冒険者ギルドの終わり
孤児院にやってきたパナメラの顔に、いつもの笑顔はなかった。
「みなさん。忙しいところごめんなさい」
「大丈夫ですよ。パナメラさんならいつでも大歓迎です。それよりどうしたんですか?」
「···ギルドが、···冒険者ギルドが、私はいったいどうすれば···」
パナメラは急に泣き出してしまった。
話を聞くと、今冒険者ギルドでは次のギルドマスターをどうするかで、もめているらしい。ルーカスから指名があったバスクーダが継承するのが決まりだが、当の本人がそれを受け入れていないらしい。
そこに他のSランク冒険者が名乗りをあげたり、バスクーダを推す者が出てきたりして、ギルドで派閥ができ、軽い戦闘も起こっているようだ。
「パナメラさんは次のギルドマスターは誰がいいと思っているの?」
「分かりません。あまりに突然のことで···。それに私は今でも信じられないのです。その···、ギルマスがこの国を裏切るなんて···」
パナメラはルーカスの突然の辞任も、その理由も受け入れることができないでいた。
長年ルーカスの右腕としてギルドの受付嬢を行っていたパナメラには、今回の出来事は辛すぎる現実だったようだ。
「パナメラさん、冒険者ギルドというのは何だと思いますか?」
「冒険者ギルドは本来、魔物から人を守る為に集められた集団だと聞いています。時代が変わってもその本質は変わっていないと思っています」
「ギルドマスターは? ルーカスみたいに強くないとなれませんか?」
「それは違います。確かにギルマスは強かったですが、冒険者ギルドのマスターに必要なのは冒険者を育てられるということが一番重要です。その点、ギルマスは多くの冒険者を育ててきました。何よりも人を守るという事が第一で、そのための教育が未来につながるとよく言ってました。
今の冒険者ギルドにも強い方は大勢います。しかし、後世にギルドの概念を残せるような気概をもった冒険者は一人もいません」
なるほど、パナメラがルーカスについていた理由が分かった気がした。そして、ギルドマスターとしての資質についてもよく理解している。
俺が冒険者ギルドについて思案していると、全員の視線が俺に集まっているのに気づいた。
えっ? 何?
みんなの視線はあきれた顔もあれば期待に満ちた顔もある。テスタに関してはニコニコしていた。
俺は超能力者ではない。見られても何を求められてるか分からないからな。
みんなが何を考えているか分からないが、俺には俺の考えがあった。それが可能かどうかは俺の一存では決められなかった。
「よし、今から冒険者ギルドに行こう。いい? パナメラさん?」
「そうしてもらえると私は嬉しいです」
「そしたらみんな外で待っててくれる? 少しだけテスタさんと二人で話があるから」
「わ、分かりました」
みんなが出ていく中、当然のように焔が居座っていた。別に聞かれても困ることでもないし、逆に相手にする方が面倒くさい気がしたので放っておき、今後のことについてテスタと話を進めた。
数分後、テスタとの打ち合わせを終わらせてみんなと合流した。
冒険者ギルドには数人の旅団員とパナメラで向かうことにした。テスタとポルンは王城に戻ることになった。
冒険者ギルドに着くと、パナメラが言っていたように殺伐とした雰囲気が漂っていた。
見た目で派閥だと分かる集団ができており、先頭に立っている冒険者同士が言い合いをしていた。
「だから、次のギルドマスターはステインの方が適任だって言ってんだろ!」
「はぁ? うちのバスクーダはルーカスさんから指名を受けてんだよ! 引っ込んでろ!」
「そのルーカスが国を裏切ったんだろ! そんなやつの指名なんて認められるわけないだろうが!」
「何だと!」
ステインとは何人かいる特別冒険者のうちの一人だ。バスクーダと並ぶ実力を持つと言われていた。他にも高ランク冒険者が集まっていた。
口論の中心となっているバスクーダとステインは同じテーブルに座っている。
俺たちが入り口に立っていると冒険者の一人がこちらに気づいて近づいてきた。以前死を呼ぶ大鳥から助けた『ソルティア』のリーダーのクリスだった。
「みなさん、お久しぶりです。今日は何かの依頼ですか? 今ちょっと高ランクの冒険者同士でもめていてそれどころじゃないと思いますよ」
「クリスさんも次のギルマスの件でどっかの派閥についているんですか?」
「いやいや、俺はそんなことに興味はないですよ。ただ、こんな時です。早くギルドを通常に機能させないと困る人が増えてしまいますからね。
