家族
「おいおい、うそだろ···」
王都の東側で前線を作り終え、魔物たちの動きが止まって様子を見ていた俺達は王都の反対側を気にしていた。
心配していた通り、劣勢により門の手前まで押し込まれ、逃げ惑う兵士達が門に押し寄せていた。今門が開けば一気に魔物が王都に侵入してしまうだろう。
そんな最悪な状況で門の扉が開いてしまったのだ。
「何だって今のタイミングで門が開くんだ···」
ロドルフ大隊の兵士達も呟いていた。しかしそれ以上に彼らも驚いたのは、門の中から王族軍の旗を掲げた集団が現れたのだ。
それを見てレオが真っ先に飛び出していった。
「焔殿! フェンリルをお借りする!」
その王族軍の旗はテスタ直属護衛騎士団の旗だった。自分が所属する護衛騎士団の旗上がり、それが押し寄せる魔物に向かっているのだ。
その護衛騎士団長であるレオがじっとしていられる訳がなかった。
「若、俺達もあっちに向かいますか?」
「いや、今ここを離れる訳にはいかない。もう少しでナバルさんたちが到着するはずなんだけど···」
魔物の動きは止まってるが、いつ動き出してもおかしくない。
焦る気持ちとはうらはらに、門の方で動きがあった。魔物の奥から大型の魔物がテスタの護衛騎士団に近づいていた。遠くから見ても分かる。ハイオークだろう。
ハイオークが持つ大きなこん棒で兵士が吹き飛ばされていた。
魔物の集団は一気にテスタの護衛騎士団を狙って執拗に攻めていた。しかし、魔物がそれを突破することが出来なかった。よっぽど優秀な護衛騎士がいるのだろう。
俺はその一人はポルンだろうと思い、少しだけ安心した。
あのハイオークもレオに任せておけば大丈夫だろう。それよりもその上空の方で様子を伺ってるやつの方が気になった。
『レン、気づいておるか? 多分奴がこの魔物の大暴走の指揮官であろう』
『うん、あれが攻めてきたら今のレオさんには荷が重いかもしれないね』
焔と話しているうちにレオが向こうに到着したらしい。ハイオークが倒されていた。だが、それをきっかけにしたのか、上空の傍観者がゆっくりと降りてくるのが分かった。
当然のようにその周りを3匹のドラゴンが旋回していた。
姿を現した傍観者は黒い翼を生やした女の魔族だった。以前王都に現れた者と同じだろう。降りてきた魔族の女がテスタの身柄を要求していた。その声はこちらの戦場まで聞こえてきた。
しかし、話の途中で声が止まったと思ったら地上から攻撃が放たれた。
(あのレオやりやがった···。)
放たれた攻撃はレオのものだった。その攻撃はあっさりと流されていてた。
「···愚かな。その娘もろとも消え去るがいい」
その魔族の女の声が戦場に広がると、止まっていた魔物たちが一斉に動き出した。それと同時に向こうの戦場ではドラゴンも降りてきていた。
あれはまずい。レオにドラゴンは早すぎる。すぐにでも門の方に向かいたいところだが、こちらの魔物の動きもさっきよりも増していた。
レオが抜けた分、他の旅団員にも負担がかかっていた。
また焔とイーファの広範囲魔法で攻撃してもいいが、必要以上に攻めるのは良くない気がした。とにかく防衛に務めるだけにしておきたい。
そう思っていたら、炎帝の森の方から声が上がった。
「若! お待たせいたしました!」
「ナバルさん!」
なんとか間に合った。これで自由に動くことが出来る。俺は焔、イーファ、ギルティ、ナバルを集め指示を出した。
俺、焔、イーファ、ギルティ隊は門の方へ、ナバルが拠点にて防衛戦の指揮官として残り、残る光月旅団全員で前線を守ることにした。
残る旅団員全員であればこちらの前線が突破されることはないだろう。
俺達はナバルに前線を任せて門へと向かった。
「あの3匹のドラゴンはまずいな。人にどうこうできるものではない」
「多分ポルンがいると思うんだけど、ポルンでも厳しいかな」
「ポルンとルカの二人ならなんとか···。レオにはまだ無理であろうな。
とにかく3匹となると論外じゃ。ワラワでも手をやくであろう」
「それじゃ、急がないと」
遠目から見てもドラゴンとの戦闘が始まっていた。
2匹のドラゴンはテスタの護衛騎士団の中心へ向かっていた。そのうちの1匹は誰かが応戦しているようだ。
しかしもう1匹が護衛騎士達を弾き飛ばしているのが分かる。このままだとテスタの身が危ない。
そう思っていたが、その1匹のドラゴンの頭が飛ぶのが見えた。
その時に感じた殺気を俺は知っていた。俺は高ぶる感情を抑えることができないでいた。それだけあいつのやったことが許せなかった。
「おいレン、落ち着け。許せないのはワラワも一緒じゃ」
「···分かってる」
「···まったく。おいイーファ、レンが暴走しないように見張っておれ」
「無理に決まってるだろう。ばかなのか?」
「くっ! こやつ!」
焔は俺が我慢できないことを悟っていた。しかし、焔とイーファが俺の頭の上で言い合いを始めたのをきっかけに少し冷静になれた。本当にこの二人はうるさい。
もう分かったから静かにしてほしい。
ドラゴンが1匹倒された後、他のドラゴンが魔族の女と共に黒い煙に巻かれて消えていった。それと同時に魔物が撤退を始めた。
