女王への誓い/【別視点】 ベルスティア大聖堂
魔物の大暴走が収まり、王都では戦後処理に追われ、孤児院には100人近くの光月旅団員が集まっていた。
しかし、そこに桜火と狐月の姿はない。
今回、魔族の襲来から始まり、ロエナ村の事件、魔物の大暴走は、全て繋がっていると俺は考えていた。
その中でも王城でアルフレッド・エルミナ国王が亡くなった事は、国民にとって一番大きな出来事だった。
しかも、その事件に俺達は密接に関係している。そのため、この家族会議にテスタにも参加してもらっていた。
家族会議を始める前に、防衛戦での疲れを癒すために、ローラが食事を用意してくれていた。人数が多いので、みんなが大好きなカレーライスが振る舞われた。
「久しぶりのローラさんの料理最高!」
ポルンはレオの代わりにテスタの護衛を行っているため、今は王城で生活をしている。テスタと一緒じゃない限り、こうしてローラの料理を食べることは出来ないのだ。
「ルカ、そういえばレオのおっさんはどうしたの? 門の前でドラゴンに引きずられてるところまでは知ってるんだけど。
あの人が帰って来ないと俺も王城から出られないだよなあ」
「レオさんなら、ギルティさんに連れて行かれてたよ」
「あら、ポルン。あなた私の護衛がそんなに嫌なの?」
「いや、え、そんなことはありませんです」
ポルンはテスタに睨まれてたじたじになっていた。だいぶしりに敷かれているらしい。
ポルンには内緒にしていることだが、テスタは結構ポルンのことを気に入っているらしい。以前俺ところに引き抜きの話があったのだ。
レオも今回の事で追加稽古が決定したので、しばらくは王城での護衛が続くだろう。
「レン、そろそろ始めよう」
「そうだね」
焔が話を切り出すと、みんなの顔も真剣になった。光月旅団のほとんどが、月光からの報告でだいたいのことを把握している。その中でも最も重要な話をしなくてならなかった。
「今後の話をする前に大事な話があります。アルフレッド国王のことです。テスタさん」
「···はい」
俺はテスタに向かって頭を下げた。そして、真実を伝えた。
「テスタさんの父親を殺したのは僕の身内です」
みんなの視線がテスタに集まった。テスタの表情は変わらず真剣な顔つきだった。そして俺の言葉に対し何も返事がなかった。続く言葉を待っているようだ。
「戦場でギルマスと会ったと思います。レオさんからも聞きましたが、テスタさんの父親を殺したと言っていたようですね。
首謀者は間違いなくギルマスです。しかし、実際に手にかけたのは僕の家族のトゥカという女の子です。彼女は何かの道具で自由を奪われていました。その道具の持ち主の指示で···」
俺は言葉に詰まってしまった。何を言っても父親を殺された事実は変わらない。例えそれが他人に操られていたとしても何の言い訳にもならない。テスタにかける言葉が分からなかった。
「彼女には殺す意思はなくても、殺した自覚はあります。僕はこの罪を彼女と一緒に背負おうと思ってます。本当に···」
俺が謝ろうとしたら。テスタに遮られてしまった。
「レンさん。謝らないでください。父が殺されたのには必ず理由があるはずです。魔族の女とルーカス言葉の意味を考えれば間違いないでしょう。
それに一番辛い思いをしているのは私ではなくトゥカさんじゃありませんか。今考えるべきは残された家族のことです。レンさんは先ほど仰いましたよね? 「家族と思ってもらって構わない」と。トゥカさんがレンさんの家族と言うなら、私も同じ家族と考えるのは図々しいのでしょうか? 私はトゥカさんがもう一度この中に戻ってくることを切に願っています。だからみなさんで必ずトゥカさんを守ってあげてください。
これは女王としての命令です」
最後の一言は笑顔だった。
なんて強い子なんだ。どう考えたってテスタも辛いはずだ。それなのにトゥカだけではなく、ここにいる全員に対して気を使ってくれていた。
テスタの命令に対して返す言葉は決まっていた。俺達は全員跪いて応えた。
「「「仰せのままに」」」
光月旅団がエルミナ王国の新女王に忠誠を誓った瞬間だった。この誓いがこの世界の未来を大きく変えることになるのは誰も知らなかった。たった一人を除いては。
【別視点】 ベルスティア大聖堂
西大陸に存在する帝国の中にベルスティア大聖堂がある。
入り口から最奥までは100メートル、中央の身廊の高さは20メートル近くもあった。側面のステンドグラスからは月夜の光が差し込んでいた。
奥の祭壇の前に一人の女が立っていた。白い祭服に、長い十字架のような物を手にしている。それは短いほうが柄で、長いほうが鞘にも見えた。女の目は長い帯で両目が覆われていた。
「戻ったのですね、ルーカス」
女は背を向けたまま、後ろに立っていたルーカス達に対して声をかけた。
「あなた様には敵いませんのー。その目、本当に見えておらんのですか? ほっほっほっ」
「左腕のことは残念に思っています。あなたには損な役回りばかりさせてしまって申し訳なく思っています。
おかげで事は順調に進んでいますよ」
「ほっほっほっ。それは何よりですのー。ところであのお嬢ちゃんはどうしてますかいのー」
「桜火ちゃんなら、私の孤児院で元気にしています。今はパルク達が面倒を見ている···、いえ、見てもらっています」
「そりゃ災難じゃ。わしは顔を出せん、出したらきっとえらい目に合いそうじゃからのー」
ルーカスがそう言うと、女の雰囲気が変わった。ルーカスの横にいたルシーファが彼女の気に当てられて膝をついて立てなくなっている。
「待て待て、気持ちは分かるが、わしらに当たるのはお門違いじゃ。わしらはあなた様の言う通りにこうどうしているだけじゃからのー」
「······」
ルシーファがずっと息を我慢していたように、急に呼吸を再開させた。
「これは失礼。あの人が傷ついたと思うだけでつい···謝罪します」
「別に謝らんでよいです。それよりこれからどうするかのー。あの狐のお嬢ちゃんもこっちに向かってるみたいじゃぞ」
「それも予定通りです。ここからが忙しくなります。ルシーファ、分かっていますね」
「はい。マリア・ロベルタ様」
ルシーファは女のことをマダム・ロベルタと呼んだ。ルーカスとルシーファはロベルタからいくつかの指示を受けたあとベルスティア大聖堂をあとにした。
大聖堂にひとり残ったロベルタは祭壇の上部にある大きなステンドグラスを見上げて呟いた。
「···あと少し、やっと会うことができる」