でも、争いを止めたくても俺にはその力がなくて···。申し訳ない」
「クリスさんみたいな冒険者がいてくれて良かったですよ。今からちょっとバタバタすると思うんで、僕らの後ろに回ってもらってもいいですか? 中にソルティアのメンバーも?」
「あ、ああ、います。今呼んできます」
クリスは何かを理解したみたいで、奥にいる『ソルティア』のメンバーを呼びに行った。
「イーファ、悪いんだけ少し手を貸してもらってもいいかな?」
「別に構わないが···何をすればいい」
「冒険者ギルドを消す?」
「「「······」」」
「「「えーーー!!」」」
「ちょ、ちょっと待ってレンくん。ギルドを消すって···」
「そのままの意味です。今の冒険者ギルドは解体します。パナメラさんは他の受付の人達を避難させてください」
「そんな···」
「僕を信じてくれませんか?」
俺がそう言うとパナメラの顔つきが変わった。俺に何か考えがあって、自分のことも考えてくれていると思ったのだろう。「お願い」と一言だけを残して、他の受付嬢を避難させに向かった。
「レンさん。みんな連れてきました。いったい何をするつもりなんです?」
『ソルティア』のメンバーを連れてきたクリスは何も分からないまま、俺達の後ろに回った。他のメンバーも理由も聞かされずクリスに引っ張ってこられて困惑していた。
他の旅団員を入り口に残し、俺はバスクーダとステインが座っている奥のテーブルに向かい、彼らのテーブルに勝手に座った。
「なんやお前?」
「誰だいきみ?」
いきなり現れた子供が、現ギルドのトップ冒険者と言われている二人が座るテーブルに、しれっと座ったのだ。当然他の冒険者も注目した。
「なぜあなたはギルドマスターを引き受けないんですか?」
俺はバスクーダに向かって聞いた。
「なんでお前みたいなガキに言わなきゃならんのや。そのまえにお前いったい誰や」
「僕がだれであるかはどうでもいいんです。なぜやらないのですか?」
「こんな腰抜けにギルドマスターが務まるわけがないだろう。だから私がやってやると言っているんだ。別にやりたい訳じゃないが、君がやるよりはましだろう」
「なんやと?」
俺の目の前でまた言い合いが始まった。その時、俺の後方から鞘に納められた刀が振り下ろされた。もの凄い音がギルド内に響き、俺達が座っていたテーブルが破壊される。勝手についてきた焔が後ろに立っていたのだ。
打ち合わせにないことをやるのはやめてね、焔。
「おい。質問に答えぬか」
「その声···。おまえ、あん時の女か?」
剣術大会でバスクーダは焔と戦って負けた過去がある。声を聞いて思い出したのだろう。俺は興奮する焔を制して話を進めた。
「二人のやり取りを聞いてて分かりました。ここはもう冒険者ギルドじゃない」
「はぁ? なにわけわからんこと抜かしとる」
「ここに冒険者はいないって、言ってるんですよ。あなた達にこの国の住民を任せることは出来ない」
「それは聞き捨てならないな。私たちでは守れないとでも?」
「守れるんですか?」
二人の雰囲気が変わった。何かを感じたらしい。確かに特別冒険者と言われるのは分かった。戦いに関してはトップ冒険者だけあって、これから起きることに気づいたようだ。
「この冒険者ギルドは今日をもって解体させてもらいます」
「そんなことできる訳がないやろう。どうやって解体すんねん」
「力づくで壊すだけです」
「きみは少し冒険者をなめているようだね。そんなこと私達が見過ごすわけないだろう」
「じゃあ守ってみせてください」
俺は入り口の方に向かって指をさした。そこにいる全員が俺がさした方を向くと、そこにはイーファが立っていた。
イーファは魔力を練り上げ、手に長い棒のような武器を創り出した。
次の瞬間、言い争いをしていた冒険者たちに向かって氷の棒が炸裂した。数人の冒険者が壁に吹き飛ばされた。吹き飛ばされた冒険者はその場で動けなくなっていた。
派閥の先頭で言い争っていた二人が武器を手にして、イーファに向かって行った。
「やめろ二人とも!」
ステインが慌てて止めるも、二人の冒険者の攻撃は全て受け流され、氷の棒の餌食となった。一人は床に、一人は天井に叩きつけられてピクリともしない。
それを見た他の冒険者は一歩も動けなくなった。なぜなら二人ともSランク冒険者だったからだ。そのSランクの冒険者がまったく手も足も出せなかったのだ。
氷の棒を片手に冒険者たちに近づいていく。イーファには冒険者全員を倒すように指示してある。俺は本当に冒険者ギルドを壊そうと思っていたのだ。
エルミナ王国冒険者ギルドの終わりが今始まったのだ。