スタンピード
「な、なんで···。ッ!?」
振り向くとそこには見知った顔があった。トゥカだ。焔が叫びながら、トゥカに襲いかかった。トゥカは刀を残したままルーカスのところに移動した。俺が倒れそうになったところを焔が支えてくれた。
「トゥカ! 貴様なぜ!」
「やはりこの嬢ちゃんは危険じゃのー。さすがのお主でも気配を感じんかったようじゃのー」
トゥカの様子がおかしかった。目の焦点があっていない。しかし、目からは涙が流れていた。何かがおかしい。
意識が無くなりそうだったが、よく見るとトゥカの首に何かはめられていた。きっとあれが原因だろう。
俺は最後の力を振り絞ってナイフを投げた。ナイフは一直線にトゥカの首元に飛んでいき首輪を破壊することが出来た。トゥカの目が正気に戻ったのが分かった。
「うッ···うッ···、わ、若様···、なんだで···トゥカはなんでで若様を···。うわぁぁぁ!」
自由になったトゥカは自分が何をしたか分かっているようだ。意識を残しながら、操られていたらしい。なんて酷いことしやがるんだ。トゥカはその場で泣き崩れていた。
「まだそんな事が出来る力が残っとったのか? 恐ろしいのー。まあ嬢ちゃんはもう用済みじゃ。目的も果たしたし、わしらもそろそろ失礼させてもらおうかのー」
「このまま行かせるわけなかろうが!」
焔が俺を支えながら右手に大きな炎の玉を創り出した。
「付き合ってやってもええが、そいつが死んでもええんか?」
「くッ!」
焔は俺のせいで動けなかった。
パルク達がルーカスのところに来て彼を支えていた。ドムはネムに回復してもらったのか、いつの間にか意識を取り戻している。
「おいおい、じいさいん左腕やられちゃってるじゃん。大丈夫か?」
「わしが前にいなかったらこうなってたのはお前らの方じゃぞ。とりあえず用は済んだ。行くぞ」
ルーカス達が立ち去ろうとした瞬間、トゥカが飛び掛かっていた。手には隠し武器を仕込んでいたようだ。ルーカスはぎりぎりのところでそれを躱そうとしたが、胸から右肩にかけて斬られてしまった。そのせいで、服の下に隠れていた首飾りも一緒に斬られて地面に落ちる。
ネムがすかさず魔法で目の前に土の壁を張った。トゥカがそれを壊そうとするが、トゥカの刀は俺に刺さったままで、隠し武器ではどうにもできなかった。
焔が後ろから魔法を打ち込むと、ネムが創った土の壁は砕け散ったが、そこにルーカス達の姿はなかった。
「くそ、逃げられたか···。おいレン大丈夫か!」
焔はすぐに刀を抜き、治癒魔法をかけてくれた。刺される瞬間、すこしだけ体をずらすことが出来たから致命傷は避けられた。しかし、心臓に近い血管や臓器が傷ついていたため出血がひどかった。
俺はもうろうとしていたが、意識はまだあった。
そこに、消火を終えた狐月達が騒ぎに気づいて駆けつけた。
「これはいったい···。ッ!?」
「わ、若様!? なんで若様が!」
イーファは村のほとんどが消え去った跡を見て驚いていたがすぐに俺に気づく。狐月は俺の姿を見てパニックを起こしていた。
「ええい、騒ぐな狐月! 今傷口を塞いでおる! しかし、ここでは完全に治しきれん。すぐに村に戻るぞ」
ここはまだ亜大陸だ、炎帝の森の方が焔も調子が良くなるらしい。
「ほ、焔···、トゥカは···」
「···今はしゃべるな」
トゥカは姿を消していた。トゥカは俺になついてくれていた。自分が俺を刺したことを気に病んでいるはずだ。声をかけておきたかったが、俺はそこで意識を落としてしまった。
***
【同日 エルミナ王国】
ロエナ村でルーカスとの戦いをしている頃、王都では別の事件が起こっていた。
王都では魔物の侵略に備えて防衛線が張られていた。
アルフレッド・エルミナの亡骸を引き渡した日、例の翼を持った女が、国王ではなくテスタの身柄を要求してきたのだ。もし、それが出来なかった場合は、魔物の大暴走を起こすと言ってきた。
その翌日、王家に対してテスタを出せと大暴動が発生した。しかし、既にミラージによってその身柄を隠されていたので、大暴動は騎士団によって制圧された。
テスタが見つからないまま、魔物の大暴走を予告された日になった。それが今日だった。
王都の入り口から、王都周辺にかけて、全ての騎士団で防衛線を張っていた。もはや炎帝の森からの魔物の警備をしているところではなかった。
冒険者ギルドからも全ての冒険者に対し、防衛戦の特別依頼が出されていた。
運悪く、王国騎士団総長のアーサーが隣国に遠征に行っていたため、総長、副総長が不在のまま、防衛戦が始まってしまった。魔物の大暴走は北の大陸から発生した。
王都の入り口は南側にある。北側の防衛線が破られない限り王都に入られることはないだろう。
その日から数日の間、エルミナ王国存亡をかけた防衛戦が続くことになった。
***
ロエナ村の戦いのあった翌日、俺達は光月村に向かっていた。村まであと少しで着くところだった。本来であれば数日かかるところを、焔が炎帝の姿になり、俺達を乗せて全速力で移動してくれたのだ。
俺は焔の治癒魔法のおかげで一命はとりとめたものの、完全回復には至っていなかった。一応意識は戻っていた。
『焔、ごめんね。炎帝のことみんなに隠してたのに···』
『気にするな。そんなことよりレンの体の方が大事じゃ』
『ありがとう。それと、桜火とトゥカを守ってあげられなくて本当にごめん』
『···言うな。それはワラワも同じじゃ···。すまん』
俺は焔の背中に揺られながら光月村に着くのを待った。