冒険者ギルドの始まり
立ち合いから数分後
クリスは四つん這いになり、息をかなり上げていた。ティルクは礼儀正しくお辞儀をした。
「信じられません。クリスが一撃も与えられないなんて···」
「驚き、子供、あなどれない、私もやりたい」
「見てたでしょ? マイルにはまだ早そうよ」
みんなで中に戻って、話し合いを再開した。
「分かってもらえたと思いますが、旅団員のほとんどはSランク以上だと思ってもらって構いません。みなさんには同じように強くなってもらいます。
よって、これから冒険者登録する時には新しいランクと評価を設定していきます。他国の冒険者ギルドと情報がリンクしているみたいなので、ランクが低いとなめられてしまうかもしれませんが、僕のギルドでは中身が一番大事なので、他国のランクに惑わされないでください」
「レンさん。ちなみに新しいランクだと私はどのくらいのランクになるのでしょうか?」
「クリスさんの実力だとランクDくらいですかね」
「ランク···D···、3つ落ち···」
「ぷぷ、うける、ランク、D」
「うるさい!」
これは仕方ないことだ。俺の中でこの世界の強さの基準が焔や旅団のメンバーでしか考えられないのだ。俺の中で焔くらいの強さがランクSで、その焔ですらまだまだ強くなっている。
いっそのこと冒険者ギルドでランキング戦を行ってその順位でランクを決めるか。
「今は仕方ないですよ。みなさんもちゃんと稽古をすれば強くなりますから」
「稽古って言ったって···」
「安心しろ、若は私たちの師匠だ。私たちも若に稽古をしてもらって今の強さがある」
「若!? 私も、強くなり、たい。稽古、おねがい。師匠」
真っ先に名乗りをあげたのはマイルだった。マイルはナバルの呼称を真似して、その後も「若、若」とぐいぐい寄ってきた。
『ソルティア』の強化と、冒険者登録の基準を作るのが当面の課題になりそうだ。光月村の兵士長であるナバルをずっと拘束しておくわけにはいかない。1カ月の猶予を決め、『ソルティア』の稽古を見てもらうことにした。
「俺はある程度環境を整えたら、レザリア王国に向かうことになると思う。その時、冒険者ギルドでの決定権をパナメラさんに預けます」
「えっ!? 私!?」
「はい。女王陛下から聞いてますよ。門前広場で緊急クエストを発令したそうじゃないですか。女王陛下がすごく褒めていましたよ。もちろん、このことも許可はもらっているので安心してください」
「そ、そんなぁ···」
俺は初めて冒険者になった時からパナメラにお世話になっていた。そしてギルドの仕事に関して全幅の信頼を寄せている。それに力がなくても冒険者の在り方を一番受け継いでいるのは彼女だ。内面の教育者としても適任と言える。今後冒険者ギルドに関わる人すべての意識の共有は彼女に任せよう。
「ルカ。マリルとターラの稽古は進んでる?」
「はい。ここに来た時より気の使い方がうまくなっていると思います。一度師匠に見てもらって、課題を貰えればもう一段階はすぐに進むと思います」
「そっか。じゃあ、出発前の数日間は二人の時間を作るよ。ルカには冒険者ギルドの仕事も見てもらいたいからパナメラさんと連携を取って頑張ってほしい。マリルとターラはルカの代わりに孤児院と店舗を守れるように稽古を頑張ること。いい?」
「「「はい!」」」
「ナバルさんはしばらくソルティアのみなさんの稽古をお願いします。他の旅団に関しては俺が一度特別稽古の確認を行います」
「は! 承知しました」
「明日から冒険者ギルドの依頼を再開してもらいます。パナメラさん達にはかなり負担をかけてしまいますが、今は困っている住民の人が多いと思うので依頼の受付からクエストの振り分け等もよろしくお願いします」
「「「はい!」」」
受付嬢のみんなが声をそろえて返事をしてくれた。綺麗な声に感動してしまう。
これで何とか新しい冒険者ギルドを始められるだろう。ギルドの建物は、俺達が少し壊してしまったのでロイドに修繕の依頼を出した。
