最後の願い
【同日夜 エルミナ王国】 王城
王城の上空、月明かりの下に女の姿があった。その女には漆黒の翼が生えていた。優雅にその翼を羽ばたかせながら、王城を見下ろしていた。
女が手に持っていた杖を上に向けると光の玉が大きく広がっていく。光の玉は王都のどこにいても見ることが出来た。王都に住む多くの人達がそれを目撃していた。
みんな最初は光る玉を見ていたがその周りを何か黒い影が動いていることに気がついた。その影は一つではなく三つもあった。
光の玉がいきなり急浮上し、弾け、王都の上空全体に広がった。その瞬間影の正体が現れたのだ。影の正体は三匹のドラゴンだった。
「グヴォオオオ!!!」
ドラゴンが叫んだ瞬間町中はパニックになった。衛兵も状況が分からず対処に困っていた。ドラゴンは同じ場所をぐるぐると回っていた。その中心に翼を広げてゆっくりと女が下りてきた。
「なんだあいつは!?」
衛兵の一人が女に気づき、周りに知らせていた。冒険者や衛兵、そして王国騎士団のそれぞれが、その女に気づき王城の前に集まってきた。
女が杖を振り何かの魔法を使った。瞬間、王都全体にスピーカーから聞こえるような声が聞こえてきた。その声の正体は上空に翼を広げた女だった。
『よく聞け。お前達人間は約束を破った。我が同胞を返すか、王族を差し出すか、この国ごと消えるか好きに選べ。猶予は3日だ。』
そう言うと女は杖を王都に向けた。すると一匹のドラゴンが街に突っ込んできた。ドラゴンは勢いそのままに建物を破壊していき、街のど真ん中で口から炎を吐き出した。ドラゴンの周りは一瞬にして火の海になった。ひとしきり暴れたドラゴンは上空に戻り、再度女の声が聞こえた。
『これは警告だ。忘れるな。3日だ」
女が杖を大きく回すと黒い煙が渦を巻き、ドラゴンと女を包んでしまった。その煙が消えた時にはドラゴンと女は消えていた。
3日後、王都では大暴動が発生し、エルミナ王国の現国王のアルフレッド・エルミナの亡骸が引き渡されることになった。
***
【別視点】 アルフレッド・エルミナ
「あれが魔族というやつか···」
私は自室の窓から上空を見上げた。私は先生から今日起こることを知らされていた。そして自分の命が今日で終わることも。詳しい理由は何も教えてくれなかった。ただ『天啓』と言うだけだった。
父からも同じようなことを言われた事がある。私は父が死ぬ前に託された事がある。それは始まりの世界を取り戻せとのことだった。父のような才があるわけでもない私には荷が重かった。しかし、それよりももっと重要な事を託された。それは生まれてくる息子を殺せということだった。
私は一瞬気でもおかしくなったのではと思ったが、最後に『これは天啓だ』と言って私にそれを誓わせたのだ。
私はどちらの誓いも守る事が出来なかった。私には自分の子供を殺すことなんてできなかった。それが始まりの世界の為であっても。息子は生まれた後すぐに幽閉した。このことを知っているのは限られた者だけだった。
息子が成長するにつれて、隠すことが難しくなった。娘のテスタに見つかってしまったのだ。
私は『オクロス』という組織に依頼し、息子を国外に連れ出してもらうことに決めた。オクロスは特別な子供を保護しているという噂を耳にしたからだ。私の父には特別な力があった。私には無かったが息子には備わっているかもしれない。それなら、そういう子がいる環境で育った方が息子の為になると考えたのだ。オクロスは無事に息子を連れ出してくれた。その後の消息は不明だ。
父は、生まれてくる息子を殺さなければ、世界は再び混沌の渦にのみ込まれると言っていた。
「これが混沌の始まりだというのか···」
私は窓の外を見ながらそう呟いた。城の上空ではドラゴンが旋回していた。そして女の声が王都中に広がった。
『よく聞け。お前達人間は約束を破った。我が同胞を返すか、王族を差し出すか、この国ごと消えるか好きに選べ。猶予は3日だ。』
