氷剣の使い手
「落神は始まりの世界を終わらせたきっかけを作った人間じゃ」
「人間? 神様とかじゃないの?」
焔の話だと、落神は四帝を創った神たちが能力を与えた人間だという。その力は四帝に匹敵するものだったらしい。最初の争いはたった二人の落神から始まった。落神によって争いが生まれるようになり、それまで四帝が守っていた均衡が崩され、人による侵略が起きてしまったのだ。
この世界の魔法の起源も落神だった。神は始めの二人以降も何人かの落神をこの世界に産み落とした。それを知っているのは四帝だけで、『神から産み落とされた人』で落神と言うようになったらしい。つまり落神と呼ぶのは四帝だけだった。
「おぬしらの認識では勇者や魔王と言ったほうが分かりやすいかもしれんの」
(やっぱりいたんだ勇者と魔王! さすが異世界!)
「ワラワが知っているだけで落神は5人存在した。その力は現在でも継承されている。生まれながらに有しているものもおれば、突然その力に目覚めるやつもおったの。ちなみに先代のエルミナ国王も落神の力を有しておったわ」
「先代ってことはテスタのおじいちゃん? っていうか焔は先代の国王と知り合いだったの?」
「まあ、訳あってやつとは気があっての、しかもやつの有する能力がワラワと同じだったんじゃよ」
先代の国王は世界の平和を取り戻そうと落神の力を使い、争いを無くそうとしていた。そして、もう一度四帝にこの世界の平和を守ってもらうために焔に接触したようだ。その考えは焔も同じで、二人はしばらくの間協力関係にあったらしい。
しかし、焔が神器で縛られた頃から、先代国王と連絡がつかなくなった。その後俺が神器を破壊して自由になってから、先代国王が志半ばでこの世を去っていたことを知ったみたいだ。
「とにかくあいつは氷帝とは別者じゃ、用心したほうがよい」
「じゃ、俺と焔で話に行こうか」
「お兄ちゃん!」「若様!」
桜火と狐月が何を言ってるんだと言わんばかりの顔で声を荒げた。これは言っても聞かないだろう。あきらめよう。俺達は落神と思われる人物のところに向かった。当然のように二人もついて来た。
落神は青い髪をした男だった。表情に冷たさを感じる。見た目は普通の人間だった。この男が世界を変えるほどの力があるようには思えなかった。
「炎帝を呼べと言ったはずだが」
見た目どおり、冷徹な声をしていた。
「炎帝に何用じゃ。落神風情が偉そうにするでない」
(おいおい。言い方)
「その呼び方はやめろ。それはお前たちが勝手に呼んでいるだけだ。二度目はない。もう一度言った殺すぞ···炎帝」
落神という一言で焔が炎帝だということに気づいたようだ。やはり彼は氷帝ではなかったようだ。とにかく落神と呼ばれるのをかなり不快に思っているらしい。顔を見れば分かる。
「うちの者が失礼をしました。僕はレンと言います。あの···氷帝様は···?」
「俺は氷帝の代わりにここに来た。名はイーファ・クレイラットという。イーファでいい」
「それで、炎帝様に用があるとの事でしたがどういったことでしょうか?」
「炎帝。なぜ縄張りの管理をしない。なぜ人の勝手を許している」
どうやら炎帝が自由に行動しているせいで縄張りの管理が出来ていなかった。炎帝の森は、魔物さえどうにかできれば誰でも行き来できるようになっている。人の行き来は前からあったが、問題は賊などの悪事をはたらく者までが、自由に侵入してきていることだった。
「これを見ろ」
イーファは手に持っていた荷物をこちらに放った。地面に転がった衝撃で、包まれていた布がほどけてそれがあらわになった。
「最近こっちで人を拐っている賊の一人だ。先日もこいつらにドワーフの村が一つ犠牲になった」
ベレン達の村のことだ。確か村を襲った実行部隊がいたとかなんとか言っていた気がする。そのうちの一人がこれということか。
「炎帝。なぜ森を管理しない。役目を忘れたか」
「役目? 何を知ったようなことをこの落神が!」
「二度目はないと言ったはずだ」
イーファの雰囲気が一気に変わった。焔もいつも以上に交戦的だった。
「みんな気をつけてね。何か来るよ」
そう言った瞬間、足元から尖った氷が突き出てきた。俺は後方に飛んで躱した。他のみんなも無事に躱せたようだ。
「ほう、あれを全員躱すか」
イーファが手を前にかざすと、無数の氷の矢が次々に飛んできた。イーファは氷を自由に扱っていた。これが落神の能力なのだろう。速さと量が異常だった。最初は全員が標的にされていたが、散り散りになっていたから、標的が焔に絞られた。
「死ね」
イーファがそう口にした瞬間、焔のいた周辺一体に氷の柱が出現した。範囲が広く躱し切れなった可能性が高い。あの氷の柱に閉じ込められたら間違いなく死ぬだろう。俺なら。
「炎帝とはこんなものか···」
そんな訳ない。焔は適正は炎だ。氷とは相性がいいはず。案の定、焔がいたところの氷が爆発し、一帯の氷が焔の炎により一気に溶かされていった。
今度は焔の番だった。丸腰の相手に刀を抜いて突っ込んでいった。イーファはすかさず自分の目の前に氷の壁を創り出した。
しかし焔には『烈火』があった。次々と氷の壁を展開していくが、あっという間に距離を詰めていく。ついに焔が相手の間合いに入った。
そのまま焔の烈火が決まると思っていたが、丸腰だったイーファの手にはいつの間にか剣が握られていた。その剣で烈火を受けるも、漢字が刻まれている刀の前では無力だった。イーファの剣ごと胴体が真っ二つに斬られた。
「おかしな武器を使っているな。切れ味も異常だ」
胴体を斬られたはずのイーファが焔の後ろに立っていた。焔が斬った方の体が氷に変わり溶けていった。自分の形をした氷を身代わりに入れ替わったのだろう。
イーファの目の色が変わっていた。何も握っていない手に氷の剣が伸びていった。先ほど握っていた物よりも、より冷気がこもっていた。
焔の背後を取っていたイーファだったが、桜火と狐月に間合いを詰められていた。焔も気配を感じ取っていたのか、振り向き様に刀を振り上げていた。しかし、三人とも直前で攻撃の手を止めた。イーファも同様に焔に向けていた攻撃を止めていた。そして全員が俺を見ている。
「あのー。そろそろ本題に入りたいのですがいいですか?」
俺は少しだけ森で溜まっていたストレスを皆に向けて発散していた。