返った。その時だった。ビクターが抜刀してメルに斬りかかったのだ。
周りの人は慌てて止めようとしたが誰も止めることが出来なかった。しかし、ビクターの剣はメルに当たることはなかった。それどころか、床に転がっているのはビクターの方だった。
もう一度メルはお辞儀をして、俺のところに戻ってきた。
「レンさんどうして私、勝てたのかな?」
メルはナーガキングを単独討伐出来ないのに、それが出来るビクターに勝てたことが不思議らしい。それにまったく強さを感じなかったようだ。
当然の結果だろう。この世界の冒険者は魔物と戦うのに慣れている。そして、俺が教える稽古は対人戦が基本になっている。
今回の戦いでよく分かった。レザリアの冒険者のランクBなら、エルミナの冒険者のランクEの方が強いという事だ。後はクエストの対応能力をどうランク評価に反映していくのかを考えていけばいい。
「魔物の討伐と対人戦は違うってこと。これでエルミナの冒険者の自信になったろ?」
「うん!」
冒険者ギルドはちょっとした騒ぎになっていた。ギルドが認めた採用試験とはいえ、冒険者の一人が一般人に倒されてしまったからだ。
どうしてビクターが倒れているかと言うと、メルが最後の攻撃を躱したときにカウンターを与えたのだ。これは光月流の稽古で必ず学ぶことだ。
「み、みなさん! お見事でした!」
両手にがっぽり稼いだお金を抱えたラスクとメイフィスがやってきた。今日は二人のおごりで宴会することが決まった。
「とりあえず面倒なことになりそうなのでここを出ましょう」
俺達は逃げるようにして冒険者ギルドを出た。