何かが起きたのだろう。魔族の女が消え去る時に何か連れて行くのが見えた。それは子供のように思えた。
俺達が門の前に到着した時には、すでに魔物も、ルーカスの姿も消えていた。目の前には肩を落としているバスクーダと気丈に振る舞っているテスタの姿があった。
「テスタさんご無事ですか!?」
「レンさん···」
ずっと我慢していたのだろう。この数日間で父親を亡くし、暴動、そしてこの戦いだ。王族として弱音を吐くことも出来ずにここまでやってきたのだろう。
今まで溜めていたものが堰を切ったように泣きじゃくっていた。テスタは俺を「兄様」と言って、すがりついていた。俺はしばらくそっとテスタを抱きしめた。
テスタもひとしきり泣いてだいぶ落ち着いたようだった。
「みっともないところを見せてしまい申し訳ありません。もう大丈夫です」
テスタの気持ちは痛いほど分かる。家族を失う悲しみ、俺もこの世界では本当の身うちは存在しないのだから。今のテスタとまったく一緒だ。
「テスタさん、僕も焔達もみんな君の味方だよ。家族と思ってもらって構わない。僕は勝手に皆を家族だと思ってるんだけどね」
「···レン···さん。···ありがとうございます」
実際に俺は焔達を家族のように思っている。この世界での唯一のよりどころだ。それに、桜火や狐月も今では本当の家族のように接している。
テスタはこれから王族としてこの国を引っ張って行かなくてはならない。
俺はテスタはこの世界を導く本物の女王になるのではないかと思っていた。彼女が描く未来の手助けが少しでもできるなら、これからも力を貸していきたいと思った。それも家族の在り方なのだと思う。
「師匠!」
ルカが俺に気づいて近寄ってきた。テスタは後ろを向き涙をぬぐっている。王族としての威厳を守ろうとしていた。
「ルカ! ポルンはいると思ってたけどルカもここで戦っていたんだね。よくシャルが認めたね?」
「ははは···。説得するのが大変でしたよ。
それよりも···、ギルマスを捕まえることが出来ませんでした。むしろ、ギルマスがいなかったら今頃どうなっていたか···」
ルカはルーカスが何をしてきたのか知っていた。ポルンに付いていた月光を通して王城で起きていたこと、この数日間で炎帝の森、亜大陸で起きた事も耳に入っていた。
しかし、ドラゴンの脅威を前にルーカスの力を借りるしかテスタを守り切ることが出来なかったようだ。
ルカは自分の実力が足りていないことを悔んでいた。足りていないと言ってもルカの実力はすでにエルミナ王国の中でもトップクラスにいる。
「大丈夫だよルカ。けじめはちゃんと俺が取るから安心して。
それよりも早くシャルのところに行ってあげな。俺達も現状を確認してから孤児院に向かうからそこで家族会議をしよう。みんなにもそう伝えておいて」
「···分かりました」
「ほらへこまない! そんな顔してたらシャルが心配しちゃうだろ」
俺はルカの背中を叩いて孤児院に向かわせた。テスタもすでに指示出しに動いていた。
俺はその中でこそこそと動いている男の姿を見つけた。焔に目で合図を送ったら、すぐに理解したらしく、その男を捕まえに行った。
焔は無抵抗の男の首根っこを掴み、俺のところに引きずってきた。
「レオさん。僕が何を言いたいか分かってますか?」
「···いえ···わかりません」
分かってないんかい。
レオは俺の前に正座をしていた。レオが魔族の女に放った一撃、あれがきっかけに事が動いたのは変えようがない事実だ。
考えのない行動は決して良い結果をうまない。現に俺もこの世界に来てから何度かやらかしている。今回レオが起こした行動でテスタを危険にさらした。それをこの男は理解をしなければならない。そういう護衛騎士団長なのだこの男は。
俺が事実をつきつけたら、猛烈に落ち込んでいた。そこにテスタがやってきてた。
「どうしたのですか?」
「姫様! 申し訳ありません! 俺は···、俺は···」
事情を知ったテスタが「私のことで怒ってくれたのでしょう? ありがとう」と言うと、レオは涙を流しなら喜んでいた。
「では、レンさん。次はドラゴンに負けないくらいにお願いします」
「···え?」
「分かりました。ギルティさん、追加コースお願いします」
「···え?」
「御意。 では行こうかレオ殿」
「···え?え?」
レオはギルティに連れて行かれた。レオは「姫様ああああ!」と叫びながら消えて行った。
「テスタさん、これから孤児院で家族会議を行うのですが一緒にいかがですか?」
「家族会議?」
「ああ、僕らの間ではこれかの予定や行動を決めるときに話し合うことを家族会議と呼んでるんです。今回のことはテスタさんにも大きく関係してくると思いますので一緒に聞いてほしいんです。それに国王陛下の事に関しても伝えなくてならないことがあります」
そう。俺はテスタに真実を伝えなくてはならなかった。誰も幸せになることがない真実を。これを伝えるの俺の責任だ。
テスタは国王陛下という言葉を聞いて表情がしまり、「分かりました。参加させて頂きます」と言った。
俺達はテスタと共に孤児院に向かった。