こうして新しい冒険者ギルドが始まろうとしていた。ギルドについての話が終わろうとした時、タイミングよくローラが入ってきた。
「レン様、準備が整いましたが、少し早かったでしょうか···?」
「ううん。ちょうど終わったところだよ」
ローラは新しい仲間の為に料理を用意していたのだ。準備には孤児院の子供達も手伝ってくれていた。
今回の魔物の大暴走で魔物のお肉が大量に回収できたので異世界初のバーベキューを開催することになったのだ。
バーベキューはみんなに好評だった。ローラの料理を食べたことがあるのは光月村の人以外ではパナメラと孤児院の子供達だけだ。『ソルティア』とギルドの受付嬢達は初めて食べる。
「おいマイル! この肉食ったか?」
「これ、やばい、お肉に何か、かかって、る」
「肉なんて塩かけて食うくらいだろう! 何なんだこれ!」
ふふふ。俺特製の焼き肉のタレだ。中毒になること間違いなし。
料理に関しては『ソルティア』だけじゃなく、受付嬢のみんなにも好評だった。やっぱりおいしいものを食べて笑顔が見れるのはいいものだ。楽しいバーベキューは一晩中続いた。
翌日、俺達はギルドの依頼を再開させるため、冒険者ギルドに集まった。すでにロイドによる改修が始まっていた。
魔物の大暴走のせいで、依頼が多く溜まっていた。壊れた家屋の修理の依頼から、荷の運搬、素材の採取、魔物の討伐や護衛まで、多くの依頼を旅団員で片付けていく。
「はぁ~。せっかくAランクまで上がったのにまたEランクからかぁ」
「まぁまぁクリス。マスターも一時的っていってたじゃない。アタイはこれから強くなって、ちゃんとしたランクを貰った方が嬉しいな」
「そうね。私もアイリーンと同じ考えよ。マスターについて行けば前よりもずっと強くなれる気がする」
「ランクよりも、若、との稽古? のほうが、楽しみ」
「はいはい。分かってるよ。それにあのティルクって子に手も足も出なかったんだ。その子がEランクから始めてんのに、俺がうだうだ言ってたらみっともないよな」
クリスのギルドカードにはランク『E』の表記がされていた。今まで冒険者ギルドに登録されていた冒険者の記録は全て抹消し、新たに登録制度を設けることにした。
ただ、ランク設定だけはまだ決められなかったので、旅団員と『ソルティア』の登録は全員Eランクで設定したのだ。
「ごめんなさい。クリスさん。少しだけ我慢していてください。
今後の冒険者登録には実技試験を設けることにして、その合格条件はティルクに攻撃を与えることにしました。ソルティアのみなさんのランクは、評価制度が確立するまでの一時的なものなので、それまで頑張ってください」
「も、もちろんです!」
そう、一時的。評価制度が確立するまでにティルクから一本も取ることが出来なかったら、冒険者登録を抹消されることになる。『ソルティア』のメンバーもそれを理解したようだ。
日中はギルドの依頼に集中し、夕方からは旅団員総出で稽古に取り組んだ。
ナバルが『ソルティア』の稽古を見て、俺は旅団員の特別稽古と、ターラとマリルの個別稽古を見ることにした。
夜中になるとマイルが「若、若」と言って、追加稽古を求めてきた。こういうやる気がある子は嫌いじゃない。剣士のマイルに俺の稽古は相性がいい。日に日に実力が上がるのは目に見えて分かった。
驚くことは他にもあった。夕方からの稽古にパナメラ達が参加していることだった。これはパナメラからの申し出で、以前『ウルフルズ』のクエスト奪取の際、突き飛ばされた経験があるパナメラは、ギルドを任される以上、自分達の身を守る術をもっておきたいと言って来たのだ。
稽古にはパナメラ以外に、ベリー、ラズ、バーナ、アプルの計5名が参加した。受付嬢の内、依頼者や冒険者と接する機会が多いメンバーだ。
パナメラ達のこの一歩により、エルミナ王国の冒険者ギルドは今後大きく飛躍することになる。