【別視点】エルミナ王国女王出撃➀
【別視点】 エルミナ王国王都門前広場
「おいこれまずいんじゃないか?」
門番の衛兵が不安そうな顔で同僚に投げかけた。門の外からは「中に入れてくれ!」と騎士団の叫び声が聞こえていた。
「ダメだ···。今開けたら全員死ぬぞ。王都内の騎士は全部外に出払っちまって、もう冒険者しか残ってない···」
門前広場には、エルミナ王国のギルドに所属する冒険者のほとんどが顔をそろえていた。この緊急事態にギルドマスターが不在のため、防衛戦に参加しなかったのだ。
広場には、防衛戦に参加している夫を心配する多くの女性の姿もあった。
「ねぇ、パパちゃんと帰ってくる?」
小さな女の子がお母さんのスカートの裾を引っ張って、心配そうな顔して訪ねていた。お母さんも「大丈夫。きっとパパが魔物をやっつけてくれるからね」と優しく娘を抱きしめていた。しかし、その行いは娘に自分が不安な顔をしているの見せないようにするためだった。
誰もが、門の外から聞こえる悲鳴に絶望感を抱いていたのだ。
住民や冒険者も含め、ただ、戦いが終わるのを待つしかなかった。そんな時、門番の衛兵が王城のほうから門前広場に入ってくる集団を見て指をさした。
「おい···、あの旗って···」
門前広場にいた人達が次々とその方向に顔を向けた。その方向には王族、しかもテスタロッサ・エルミナ直属護衛騎士団の旗が掲げられていた。
先頭を歩いているテスタの姿を見て住民たちがざわつき始めた。
魔族の襲撃があった後、一部の国民が王族を差し出せと暴動を起こしていた。アルフレッド・エルミナの亡骸では魔族は納得せず、テスタの身柄を要求したのだ。その際、貴族の中で反テスタ派の貴族が、国民を誘導してテスタを捕えようとしていたのだ。
しかし、国民の多くは、テスタが日頃街に出て、国民の生活を良くしようと動いていたのを知っていた。その国民たちの協力もあって、テスタは街の中に隠れることが出来たのだ。
テスタの前に一人の女の子が近寄ってきた。
「姫様···、パパを···、パパを助けてください···」
女の子は泣きながらテスタに懇願する。テスタは女の子を優しく抱きしめ「大丈夫」とささやく。娘の母親が、娘の手を引き、一緒にテスタに対して跪いた。
テスタはそばにいたミラージを見てから、広場に集まっている全員の方に向きなおした。ミラージが国民に向けて大声を上げた。
「皆よく聞け! これより、エルミナ王国女王、テスタロッサ・エルミナ陛下よりお言葉を頂く!」
ミラージはテスタを女王と呼んだ。テスタも初耳で驚いているようだった。ミラージはアルフレッドから託されたものを守ろうとしていた。この場で、テスタを女王として立たせようとしていたのだ。
「み、ミラージ、話がちがいます!」
「どうする? やめとくか? あんたの夢には必要な一歩だと思うぞ?」
テスタとミラージが小声で話す。テスタはただ、国民の前で演説するだけと聞いていた。しかし、直前になって女王に担ぎあげられてしまったのだ。
テスタは戸惑っていたが、ミラージの「夢」という一言で覚悟が決まったようだ。
「皆さん、聞いてください。今、王都の外では王国騎士団がこの国を守る為に魔物と戦っています。魔物は我々にとって脅威です。今も多くの騎士の血が流れています。
私はこの戦いを止めたいと思いここに来ました。魔族の要求は私の身柄です。私はこれから魔族の元に向います。そして一刻もはやくこの争いを止めてみせます」
そう言った瞬間、多くの女性達から「ダメです姫様!」と声があがる。テスタはそれを手で制して話をつづけた。
「私には大きな目標があります。遥か昔にあった平和な時代、そこには戦争も侵略も人種同士の争いなど一切ない世界。私はそれを始まりの世界と呼んでいます。
私は今一度始まりの世界を蘇らせたいと思っています。こんなところで魔族と争っているようでは、それを目指すことなんて夢のまた夢になります。
だからこそ争いを止める為に私は魔族の元に向かいたいのです」
みんながテスタの声に耳を傾けていた。そこで先ほどの子供が声を上げた。
「もう、パパが怪我しなくてすむ?」
「ええ、もちろん」
テスタは微笑み応える。
「今門を開けなければ多くの人の命が失われてしまいます。門の外にいる魔物は我々で阻止しなくてはなりません。
そこで、冒険者の方々のお力を借りたいのです。
私が魔族の元に向かっている間、この王都を守っていただくことは出来ないでしょうか?
