【別視点】エルミナ王国女王出撃③
ルーカスは手に持った日本刀をポンポンと肩に乗せながらルカに近づいてきた。
「これぐらいの状況で焦っておるようじゃまだまだ未熟としか言えんのー」
「ギルマス!?」
ルカは突然ルーカスが現れた事よりも、以前会った時と違って、片腕が無くなっていることの方が驚いていた。その状態でドラゴンの首を斬り落としてしまったのだから。
「おい、ぼーっとするな。少しの間魔物を近づけるな」
「は、はい!」
ルーカスが襲ってくる魔物たちを一振りで消し去った。ルカは慌てて自分の持ち場に戻る。
「ルーカス!」
テスタはルーカスとも顔なじみだった。父のアルフレッドが会っている時に何度か立ち合っていたのだ。
「これはこれは女王陛下、ご無事でなによりですのー。もうしばらくそこでお待ちくだされ。今終わりにしますでのー」
そう言ってルーカスは上空にいる魔族の女に向かって何かを見せた。アクセサリーか何かだろう。それを見て魔族の女がルーカスと話せる距離までゆっくりと降りてきた。それによって魔物の動きが再度止まった。
「なぜお前がそれを持っている。同胞を拐ったのはお前か?」
「おぬしらの同胞を拐ったのはこいつらじゃ」
いつの間にかルーカスの足元には縄で縛られていた男が転がっていた。それをルーカスは魔族の女の足元まで蹴り飛ばした。
「これで、王族の首はあきらめてもらえんかのー。そもそもこの国は、この件に関係しとらんからのー」
「本当に無関係と言えるのか? エルミナの国王には繋がりがあったであろう」
「その代償は払ったはずじゃ。おぬしも受け取ったろー。それに今の女王にそのような関りは一切ないでのー」
「お前のその言葉を信じろと?」
「信じる信じないはおぬしの勝手じゃ。しかし、目的を誤らないほうがええのー」
ルーカスが上空を指さした。魔族の女がその先に目をやると、子供を抱えた男が上空に浮いていた。
「おぬしの同胞はこっちで助けておいた。無事に返してやるから、今回は引いてもらえんかのー」
「······」
魔族の女がルーカスを見下ろしていた。ルーカスは何かを読み取ったのか、上空にいる男に合図を出した。魔族の女が杖を上げると、男が抱えていた子供がゆっくりと男から離れて、魔族の女の方へゆらゆらと飛んできた。
「···こいつはもらっていく」
「すきにせぇ」
魔族の女の合図で、ドラゴンが縛られた男を鷲づかみにして飛んでいった。
「今回は引こう。だが、この国は関係ないなどとは言ってられんぞ。これは人が犯した愚行だということを決して忘れるな」
魔族の女が杖を振ると、黒い煙が渦を巻き、ドラゴンと共にそれに巻かれて消えていった。
それが合図になったのか魔物が次々と撤退していく。
「な、なんだ? 急にあいつら引いていくぞ」
「ポルン、もう終わったみたいだよ」
魔物の動きは止まっていたが、ポルンはいつ襲いかかって来てもいいように警戒していたのだ。
魔物の撤退に防衛戦を行っていた兵士達が喜びあっていた。
ミラージはドラゴンとの戦闘が途中で終わってしまい不完全燃焼といった顔をしていた。
「くそ、もう少しだったのに」
「兄上···、ご無事で何よりです···」
「お前はずいぶんと飛ばされていたな。大丈夫か?」
「私にはまだドラゴンは早かったようです···」
二人ともドラゴン相手に無事に生き残っていた。ドラゴンの強さにも色々あるが、人が一人でどうこうできるレベルではない。ドラゴン1匹で街が半壊してもおかしくないのだ。
ドラゴンと対峙して生き残っているだけでもこの二人の強さが異常であると、周りの兵士たちは悟った。
魔族の女と交渉を終えたルーカスにテスタが声をかける。
「ルーカス。あの女が言っていたことは本当なのですか? 父上が関係していると···」
「それはわしの口から言えませんのー、荷が重すぎる。
テスタロッサ女王陛下。アルフレッドに代わってこの国···、いやこの世界を頼みましたぞ」
「ルーカス···」
「それから、わしは今日限りで冒険者ギルドのマスターを降りるでのー、代わりはバスクーダに任せますわい」
「おいじいさん。何勝手抜かしとんねん。っていうかじいさん片腕どないしたん?」
