独り言
焔と念話で会話をした後すぐに光月村に到着した。既に夜になっていたが、俺が血まみれになっているのを見て村は大騒ぎになった。狐月が俺を抱えてくれて、村長の家に運んでくれた。
「若様、お体の具合は大丈夫ですか?」
「うん。みんなのおかげで助かったよ」
焔の治癒魔法はやはりすごかった。現世であったら間違いなく死んでいただろう。村に着いてから一気に回復していった。焔は少し疲れたと言って出ていった。今は狐月と二人きりだ。
俺は狐月にロエナ村であったことを全て話した。狐月は全く悪くないのに悲しい顔した。
「そのような時にそばに居られず申し訳ありません」
「泣かないでよ。狐月はロエナ村の人を助けてくれたじゃない。本当にありがとうね。
そう言えば村の人たちは無事だったのかな?」
「はい。それが···不思議なことにけが人が一人もいなかったのです。
村の人に話を聞いたら襲撃の前に何者かによって警告があったみたいで、被害に合う前に住人が全て避難していたそうなんです」
それで合点がいった。俺が居合斬りを行った時に人の気配がしなかったのは皆が非難したあとだったからか。それなら一番ロエナ村に被害を出したの俺だったのでは?
「それで、村の人はどうなったのかな?」
「ここに戻る前に焔さんが村長に話をしてくれて、話はついております。今は光月村のドワーフが復興に向かったところです」
ごめんなさいロエナ村のみなさん。ごめんなさいドワーフのみんな。俺はいたたまれなくなった。
「何か皆に迷惑をかけちゃったね」
「迷惑だなんてそんな···。若様がいなければ私達は···」
何かを言おうとしたが、部屋にエルグ達が入ってきた。みんな深刻そうな顔をしていた。
「レン様、お休みのところ申し訳ありませんがご報告がございます」
俺はエルグから王都であった事件について聞かされた。俺達が大氷洞に行っている間に、エルミナ王国に魔族の襲撃があった事、国王が亡くなったこと、住民の暴動があり、魔物の大暴走が起こっていること全てについて。
「現在王都では魔物の大暴走に対する防衛戦が行われております。光月旅団にも出動の命令書がルカさんのところに届いたそうです」
光月旅団は王国軍に含まれている。戦争に参加はしないが、魔物相手だと話は別だ。命令には従わなければいけない。
何より孤児院にいる皆のことが心配だった。どうやら休んではいられないようだ。俺は皆に指示を出した。
「すぐに王都に向かいましょう。皆準備をしてください。今回はナバルとギルティにも一緒に来てもらいます。
村の防衛は、バッツを中心に道場の子供達で部隊を編成し、全員ベレンさんから日本刀を受け取ってください。
村の女性たちは弓部隊を編成、月光の部隊は村の周囲の警戒をお願いします。
準備が整い次第出発します」
全員が返事をして部屋を出て行った。エルグにはバッツを呼ぶように伝えた。
「若様···」
「どうしたの狐月?」
何か悩んでいるような顔をしていた。狐月は大氷洞を出るあたりから何度か同じような表情をするようになった。
「若様、私に桜火さんを追わせていただけないでしょうか?」
「狐月が一人で? どうして···」
なおも狐月は苦しそうな表情をする。手にはあの首飾りが握られていた。
「何か知っているの?」
「···今はお話しすることができませんが、桜火さんは私が必ず連れて帰ります。···どうかお願いします」
座った状態で頭を下げていた狐月は肩を震わせていた。言いたくても言えない理由が何かあるのだろう。
狐月がこんなことを言うのは珍しかった。それでも狐月はいつも俺のことを考えてくれていたし、俺も狐月を信頼していた。
「それじゃ、桜火のことは狐月にお願いしようかな」
「···はい。必ず若様の元に連れて帰ってみせます」
そう言って狐月は部屋を出て行った。入れ違いにバッツが入ってきた。
