Dランク冒険者の壁
俺とイーファが出発する1週間前に、冒険者ギルドのランク評価制度を作ることができた。今まではクエストの達成に応じた評価でランクが上がっていく仕組みだったが、今後その制度は廃止した。これによりクエスト奪取というくだらない風習は無くなるだろう。
ランク評価は全て試験を通して行うことになった。冒険者登録試験から始まり、座学の必修と、実技による昇格試験、指定魔物の単独討伐など、様々な条件を設定した。
今後エルミナ王国の冒険者を名乗るということは、その自覚を持ち、ランクに伴う強さと責務を背負う事になる。
冒険者ギルドの掲示板には登録者のランク表が張り出されていた。
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『Sランク』
コウヅキ・ホムラ
イーファ・クレイラット
『Aランク』
ルカ
『Bランク』
『Cランク』
シンバル・クロウ
『Dランク』
ターラ
マリル
マイル
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・
・
『Eランク』
ティルク
クリス
モリン
アイリーン
パラック
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・
・
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『ソルティア』のメンバーも無事冒険者の登録が完了した。
「マ、マイルがランク···D···」
「ふふ、リーダーの座、いただき」
「すごいじゃないマイル! いつの間にマスターの試験を受けていたの?」
「うん、がんばった、し、死ぬかと、思った」
***
数日前
Dランクへの昇格試験は指定魔物の単独討伐だった。ランクごとの指定魔物に関しては焔とイーファに決めてもらった。この世界の魔物の強さについては二人が一番詳しかったからだ。
ランク決めの際に魔物の単独討伐を行った。対象は俺が選抜したメンバー以外のランクE冒険者達だった。
Dランク昇格試験の対象となる指定魔物は死を呼ぶ大鳥だった。この魔物は『ソルティア』にとっても宿敵と言える。以前はパーティで挑んで壊滅されそうになったことがあるのだ。
単独討伐などの経験がないメンバーはほとんど辞退した。旅団員なら全員問題なく討伐できると思うが、今回は数人だけ参加させた。そもそも、人数分死を呼ぶ大鳥を見つけるのが大変だったからだ。
『ソルティア』達も辞退したが、マイルだけ俺についてきたのだ。他の受験者単独討伐を見ていて、自分でもできそうだと思ったのか、「若、若、私も受け、たい」と言い出したのだ。
試験の最後に焔がもう一匹、死を呼ぶ大鳥を引き付けて連れてきた。
さて、パーティ討伐では敗走の一択だった以前と比べて、どれだけ成長したのか見せてもらおうか。
こうしてマイルの昇格試験が突発的に始まった。
「ほう、中々良い動きをするではないか」
「マイルだけ夜中に稽古を見ていたからね」
「何!? レンに直接か!? ずるいではないか!」
「···え? 焔も稽古見てるじゃん。それにあの子すごいしつこいんだもん。意識が飛ぶまでやめないし。最近は意識も飛ばなくなったから朝まで続くことがあるくらいだよ」
「一対一の稽古など最近しておらん!」
個別稽古をすればすぐに止めるくせに、やりたいのかやりたくないのかどっちなんだ。
俺はとなりでぎゃあぎゃあ騒ぐのを放っておいて、マイルの戦いを見ていた。俺との稽古で学んだ通り、相手の気配を読んで攻撃の一つ一つを丁寧に躱していた。ただ、マイルの攻撃はいっこうに効いていなかった。効いて···。効いて···。···。
「焔、あれって···」
「ふむ、稽古で使う木刀じゃな」
「はぁ~」
「どうした?」
「いや、多分あれ俺のせいかも」
稽古の時にマイルに「若、なら、これで魔物、倒せる?」と聞かれたことがあったのだ。
俺は「魔物の強度にもよるけど、たぶん問題なく倒せると思うよ」と応えてしまったのだ。マイルはそれを聞いて実践しようとしているのだろう。
さすがにまだ早いと思った俺は帯刀していた量産品の刀をマイルに貸すことにした。
「マイルー! 今回の試験ではまだ早いから、今はその刀を使いなさーい!」
