ロエナ村
【現在 亜大陸】
俺達は氷帝と別れて、大氷洞を出て、亜大陸にあるロエナ村というところに向かっていた。
別れ際に氷帝が、
「レン。悪いが帰る途中に獣人が住んでいるロエナ村に寄って行ってくれないか」
「別にいいですけど、何かあるんですか?」
「炎帝の森から誰かが真っ直ぐそこに向かってるみたいでな。俺は別件で行くところがあるから、そっちを頼みたいんだ」
と言って頼み事をされたのだ。
焔は「めんどくさいのぉ」とは言っていたが、「ほらさっさと行くぞ」と急かしたのは焔だった。
大氷洞を出てから1日半が経っていた。大氷洞からロエナ村までは2日くらいかかるが、シオン達が頑張ってくれているので、もう少しで着くはずだ。
しかし、炎帝の森からのほうが近い為、氷帝が言う侵入者は既にロエナ村に着いているはずだ。
「お兄ちゃんあれまずくない?」
桜火が遠くの方で煙が上がっているのに気づいた。方向的にロエナ村だろう。間違いなく何かが起きている。
「シオンごめん! もう少し急いでくれる?」
「クオーーーン!」
村が近づくと何が起きていたかはっきりした。何者かに建物が燃やされていたのだ。
ロエナ村は畑や、家畜用の柵などが多くあり、住居は密集していなかった。それでも20軒近くある家の半分に火が付いていた。
「イーファさん、水の魔法で燃えてる家の消火をお願いします。狐月も一緒に回って手伝ってあげて。けが人がいないか確認もお願い」
「分かった」「分かりました」
イーファと狐月はすぐに消火に向かった。
俺達が村の中心部に向かっていると、明らかに今火が付いたばかりの家があった。
「二人とも気を付けてね。何人かいるよ」
俺達はシオン達から降りて戦闘態勢に入った。すると建物の影から人が現れた。
「おいおい、バレバレじゃんかよ。完全にやる気満々だぜ」
「パルクの気が漏れ漏れ。気がつかれて当然」
「二人とも少し黙れ」
「うわー、相変わらずドムはつまんない男だねぇ。ネムも何か言ってやんなよ」
「パルクだけ黙ればいいと思う」
「お前まじで感じ悪いぞ」
現れたのは三人だった。出てきて早々に内輪もめをしていた。やんちゃで口が軽いのはパルクという女だった。ネムと呼ばれた女は、白髪の前髪ぱっつんで、手元まで隠れる長い袖で口元を隠しており、眠そうな目をしていた。二人をたしなめた男はドムといって、こいつは岩のように大きかった。
「楽しんでいるところ悪いんじゃがおぬしらはいったい何者じゃ? この村を助けに来たわけでもあるまい」
焔は質問しながらも既に刀を抜いていた。問答無用とはこのことか。どう考えてもこの村を焼いて回っているのはこいつらだからしょうがない。
「うわ! こいつもう刀抜いてるよ! たまんねぇー!」
「パルクうるさい」
「おい、もう来てるぞ。一人いない」
焔よりも先に桜火が動いていた。桜火は一番喋っていたパルクに膝蹴りを入れていた。しかしパルクは紙一重でそれを躱したのだ。
そこからはパルクと桜火の素手による戦闘が始まった。驚く事にパルクは桜火の攻撃についていっていた。それもかなり楽しんでいるようだった。
桜火とパルクの様子を見ていたネムに焔が刀を振り下ろした。しかしその攻撃を横からはドムに弾かれてしまった。
「お前の相手は俺だ」
「でかい割には反応がよいの。少しは楽しませてくれよ」
横で焔とドムがやり合っているのに、ネムは全く見向きもしなかった。
「もう、早く帰りたい」
ネムは戦闘がはじまっても全く動じなかった。動くのもめんどうみたいだ。桜火とパルク戦闘を見ていたら、桜火の足元が地面から、出てきた何かに縛られて動けなくなった。少し押されていたパルクがそれのおかげで距離をとることが出来た。
「おいネム! よけいなことすんな!」
「うるさいばか。はやくして」
その時だった。桜火に向かって何かが飛んできた。
「キン! キン!」