約束とはいったい何のことを言っているのか分からなかった。選択肢の中の「王族を差し出す」という意味だけは分かった。私かテスタの事だろう。
私はすぐにミラージを呼ぶようにと、部屋の外の護衛に伝えた。
ミラージも外の騒ぎに気づき既にこちらに向かっているとこだった。護衛に頼んだあとすぐにミラージが部屋に入って来た。
「陛下、外のあれはいったい···」
「私にも分らん。しかし、この国に危機が迫っているのは間違いない」
そう言った瞬間、ドラゴンが一匹街の中に突っ込んでいった。ドラゴンが突っ込んだ一帯が火の海になっている。
「ミラージ、さっきのは聞いたな」
「はい」
「ミラージ。テスタを連れて今すぐエルミナを出ろ。これは最後の王命だ」
「お待ちください陛下···」
ミラージが何か喋ろうとしたが私はそれを制した。察しの良い男だ。この男ならテスタを任せられる。
「テスタを頼んだぞ」
「···仰せのままに」
ミラージはそれ以外は何見も言わずに、一礼して部屋を出て行った。
私は消えたドラゴンと女がいた空を見上げていた。あるのは大きく欠けた月だけだった。
「これで、セドリックが言ったことも理解できたかのー?」
「何もわかりませんよ。先生」
気がついたら部屋の中にルーカスがソファーに座っていた。
「父も先生も重要なことは何一つ教えてくれなかった。最後くらい教えてくれもいいじゃありませんか」
「ほう、覚悟はできているようじゃのー」
先生は今まで教えてくれなかったことを話してくれた。なぜ教えてくれたかと言うと、今の私がそれを知ったところで天啓が覆ることがないからだという。
先生の話は信じられないような事ばかりだった。話のなかで、「マリア・ロベルタ」という名前が出た。確か父が健在の時に、西の大陸にある帝国の聖女が王城に来た際に、その聖女がそう名乗ったのを覚えている。思い出すとそのあたりから二人が天啓という言葉を使うようになった気がした。
「アルフレッド、お主、『オクロス』を使ったろ?」
「な、なぜそれをご存じなのですか?」
「ばかもん。それが天啓にあったからじゃわい。オクロスはなぁ。落神を集めとるんじゃ」
「落神をですか?」
「まぁ正しく言えば、落神の可能性を秘めてる子供じゃのー。お前さんの息子なんか条件にピッタリじゃ」
「そんな子供ばかり集めて何をしようとしていたんですか?」
「魔王の討伐じゃ」
「魔王···」
先生が一度歴史について話してくれたことがあった。落神の事もその時に知った。一国の王になるものが歴史を知らんとは何事かと怒られたのだ。
その歴史の中で最初に生まれた落神が魔物を統べた事から、その落神のことを魔王と呼ぶようになったらしい。
「魔王は生きているんですか? 別の落神に倒されたのではなかったのですか?」
「魔王は生きておる。正確に言えば死んだところで何度でも蘇る。それが落神の能力じゃ」
先ほどの女は魔王の仲間だったのか。少しだけ全容が見えてきた気がする。しかし、時はすでに遅すぎた。知ったところで私にはもう何も出来ない。
「さて、アルフレッド。わしも急いで行かなければならないとこがあるでのー」
「そうですか···。先生最後にお願いを聞いてもらえないですか?」
「なんじゃ?」
「テスタを···テスタをどうかよろしく···お願いします」
私は言葉を詰まらせてしまった。覚悟はできていたが、もう一度だけテスタを抱きしめておきたかった。テスタは無事に生きていけるのだろうか。それだけが心配だった。
「安心せい。お主と会うのはずーっと先じゃ」
最後の先生の言葉に救われた気がした。これも天啓なのであろうか。先生が向かいにいるのに後ろから誰かに刺された。倒れる時に最後に視界に入ったのは黒装束の女の子だった。何の気配もしなかったのにいつからそこにいたのだろう。不思議と痛みはなかった。
「アルフレッド···わしはすぐに会いに行ってやるからもう少し待っとってくれのー」
その言葉を最後に部屋の中にはアルフレッド・エルミナの亡骸だけが残った。