狐月の流儀
氷帝の住処は亜大陸の中央に位置する洞窟にあり、その中は氷に覆われていて、氷帝がすんでいることから、大氷洞と呼ばれるようになった。
大氷洞に向かっているいる道中、桜火はイーファと立ち合いを行っていた。桜火はまた何かを学ぼうとしているようだ。逆にイーファは桜火の実力に驚いていた。
「その小太刀というやつもすごいが、お前はいったいなんだ。なぜ俺の攻撃をそうも簡単に躱すことができる」
「お兄ちゃんの妹」
(いや、そういう事をきいてるんじゃないと思うぞ)
数日かけて、俺達は大氷洞に着いた。
「おーおー、ワラワ達に気づいて大分殺気だっておるの」
「焔もあんな感じだったからね」
「言うな!」
洞窟に入るとすぐに氷の壁に包まれていった。奥に進むと、かなり広い空間が広がっていた。
「おーい。いるんじゃろ? 早く顔を見せんか」
「また焔はそんな言い方して。いきなり襲ってきたらどうするんだよ」
言ったそばから、もの凄い殺気と共に氷帝が襲って来たのだ。
「ガキン!!」
氷帝は神器の首輪によって俺達の寸前で止まった。目の前に氷の竜が姿を現したのだ。
「···これが氷帝」
「こんな状態でよく、亜大陸を守れたもんじゃ。もしかしてお主が手を貸しておったのか?」
「ああ、氷帝と違って範囲は限られるがな」
イーファは氷帝と協力をしてずっと亜大陸を守っていた。出会いに関してはまだ聞いていないが、炎帝の森に乗り込んでくるぐらいだ、絆は固く結ばれているのだろう。
「なぜ炎帝がここにいる? さっさと出ていけ」
「氷帝。彼らはあんたの神器を外しに来てくれたんだ。大人しくしてくれ」
「こいつらが? 神器を? 何をばかげたことを言っているんだ。炎帝に外せるぐらいならとっくの昔に自分で外してる」
まったく歓迎されていない。そりゃ伝説級の四帝が俺らに神器を外してもらえるなんて考えられないよね。
「帰るぞレン。胸くそ悪いわ」
「べぇーっだ! 行こうお兄ちゃん」
「え? そう?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む!」
「「「あ!」」」
焔と桜火につられて帰ろうとしたら、イーファに止められた。それよりも俺達三人は信じられない光景を目にした。狐月が思いっきり氷帝の顔をぶっ叩いていたのだ。手にはもちろん例の鉄扇が握られていた。氷帝は氷の壁に叩きつけられていた。
「あなた、若様をばかにしているのですか? ならそのままいっそ死んでしまいなさい」
「小娘が!」
氷帝が激怒し、狐月に襲いかかってきた。しかし氷帝の攻撃はことごとく躱されていた。そして一方的に殴られていた。少しかわいそうになってきた。
「おい、誰かあいつを止めてくれ。くそ!」
誰一人動こうとしなかったので、イーファが止めに入るがイーファも狐月に触れることが出来なかった。それどころか鉄扇で殴られる始末だ。それでもイーファは止めに入る。
「おい! お前! やめてくれ!」
「···おまえ?」
ドッカーン!!