門前広場の防衛に成功し、魔物の撤退を確認したバスクーダがやって来た。
「バスクーダか、ちょうどいい。今日からおぬしがギルドのマスターじゃ。任せたからのー」
「だからさっきから何勝手抜かしとんねん。じいさん以外務まるわけないやろーが」
「あほ抜かせ。普段から手を抜いてるのばればれじゃわい。そろそろ覚悟を決めて、その背中で大事なものを守ってみせんか」
「な、なんのことや。ワイはいつでも全力や」
ルーカスに見抜かれてバスクーダはしどろもどろなる。実際のところバスクーダの実力は特別冒険者の中でも一番高かった。
しかし、責任をだれよりも嫌い、自由を求めるために、いつもどこかで手を抜いていたのだ。面倒くさい事は他の特別冒険者に全て丸投げしていた。
「どちらにしてもじゃ。わしは今日限りでここを離れることになる。誰かが冒険者ギルドを引き継がねばならん。それでもおぬしは黙って傍観者を続ける気か?」
「それが分らんねん。なんでじいさんがここを離れるんや?」
ルーカスは一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの顔に戻りバスクーダの質問に応えた。
「アルフレッド・エルミナ国王を殺したのはわしじゃ、···すまんのー姫様。だけらわしはこの国におること許されんでのー。これで分かったかのー」
「···何を言うてんのやじいさん」
「···どういうことなのルーカス。あなたが···父上を···殺した?」
テスタがルーカスに歩み寄る。しかしそこにレオの叫び声が聞こえた。
「姫様離れてください!」
レオがルーカスに向かって大剣を振り下ろした。しかしそれをバスクーダの剣が止めた。
「何しやがるてめぇ」
「それはこっちのセリフだ。こいつはアルフレッド国王陛下を殺した裏切り者だぞ」
「じいさんがそんなことするわけないやろが」
レオとバスクーダが睨みあう。ルーカスは微動だにせず、テスタと向かい合っていた。
「ルーカス! 黙ってないで説明しなさい!」
「···詳しく話したいのはやまやまですがそろそろ時間になってしまったようでのー」
ルーカスがテスタの後方に目をやると、王都の東側で防衛戦を行っていた方から一直線に向かってくる者たちが見えた。
すると、先ほど魔族の子供を抱えていた男がルーカスのそばにやってきた。
「おい、行くぞルーカス。今あいつに狙われるはまずい」
「分かっておる。
それでは女王陛下、これにて失礼いたします。ほっほっほっ」
「待てルーカス!」
レオが止めようとするが、ルーカスが男の肩に掴まると一瞬でその場から消え去ってしまった。
「くそ!」
レオが大剣を地面に叩きつけて悔しそうにする。バスクーダはいまだにルーカスの言葉を信じられていない様だった。
レオがバスクーダの胸ぐらを掴んだ。
「なぜ邪魔した! お前もあいつの口から聞いただろ!」
「······」
バスクーダは何も答えることが出来なかった。
「レオやめなさい。今はそんなことよりも、この場を収めるほうが優先です。すぐにミラージと共に全軍に指示を出しなさい」
レオはバスクーダを離して、テスタの指示に従った。ミラージと共に全軍に戦いの終結を伝えに回った。
テスタはバスクーダに近づき、肩に手を置いて話しかける。
「立ちなさい。あなたにも私にも背負うものができたはずです。先ほども言われたでしょう。覚悟を決めなさい」
バスクーダは唇を噛みしめて涙をこらえていた。
そうしている内に、先ほど東側の防衛戦からこちらに向かっていた者達が到着したのである。
「テスタさんご無事ですか!?」
「レンさん···」
テスタはレンの姿を見て涙を流した。ずっと我慢していたのだろう。女王と言ってもまだ子供だ。唯一の肉親である父親が亡くなり、悲しむ間もなくこれまで国民の為に気を張っていた。
王族の身柄を引き換えとした防衛戦で、多くの兵士の血が流れているのに、自分だけが悲しむわけにはいかなかったからだ。
しかし、レンの姿を見て何かを思い出してしまったのだろう。テスタは泣きながらレンにすがり、レンだけ聞こえるように呟いた。
「···兄様」