冒険者の方々が自由の元に戦っているのは知っています。でも思い出してください! 冒険者の始まりは何だったのかを! どうかお願いです、私に力をお貸しください!」
テスタは皆に頭を下げる。ざわつく冒険者達。そこに二人の少年が前に出てきた。
「女王陛下にそこまで言われて黙ってたんじゃ師匠におこられちまうな。
光月旅団ポルン、冒険者としてエルミナ王国の国民を全力で守ってみせるぜ」
「同じく光月旅団ルカ、冒険者として僕も皆を守ります」
ポルンとルカがテスタの前で跪いた。
「ポルン、ルカさん」
思いがけない援護射撃にテスタは涙ぐむ。だがポルンとルカだけではなかった。
「姫様ー! 私達も頑張るからねー!」
孤児院の子供達だ。みんなロイドが用意した武器を片手に集まっていた。
「なんでルカだけさんづけなんだよ」
「知らないよ。日頃の行いでしょ」
広場の風向きが変わり始めていた。周りの女性達も立ち上がり声を上げ始めたのだ。
そこにまた一人男が広場にやってきた。
「かあ、お前ら、女子供がこんな気合入ってるちゅーのに、なさけないのー。ほんまに冒険者かいな」
特別冒険者のバスクーダだった。バスクーダはエルミナ王国剣術大会で、焔と対戦した相手だ。
「バスクーダ。お前の旅団は外で防衛戦に回ってるはずだろう」
「いやね、こっちの方が絶対おもろそーやったんで、外は副団長に任せてとるんよ。まあええやん。わいもここで戦うから大目に見てや」
ミラージとバスクーダがやり取りしていると、もう一人声を上げる人がいた。
「これは冒険者の本分です! 冒険者ギルドからの緊急クエストを発令します! 冒険者資格を有する方は王都国民を魔物から死守して下さい!」
「パナメラさん···」
パナメラはテスタに可愛くウインクする。冒険者ギルドからの緊急クエストは強制参加の力を持つ。理由なしに不参加だった場合は永久的に資格を剝奪される。
「パナメラさんそりゃないぜ。 そんなことしなくたって俺たちゃあ最初からやる気だぜ。なあみんなぁ!」
「「「おおぉ!!」」」
「み、みなさん···、本当にありがとう」
広場が一気に活気づいた。全員の覚悟が決まった。決して死ぬ覚悟ではない。未来を掴むための覚悟だ。みなテスタについて行くと決めた。
「では女王陛下、お願いします」
「分かりました」
テスタはもう緊張していなかった。女王としての初仕事が命がけのものになったが、テスタにはそれ以上に目指している志のほうが高かった。その目に迷いはなく、剣を掲げ声を上げた。
「これより我々は始まりの世界の為に出陣します! 目指すは魔族本陣である! 皆にはこの王都、そして我が王国の民を全力で守ってもらいます! これはエルミナ王国の女王としての命令です! 決して魔物を一歩たりとも王都に踏み入れることは許しません!」
「「「おおおおお!!!!」」」
全員がテスタに呼応し、周囲の空気が揺れる。そしてミラージの指令が飛んだ。
「これから門を開ける! 非戦闘員は避難者の誘導を頼む! ポルン、ルカ、バスクーダは門前で魔物を迎い打て!」
ポルン、ルカ、バスクーダの三人は既に門の前に陣取っていた。バスクーダが二人に絡む。
「なんやボン達、ミラージの旦那に信頼されとるっちゅうことは、強いんか?」
「あんたよりはね!」
「ポルン! またそんなこと言って! ご、ごめんなさい」
「別にえーよ。今度手合わせしてなー」
そうこうしているうちに「開門!」と大きい声が上がり、門が開き始めた。