もの凄い音と共に氷帝は地面に叩きつけられていた。ピクリとも動かない。振り向いた狐月はゆっくりとイーファに近づいて行った。
「あなた方は人にものを頼むという態度を知らないのですか?」
落神であるイーファが本気を出せばただでは済まないだろうが、狐月は一歩も引く気はないようだ。やり過ぎな気もするが、狐月は間違っていることは言っていなかった。特に俺が善意でここまで来たことを無下にしたことが許せなかったようだ。イーファもそれが分かっているから何も言い返せないでいるのだ。
イーファは俺達に向かって膝をついた。
「す、すまなかった。亜大陸を守るには氷帝の力が必要だ。どうか助けてもらえないだろうか。······お願いします」
イーファは涙を流し地面に頭をこすりつけた。イーファは冷徹な喋り方だと思ったが、多分人との関わりが少なかったのだろう。ただのコミュニケーション不足なだけだった。そんな彼が氷帝の為に頭を下げているのだ。狐月の言葉を理解したのだろう。そんな時全員に念話が飛んできた。
『やめろイーファ。お前が頭を下げることはない。悪いのは私だ。
客人、遠方から遥々やってきたというのに、数々の無礼を謝罪する。すまなかった。そして厚かましい話だが、出来ることならこの首輪を外してはくれないか。頼む。』
神器にほとんど魔力を吸われてしまったのだろう。氷帝はピクリとも動けなくなっていた。ほとんどは狐月にやられたのが原因だと思うが。その狐月は何もなかったような態度で俺達の横に戻ってきた。
「さぁ若様、整いました!」
(((えぇー。)))
狐月はにこにこしている。さすがの焔と桜火も引いていた。二人は何かを訴えるような目を俺に向けていた。きっと二人が同じようなことをしたら説教に発展していただろう。「ちゃんと狐月にも言って」そんな目だった。
「ありがとう狐月」
「はい若様!」「なっ!」「えっ!」
(すまんな二人とも、何だかちゃんとまとまっちゃったからさ)
納得のいっていない二人をなだめ、神器の破壊に取り掛かった。俺は刀に手を当て氷帝に近づこうとした時、焔に止められた。
「レン、何をやっとる。そんなもの使ったら氷帝の首が飛ぶぞ。おい桜火、例の物を頼む」
「はーい」
桜火はどこで準備したのか分からなかったが、刃先が砥がれた木刀を取り出した。俺はそれを受け取った。
「そんな木刀なんかで神器が破壊できるのか?」
「見とれば分かる。技術の差というものがの。フフッ、氷帝の反応がたのしみじゃの」
俺は桜火から受け取った木刀を左の腰に当てた。剣を鞘に納めているような姿だ。右足を前に出し腰を落とした。
「あの構えは氷剣を砕いた···。ちょっと待て、一体あれは何なんだ!」
「氷帝よ! 絶対に動くでないぞ! 動いたら首が飛ぶからな!」
「うわぁ。焔お姉ちゃん、あれを動くなって無理じゃない?」
「これが若様のお力なのですね」
『ま、待て待て待て待て! 誰かこいつを止めろ! 何をする気だ!』
「「「無理ー」」」
氷帝の必死な念話も既に俺には届いていない。それだけ集中していた。刹那。
「チンッ!!」
その剣筋は誰にもとらえることが出来なかった。腰にあった木刀はいつの間にか、右腕と一緒に右上に伸びていた。「ゴトッ」っと神器が地面に落ちた。
「···あれ? 氷帝様?」
「まずいな、魔力が枯渇しておる。多分逃げようとして、残りの魔力を全力で使おうとしたのだろ」
焔は自分の魔力を分けると共に、治癒魔法で狐月から受けたダメージを回復させた。
「本当にあんな棒きれで神器を破壊してしまったのか? 彼はいったい何者なのだ···」
「ふふん。光月流道場師範、レンコウヅキ。それで私の自慢のお兄ちゃん」
「コウヅキリュウ···どこかで聞いたような気が···」
「ま、ママ···」
「ワラワは貴様のママではないぞ」
「うお! 炎帝!? なぜここに?」
意識を取り戻した氷帝は混乱しているようだった。何といっても焔をママ呼ばわりした時にはみんなで大笑いした。焔と氷帝はその後も二人で言い合いをしていた。イーファはそれを見て少し安心した表情になった。やっぱり来てよかった。
「レン。今回は本当に助かった。感謝する」
「気にしないでください。特に大したことしていませんので」
「あれを大したことないとはな···。それでも俺は礼を言いたい。俺は親を知らない。友と呼べる者もいない。俺は···、氷帝に育ててもらったんだ」
「そうなんですか!?」
俺達は少し驚いていた。焔が子供育てるのと同じことだと思ったからだ。イーファは少しだけ自分のことを話してくれた。