長い鉄のはりだった。動けない桜火は小太刀を抜いてそれを弾いたのだ。パルクとの戦闘中だったら危なかったかもしれない。俺は小型の投げ用ナイフを遠くにある木に向かって投げた。ナイフは真っ直ぐに飛んでいき、「バキ!」っと、太い枝が折れる音がした。
「う、うわー!」
俺が狙った木の上から人が落ちてきた。先ほど桜火を狙った奴だろう。隠れて攻撃するなんてけしからん。直接狙わなかっただけありがたく思え。
「おい、あいつマーレに気づきやがったぞ。どんだけ探知能力高ぇんだよ」
「いいからパルク急いで」
「分かったよ!」
そう言ってパルクは桜火に向かって手に持った武器を振り下ろした。
「キィン!」
さっきまで何も持っていなかったはずなのに、その手には刀が握られていた。どうやって出したのかも不思議だったが、それ以上にパルクが持っているのが日本刀なのに驚いた。
そういえば、こいつらは、最初から『気』とか『刀』とかが会話の中に含まれていた。その時に気づくべきだった。なぜこの世界の人間が気や刀を知っているのかと。
それにパルクが持つ刀は桜火の小太刀とまともにやり合っている。間違いなく日本刀だ。それも漢字が使われている可能性が高い。出なければとっくに桜火の小太刀で斬られているはずだ。
桜火は隙をみて、足元の縛りを小太刀で切り落とした。その縛りはきっとネムの魔法か何かだろう。自由になった桜火はパルクを圧倒した。
「ダメだ! こいつ強すぎ! ネム! なんとかしてくれ!」
「さっきよけいなことするなって言った」
「悪かったって! いいから早く!」
桜火とパルクの戦闘にネムが加わった。ネムの両袖から刃先が飛び出していた。両手に刀を持った二刀流だろう。見た目と違って動きも速かった。
「大地への束縛」
ネムがそう言った瞬間、桜火がまた足元を縛られてしまった。やはりネムの魔法だった。しかも今回は二人がかりの攻撃を受けているので、隙を見つけるのが難しかった。
「マーレ今だ!」
パルクがマーレに何かの合図を出した。
俺はもう一つの懸念材料があったため、すぐに動かずに傍観していたが、さすがに3対1は見過ごせなかった。しかし、桜火の援護に回ろうとした途端にそいつが現れたのだ。
「ほっほっほっ。さすがに気づいておったか。やはりお主にはかなわんのー」
「誰かと思えばギルマスじゃないですか。やっと助けに来てくれたんですね」
俺は最初から5人いると気づいていた。ただその中でも一人だけやたら気配を隠すのがうまいと思っていたら、まさかのギルマスだった。とてもこの村を助けに来たとは思えなかった。
「間違っていたらすみません。みなさんお仲間という認識で宜しかったですか?」
「ああ、全員仲間じゃよ。とりあえず邪魔させてもらおうかのー」
この爺さん、ドレーヌのやつを殺した時、異様に速かったのは覚えている。油断は出来ない。とにかく何とかして桜火の援護に回らなくては。俺は腰の刀に手を当てた。するとルーカスも動き出した。
「わしはのー、人前では自分の武器は見せたことがないんじゃ、でも一度だけ女の子を助けた時に見られてしもうたがのー」
そう言ってルーカスは腰の布袋に手を入れた。なんとその手には日本刀が握られていた。これは俗に言う異次元収納というやつなのか。そして、またしても日本刀だ。メルが言っていた冒険者とはルーカスのことだったのか。
「なぜ日本刀をって顔をしておるのー。知りたければ力ずくで聞き出すんじゃのー」
目の前にいたルーカスが突然消えた。ドレーヌの屋敷で見た動きと全く一緒だった。俺は振り向き様に刀を抜いた。背後には消えたルーカスが刀を振り下ろしていた。半歩分体をずらして攻撃を躱し、そのままルーカスの腕を狙って刀を振り下ろした。
しかし、ルーカスの振り下ろした刀は今度は逆方向に斬り上げてきたのだ。これは間違いなくつばめ返しだ。そして、ドワーフの力作であるこの刀を受けきるという事はギルマスの刀にも確実に漢字が彫られているはずだ。
「その技はどこで覚えたのですか? この世界では見ないはずですが」
「だから知りたければ力ずくでと言うとろうが」
そこからルーカスの猛攻が始まった。