光月の名にかけて
「俺がまだ赤ん坊の頃に氷帝に預けに来た女の人がいたみたいだ。名前もその時に一緒に伝えられたらしい」
その女の人は母親ではなかったようだ。しかし、氷帝に子供を任せることが出来るのだからそれなりに力のある人に違いない。イーファは大きくなっても両親のことは聞かなかったらしい。むしろ、物心ついた時から氷帝と一緒だったから、親という概念がなかったのだ。
「その女の人のこと知ったのはいつ頃なんですか?」
「碧眼を顕現させた時に初めて聞かされた。その人は西の大陸からここまでわざわざやってきたらしい。名は確か···マリア・ロベルタといったか···」
「えっ!?」
話を一緒に聞いていた狐月が、マリアの名前に反応した。
「どうしたの狐月さん? 知っている人?」
「いえ、マリア・ロベルタといったら西大陸にある帝国の『聖女』と呼ばれている人と同じ名だったので···」
狐月はその後なぜか大人しくなってしまった。イーファの話を聞いているうちに孤児院にいた時のことを思い出してしまったのだろう。狐月も親を知らないで育っていたから、少し心配になった。
狐月を心配していたら、その奥の方で何やら怪しいやつらが目に入った。焔と氷帝だ。何かこそこそと二人で話している。
(あいつら何か企んでやがるな)
***
【焔と氷帝】
焔と氷帝はレン達から離れて小声で話している。
「おい、あの小僧は一体何者だ。あんな魔力練り込むばかいるか」
「ありゃ魔力じゃなくて『気』というやつじゃ。ワラワもレンから教わって初めて知ったわ。お主なんか良いほうじゃ。ワラワなんか喉元にあのばかげた気をぶち込まれたんじゃからの」
「え···。お前よく死ななかったな」
「あほ。死にかけたわ。喉も潰れて身動きも取れんようになったわ···」
「······」
「「はぁ~」」
ため息をつく二人。
「ところでお前、なんで人のかっこうをしてる?」
「ふふーん。良いじゃろう。レンから名を受けたんじゃ」
「はぁっ!? お前、名を受けっていったらあの小僧の従者になったのか!? 四帝が人の従者になるなんてばかな話があるか!」
「ははーん。さてはお主、気づいておらぬなぁ? そういえば魔力が枯渇して気絶しておったしなぁ。はっはっはっ!」
「どういう意味だ!」
焔は真剣な表情になり、氷帝にある事実を伝えた。
「あの小僧が異世界から···」
「お主もここまで言えば分かるだろう。それとこの話は他言無用じゃ。レンもワラワにしか言っておらんからの」
「分かった」
「そういえばお主、自分の神器を持ってるじゃろ。寄こせ」
「はぁ? なんでお前にそんなんが必要なんだ。氷の加護なんていらんだろ。それに加護って言ったって、使い方を知らないやつが付けても、ただばかみたいに魔力を吸われちまうだけだから意味がない」
「だからじゃ。レンの右手を見てみぃ」
二人はこっそりレンの方を見た。レンの右手には焔が渡した神器がはめられていた。
「お前あれ、炎帝の神器じゃねーか! それつけあの魔力ってどんだけだよ···」
「ワラワの時はあれつけてなかったからの···。お主もレンの技を受ければ分かるはずじゃ。ワラワは光月を名乗る為に洗礼を受けたからの···」
遠い目をする焔。
「なぁ、頼む! この通りじゃ! ワラワの神器だけだと足りんのじゃ。あ奴の稽古ときたらもう···。あっ! そうじゃ。賭けをせんか?」
「賭け?」
「そうじゃ。人の姿でレンの素手の攻撃を受けて耐えられたら神器はあきらめよう。その代わり、膝をついたり、吐いたりしたらお主の負けじゃ」
「俺が勝ったら?」
「むこう100年亜大陸の管理をワラワが受け持ってやろう」
「乗った!」
こうしてレンの知らないところで焔と氷帝の秘密の取引が行われた。