「おお、若の、かたな···?」
マイルは死を呼ぶ大鳥と距離をとり、俺が投げた刀を拾うと、満面の笑みを浮かべた。別にあげた訳ではない。
マイルは刀を抜くと死を呼ぶ大鳥に向かって行った。
木刀の時とは違い、みるみるダメージを与えていく。マイルは基本を忠実に守って、「躱して斬る」を繰り返していた。
そして体勢を崩した死を呼ぶ大鳥の頭部が手の届く位置に下がった。マイルはその一瞬の隙を見逃さずに刀を振り上げた。
死を呼ぶ大鳥の首が飛び、マイルの単独討伐達成が確定した。
討伐に成功したマイルはもっと大喜びすると思ったが、死を呼ぶ大鳥の首を斬り落とした刀と自分の手を見つめ驚いた表情をしている。誰よりも自分の成長に驚いていた。
マイルは昔から、そのおっとりとした喋り方のせいで、ばかにされることが多かった。そのせいで人付き合いも苦手になり、人と関わることを止めていた。
ただ、体を動かすことが好きだったマイルは、一人で剣を振って稽古するのが好きだった。それは父親が元冒険者で剣士だったことも影響している。
ある日、クリスたちと出会い、一緒に冒険に出かけることになる。クリスたちはマイルの喋り方を一つの個性として見てくれた。いごごちの良くなったマイルはそのまま父親と同じ冒険者になることを決めた。
マイルは俺と出会うまで、師と呼べる人から剣術を教わることはなかったのだ。正しく剣術を学ぶことで、今までと違う動きが出来るようになり、その成長への欲求は日々高まっていった。
毎日倒れるまで稽古を行い、その結果が以前パーティを壊滅に追いやった死を呼ぶ大鳥の単独討伐に繋がったのだ。
「おめでとうマイル」
「若···、若···、わたし、強くなってる」
俺の声で、驚きの感情から、喜びの感情に一気に移ったせいか泣きながら俺に飛びついてきた。俺はマイルの言葉と、抱きつかれたことでマイルが女性だという事が分かった。
俺はマイルの懐っこい性格から、年上の女性と分かっていても妹のように接してしまっていた。現世の年齢は俺の方が上だが、それを知っているのは焔だけだ。
マイルの喜ぶ顔を見て、俺も表情を緩めてしまう。これだから指導者は止められない。人の成長を感じるのは指導者の醍醐味だ。
そのあとマイルは焔に引きはがされて、討伐の処理に向かわされた。
こうして、旅団員以外で初めてのDランク昇格者が誕生したのだ。
***
「マイルが一人であの死を呼ぶ大鳥を討伐したってことか!?」
「う、うん」
クリスは悔しがると思ったが、『ソルティア』のメンバー全員がマイルを祝福していた。本当に良い仲間に恵まれている。このパーティにはこれからも、この冒険者ギルドを支えていってもらいたいと思った。
エルミナ王国の冒険者ギルドの看板冒険者は焔とイーファになっている。俺の中のSランク基準はやはり焔だった。
他の国のSランクがどんなものか分からないが、この国のSランク冒険者には一人で一国を守るだけの力が必要だ。
これからどれだけのSランク冒険者が生まれるのか楽しみでしょうがない。
ちなみに、この2週間で冒険者の登録試験を受けた人は50人近くいたが、合格者はいまだゼロである。めずらしくみんなから「登録の基準が厳しい」という声があがったが、俺は基準を下げる気はなかった。それだけ一つの看板を背負うということの大切さを知っているからだ。それに簡単に手に入れたものはそれだけの価値しか生まれない。マイルも例えDランクだったとしても、その価値を深く理解しているはずだ。
「それではレンくん、今後も冒険者が増えなくても登録基準は変えなくても宜しいのですね?」
「はい。僕がいない間もその判断は変わらないし、対応もパナメラさんに全てお任せします。焔とルカにはパナメラさんのいう事を聞くように伝えてあるので安心してください」
「もう! 私を何だと思ってるんですか!」
「このギルドで一番頼りにしている人かな」
「なっ!?」
パナメラは顔を真っ赤にして倒れてしまった。大げさではなく俺は本当にパナメラを頼りにしている。それにテスタが目指す世界に必ず必要になる存在になるだろう。
さて、俺とイーファが出発するまでに登録試験を突破することができる冒険者は増えるのだろうか。俺はある人物の顔を思い浮かべながら孤児院に戻ることにした。