「呼んだかレン? だいぶやられたみたいだな」
(こいつ相変わらず口が悪いな。桜火達が居たらぶっ飛ばされてるぞ)
今回多くの旅団メンバーが王都に向かうため、光月村はバッツに任せることになった。出発前にバッツに託す事があったのだ。
「話は聞いてるでしょ? 村をお願いね」
「それは良いけど、他にようがあるんだろ?」
「相変わらず察しがいいね。まずはこれをバッツに渡しておくよ。今の俺にはちょっと出来過ぎた刀だったからね」
ちょっと気を練り込むだけで森を破壊してたからな···。
バッツはめちゃくちゃ喜んでいた。丁度新しい刀が欲しかったようだ。今度ちゃんと漢字が彫られた刀をプレゼントしてあげよう。
「あとは···これを預かって欲しいんだ」
「これって···トゥカの···」
俺はトゥカの刀をバッツに預かってもらうことにした。トゥカはこの刀を置いて、ロエナ村から一度も姿を見せていなかった。
「トゥカが戻ってきたら渡してあげて」
「分かった」
その後、バッツと村の防衛戦について打ち合わせたあと、俺はしばらく一人にしてもらうことにした。
今回色々なことが同時に起こり過ぎていた。全てはあの首飾りが関係している気がする。
ロエナ村の戦闘跡にはルーカスが落としていった首飾りが残っていた。先ほど狐月が置いていったものが手元にある。
イーファが持っていたものと全く同じものだった。欠けた月が逆さまに付けられていた。もはや偶然ではない。これは逆月だ。
これは現世で、ある者達に付けられた落胤だ。それがなぜこの世界で首飾りとして使われているのだろう。
俺達以外にも刀のことや気の扱いに長けている者もいる。ここは異世界だし、俺以外にも現世から来た者がいても不思議じゃない。
ひとつだけ断言できることは、間違いなく現世の技術がこの世界に存在しているという事だ。ルーカスが使った『つばめ返し』がその証拠だ。あの型は俺が知っているものと同じだった。ありえない想像をしたが、とりあえずはこの首飾りについて調べていくことに決めた。
そろそろ皆準備が終わった頃だろうか。誰もいない部屋で俺は一人で話し始めた。
「聞こえてるかな? 俺のことは気にしないで、いつでも帰って来ておいで。お前は何も悪いことはしてないんだから。また一緒に王都で大好きなお肉を食べに行こうよ。ねぇ、トゥカ」
優しいトゥカのことだ、傷ついた俺を心配してずっと様子を見ていたのだろう。先ほどまで気配がなかったのに天井裏ですすり泣く音が聞こえる。
トゥカはルーカス達に操られていただけだった。意識はあるのに自分の行動を止めることが出来ない。本当に苦しかったはずだ。他の仲間もみんなトゥカのことを信じていた。誰もがみんなトゥカの帰りを待っているのだ。
この騒動がひと段落したら、意地でも気配を察知して引きずり出してやろう。待ってろよトゥカ。
その後も俺は返事の無い独り言をしばらく続けた。
外に出ると、みんなの準備が終わっていた。俺がみんなの前に行くと一人の男が前に出てきた。
「レン師匠。どうか王都への遠征に私もお供させてください」
この男の存在を忘れていた。跪いていたのは、テスタの護衛騎士のレオだった。まだこの村にいたのか。
「セリナ殿の話だと姫様はまだ見つかっていないと聞きます。どうか私も王都に向かわせてください」
俺はギルティを見た。ギルティはただ頷くだけだった。一通り稽古は終わっているようだった。それならテスタの元に返しても問題ないだろう。
「一緒に行くならテスタさんにかっこ悪いところは見せられませんね。大丈夫ですか?」
「もちろんだ! いや、です!」
だいぶギルティ達に仕込まれたようだな。口調が固くなっている。頑張ったねレオ。
狐月の姿はなく、すでに桜火の救出に向かっていたようだ。俺達も全員揃ったところで、バッツに光月村を託し王都に向けて出発することになった。