獣戦士ギルティ
焔への名付けで時間を費やしていたら、セリナが目を覚ました。
「レンさん。炎帝様は?その方達はいったい···」
セリナは、焔の殺気に当てられて気絶していた為、巨大焔に襲われている記憶しかない。当然、炎帝の民のことも知らない。
俺は焔が炎帝であること。なぜ襲われることになったかなど一通り説明した。
「炎帝様。ペルシア族族長の娘、セリナ·ペルシアと言います。知らなかったとはいえ、炎帝様の領域に無断で足を踏み入れてしまったことをお許しください」
セリナが跪く。
へぇ、セリナさんって族長の娘だったんだ。
「よいよい。ワラワも済まんかったな。レンには助けられ、名までつけてもらったのだ。気にするでない。それから、今後は炎帝ではなく焔と呼ぶが良い」
「名受けをなされたのですか!?」
セリナが驚いた顔をしていると、焔の表情が変わり、睨むように見つめる。
「何か問題か? ペルシアの娘よ」
「と、とんでもありません! 炎帝様! とても素晴らしい名だと思います!」
セリナはあたふたしながら焔を持ち上げる。
「そうじゃろう、そうじゃろう。そなたもこれからは焔と呼ぶがよい。決して炎帝とは呼ぶな。よいか?」
「はっ! 炎···いえ、焔様!」
完全に焔に緊張しているセリナをフォローするため。今後のことについて話を進めることにした。
「焔、さっきも話したけど、俺らも人拐いから逃げてきたばかりなんだ。一度落ち着く為に近くに休めるところとか無いかな? そうだ。炎帝の民の村なんてあったりするの?」
「炎帝の民? あぁワラワの眷属のことか。あるぞ。そこの娘もそこから連れてこられたのであろう。返すついでじゃ、連れていってやろう」
炎帝の民は本当に存在し、村も実在した。どうして噂でしか継承されていなかったかと言うと、炎帝の民の村は炎帝の結界によって外界から隔離されているので、眷属でない限り出入りが出来ないようだ。今回の生け贄騒動もそこが大きく関わっているらしい。
詳しいことは村に行ってからゆっくり聞いてみよう。
「セリナさん、一度村にお邪魔させてもらうのはどうでしょう? お二人のことも、シュリちゃんのことも、そこで方針を決めませんか?」
「はい。そうしていただけると助かります。焔様、どうかご同行させてください」
「うむ。良かろう。ではついて参れ」
焔は魔法で眷属を浮かせて歩き始める。俺はシュリを、セリナがトゥカを背負って焔のあとに続いた。
本来碑石の辺りも結界の中に収まっていたのだか、神器に魔力を吸われ続けたせいで、結界の範囲が狭まってしまったようだ。
そのせいもあって、賊や、俺たちのような外界の人が、碑石に近づくことが出来たのかもしれない。
碑石から森に入りしばらくすると、何か気配を感じた。
「焔、気づいてる?」
「当然じゃ。あんなバカみたいな殺気を放ってたら、誰だって気づくじゃろ」
「焔もあんな感じだったからね。だから俺も、賊も碑石にたどり着いたんじゃない?」
「ぐぬぅ。あ、あれはワラワの意思ではない」
あ、実は気にしてたのか。そうだよね。賊も気づかなければ、生け贄を拐う、なんてこと出来なかったからね。
「では、焔くん。特別に光月家を名乗るための、初歩的な動きをご覧にいれよう」
「まことか!」
「とりあえず、焔も何も気づかないフリをしてね」
それから俺は焔に一通り説明した。
光月家の技術の一つで、相手の動きを見て予測するものがある。しかし、敵対する相手もそれは同じだ。だから光月家では、それを全て考慮し、相手に動きを誤認させることができる。両方が出来て初めて技術として使える。
今回の場合は相手の気配に気づいていないと誤認させ、攻撃しても避けないと思わせることが重要である。どんなに鍛練しても、敵がある程度の距離になると反応してしまう。その反応を見て敵も瞬時に対応してしまう。つまりその全て反応を封殺してしまえば、敵の動きが単調になり最も読みやすくなる。
「いいかい、焔、攻撃が焔にいった場合はちゃんと対応するんだよ。俺にきた場合は、俺から目を離さずに良く見ておくこと」
「うむ。わかった」
そろそろかな。「絶対に反応しないように」と念を押し、相手の行動を待つ。
来た。
上からだ。この時点でターゲットは俺の可能性が高い。なぜなら後ろで焔が、森から出てきた敵に反応しているのが俺にも分かる。きっと今頃視線で追っているだろう。ワンストライク。
さらに「おい、レン気づいてないのか!」っていう反応もやめなさい。ツーストライク。
そろそろ声に出しちゃうんじゃないかな。
「レン!」
はい、スリーストライクアウト。あれだけ言っておいた焔ですら、俺が上からの攻撃に気づいていないと思っているのだから、敵も、俺が完全に気づいていないと思っている。
そうなると攻撃も実に単調になる。空中から俺にめがけて真っ直ぐに剣を振り下ろす。「くらえぇ!」とか声に出さないだけ合格点。俺の死角であることも高得点。しかし、殺気だけが丸見えである。
敵はもう自分の位置も、振り下ろした剣の方向も変えられない。いや、むしろ変えない。焔の声もあったが反応出来ないと決めつけている。
俺は体の向きを直角に変え、軸足で地面を蹴り後ろに半身下がる。最小限の動きだ。この時点で後ろに蹴った軸足はまだ剣の軌道上にある。反対側の足が軸足に代わると、剣の軌道上にあった足が、剣をギリギリすり抜け、そのまま膝が垂直に上がり、敵の顎に膝が炸裂した。
力は何一つ必要ない。俊敏さは必須だ。あとは敵が自分から飛び込んでくる力を利用しただけだった。
一瞬の出来事である。周りから見れば、高い所から人が落ちてきて、顔から地面に崩れ落ちたようにしか見えない。悲惨だ。
「焔、どんだけ反応してるの。光月返上する?」
「···面目ない」
焔は意気消沈。セリナは状況を飲み込めず近づいて来た。
「何が起こったんですか!?」
「敵が上から降ってきまして、あははは」
とりあえず笑ってみた。セリナは心配そうに倒れた敵を覗き込んだ。
「ギルティ!」
襲ってきてた男はギルティ・ラインとういう名だった。セリナの同族で今回の獣人売買の調査での護衛として一緒に来ていたらしい。トゥカの迷子騒動でバラバラになってしまったと聞いていた。
聞いていたが完全に失念していた。殺気を放っていたから、てっきり賊だと思い込んでいた。俺一発アウト。
「焔、治癒魔法できないかな?」
「返上の件は?」
「···不問とする」
「任されい!」
くッ! 足元みやがって。
あっさり機嫌を戻した焔から治癒魔法を受けたギルティは、直ぐに回復し、意識を取り戻した。
「セリナ様。私はいったい···」
ギルティは直前の記憶が飛んでしまっていた。経緯を説明すると恩人へ無礼をしたと、膝ついて謝罪をした。
俺も正当防衛とはいえ、やり過ぎてしまったのできちんと謝罪をする。
「改めて、この度は同族を助けて頂き感謝いたします。どうか私の同行も、お許し頂けないだろうか?」
「ここまで来たら一人増えようが変わらん。構わんよ」
こうして、ギルティが加わり、炎帝の民の村に向かうことになった。