「おいあの小僧こっち見てるぞ」
「やばっ! おい、良いか。くれぐれもここでの話は言うでないぞ」
「分かった。分かった」
***
「ねぇ桜火、焔達さっきからこそこそと何やってるの?」
「何か大事な話があるって言ってたよ」
四帝に関わることだろうか。お互い神器で縛られていたから話すのも久しぶりなのだろう。こうやって四帝が全員集まって、始まりの世界を目指したりはできないものなのだろうか。
俺がそんなことを考えていたら、焔と氷帝がこっちにやって来た。いつの間にか氷帝は人の姿になっていた。焔と同じくらいの歳に見える。中々の男前だ。
「礼が遅くなってすまない。神器を破壊してくれて本当に助かった。ここ数年身動きが取れず、イーファに全て任せてしまっていてな。改めて礼を言わせてくれ」
氷帝が頭を下げるとイーファも一緒になって頭を下げた。四帝がそんな簡単に頭を下げないで欲しい。恐縮してしまう。
しかし、四帝が神器で縛られ、身動きが取れなくなるという事は、頭を下げるほど、影響が大きかったという事だろう。もしかしたら俺は亜大陸を救ったのかもしれない。
「ところで少年。聞くところによると、光月流なる技を持っていると聞いた。一度この身を持って体験してみたい。試してみてくれないか?」
「え? どういうことでしょう?」
「あれじゃ、あれ! ワラワが光月を名乗りたいと言った時のあれじゃ!」
「ああ! あれのこと! 本当にいいんですか?」
「構わん全力できなさい」
俺は光月の名を出す以上ふざけたりはしない。焔の時は少し加減をしたが、全力と言われたら恥ずかしいものは見せられない。俺は「分かりました。全力でいきます」と応えた。焔は笑いをこらえている。
「お兄ちゃん。全力はまずくない?」
「若様、私もそればっかりは反対です」
「お嬢さん方、心配ないから大丈夫。さあ少年いつでもいいぞ」
「氷帝様の身を案じて言ったのですが···」
桜火と狐月は「忠告はしましたよ」と言って下がっていった。焔はそれを見て吹き出していた。
俺はそんな周りのやり取りを一切無視し、既に集中していた。これは遊びではない。相手がおふざけだろうと、光月の名を出した以上、俺はその名を汚さないと心に決めていた。
「よろしくお願いします」
俺は氷帝の前で腰を落とし構えた。そして心の中で唱える。『破壊掌』。
***
【別視点】 氷帝
炎帝も落ちたもんだ。まさか武器を持たない少年にそこまで警戒することもあるまい。
神器を破壊してもらった時は、魔力もほとんどなかったし、少年の予想外の魔力に驚いただけだ。神器も外れて、魔力も戻った今の俺なら拳の一つや二つ耐えることなんざわけないさ。
確かに魔力はでかい。ただそれだけだ。それを一発耐えればむこう100年のんびり出来る。なんておいしい話なんだ。
お嬢さん方もそんなに心配しなくても大丈夫。何をそんなに心配しているのか。俺は世界を守ってきた四帝の一角、氷帝だよ?
ほう、少年の方は既に集中しているようだね。
ん? ちょっと待ちたまえ。何かさっきと違う魔力に見えるのだが···。
これは俺たちが使う威嚇の魔法に近いが···、なんだこの密度は···。い、いかん、まだ何もされていないのに意識が飛びそうだ。
これはまずい。こちらも魔力を集中して防御をしなくては! 待て···。いったいどこを狙ってくる? 全く分らん。こんなのを無防備な顔にくらったら首ごと吹っ飛ぶぞ。普通腹だよな。腹だよな! よし腹に決めた。腹に魔力を全力で集中させよう。
「よろしくお願いします」
え? 何? 何をよろしくお願いした? こちらこそ腹でお願いします。腹でお願いします!
うおぉぉぉ。来る、来る、来るぅぅぅ!
「ドゴンッ!!」
(ありがとう···少年···)
俺はそのまま意識を失った。