落神
セリナの表情からよっぽど重要な話のようだったので、孤児院の寺子屋の場所を借りて、全員を集めた。
「亜大陸に調査に行っていた月光からの連絡で、亜大陸側から珍しい客人が炎帝の森近くまで来ているそうです」
亜大陸とは亜人が多く暮らしている地域である。そこからの客人となるとやはり亜人なのだろうか。セリナ達も元々は亜大陸からやってきている。
「セリナ、お主ならだいたい見当はついておるのだろう? もったいぶらずに言うてみぃ」
焔も何か知ってそうだが、セリナに話をさせるつもりだろう。実際、月光として情報収集を行っているのだから、セリナの方が正確な情報を伝えくれそうだ。
「氷帝様です」
氷帝とはこの世界の四帝の一角だ。本来四帝はお互いの縄張りを越えて来ることはない。氷帝の縄張りは主に亜大陸全土だ。その氷帝が今、炎帝の森に近づいているという。
「それで? 奴はなんと言っとる? どうせすでに接触しておるのだろう?」
月光の中にも亜大陸出身者がいる為、氷帝に接触が出来たのだろう。
「それが、「炎帝を呼べ、さもないと森を消すことになるぞ」とそれだけを···」
なんと物騒な。炎帝の森を消すっていうけどめちゃくちゃ広いからね。それを消せるほどの力があるということなのか。そもそもなんでそんな攻撃的なのだろうか。どちらにしてもこのまま放っておく訳にはいかないことは確かだ。
「とりあえず一度会ってみようか氷帝様に。攻撃的なのは気になるけど、本当に何か用があるだけかもしれないし」
「ワラワもそこが引っかかっておる。奴はあまり争いは好かんほうでな。そんなこと言うように思えんのじゃ。···セリナ、氷帝はどんな姿をしておった?」
「接触した者の話だと人の姿をしていたと言ってましたが···」
「おかしいな···」
焔の話によると、四帝は人の姿にもなれるが長時間保つことは出来ないらしい。炎帝の森までやってくるとなると、必ず本体で現れるとのことだった。
『そんなこと言ったって焔はずっとその姿じゃん』
『ワラワは良いのじゃ。特別だから。フッフッフ』
一応本人は炎帝という事を隠しているつもりなので念話で会話した。
しかし焔の話が本当なら、その人の姿をした氷帝とはいったいどういう事なのだろう。とにかく事態は急を要していたので、すぐにでも炎帝の森へ向かうことにしよう。
「今回は急ぐから、俺、焔、桜火、狐月の四人で向かおう。他のメンバーは拠点をお願いね。ルカ、皆を頼んだよ。ポルンとはちゃんと連絡を取っておいてね」
「はい! あ、でもポルンとはどうやって···」
「そっか、ポルンには月光がついていたけど孤児院にはつけてなかったね」
俺はまさかとは思うが、奴がいるんじゃないかと思って呼んでみた。
「トゥカ!」
「はいにゃ若様!」
(うわぁ···本当にいた)
「トゥカ、俺達が戻るまで孤児院にいてくれる? 定期的に王城の月光と連絡を取ってルカとポルンを手伝って欲しいんだ」
「はいにゃ!」
「あと、気配は消してもいいけど、ルカが呼んだらちゃんと出てくるんだよ」
俺でもいるかどうか分からないのだから、ルカに分かるわけがない。本当に恐ろしい子だ。
各自に役割を振って、緊急家族会議を終わりにした。俺達は早々に王都を出発し、炎帝の森に向かった。今回は光月村を通過し、直接氷帝がいるとされる亜大陸を目指すことになった。
炎帝の森に入ると、すぐに魔物が襲ってくる。しかし、急いでいるため全部を相手しているわけにはいかなかった。焔には止められたが久しぶりに俺も参加することにした。
「レン。分かっておるとは思うが、気は練り込むなよ」
「分かったってば! 何回言うんだよ!」
俺をどこぞの暴れん坊と一緒にしないでもらいたい。これでも気の扱いには自信がある。むしろそれが本職だからね。ただ、威力の加減はいまいち掴めていない。一度、焔に付いた神器を破壊しようと思った時、かなり集中した事があったが、焔に全力で止められたきがする。焔からはばかみたいな魔力を練り込んでいたように見えたらしい。それ以来、気を集中しようとする度に焔に止められるのだ。仕方がないから、基本の動作のみで魔物を片付けていくことにした。
ベレンが造ってくれた日本刀だ。久しぶりに抜いた。俺のはまだ漢字は刻まれていない。注文した漢字を入れようとすると、どうしても割れてしまうのだ。今俺が使っている刀は、漢字は使われていないが、ベレンが「力作だ」と言って持たせてくれたのだ。
俺はシオンに乗りながら、向かってくる魔物を斬っていった。
「うわ、何これ」
サーベルとは明らかに違う切れ味だった。そもそも斬った感覚がない。調子に乗ってしまいそうだ。俺は心のなかで斬鉄剣と呼ばせてもらうことにした。
俺が刀の切れ味に感動していると、後ろで何やら騒いでいた。気がつくと皆俺から距離を取っていた。
『なんでそんなに後ろにいるの?』
『周りをよう見てみぃ。レンの剣圧で周りの木も一緒に倒れておるわ。近くいたらワラワ達まで斬られてしまうわ』
(うわーほんとだ···)
どうやら斬撃が飛んでいたらしく、刀の軌道上にあった木々が切り倒されていたのだ。俺はてっきり焔がやり過ぎているもんだとばかり思っていた。しかし、犯人は俺だった。
俺は刀を鞘に納め、後方に下がった。
「あとはワラワ達に任せてじっとしておれ」
「お兄ちゃん、あとは任せて」
焔と桜火が先頭に変わった。俺は少々落ち込みながら後方に移った。
「若様とても素晴らしいお姿でしたよ」
「うん。ありがとう」
狐月に慰められながら俺は後をついて行った。まさか焔達より自重が出来ていなかったとは。俺はしばらく大人しくしようと心に決めた。
やはり炎帝の森の端まで行くのには時間がかかった。途中で野営を行い、数日かけてようやく目的地付近まできた。
森を抜ける前に待機していた月光と合流した。
「若様、ご苦労様です」
「えーっと、確かマリカだったよね? 待たせてごめんね」
「いえ、遠くまで足を運ばせてしまい申し訳ございません。先ほど森の前に氷帝様が現れて、現在ナバル隊が見張っております」
マリカはマリルのお姉ちゃんだ。マリルをスイブルで助けてから、俺の力になりたいと月光に志願してくれたのだ。
今回、氷帝と接触してくれたのも彼女だ。氷帝はすでに森の手前で待機しているとのことだった。氷帝相手によく待たせることができたものだと感心してしまう。
「焔、氷帝って話が通じる相手なの?」
「ああ、ワラワ達の中では一番大人しいやつじゃ。だからこそ今回の行動は不可解でしかたがない」
森を抜けるとナバル隊が展開していた。その向かいには氷帝と思われる人が立っていた。
「ナバルさん、お久しぶりです。お待たせしちゃってごめんなさい」
「若。わざわざありがとうございます」
「様子はどう?」
「我々も先ほど着いたのですが···」
ナバルの反応が今一つはっきりしなかった。その答えはすぐに分かった。
「あれは氷帝ではない」
「え?」
「ちと面倒なことになりそうだぞ、多分やつは落神じゃ」
「落神?」
初耳だった。この世界には神様でも存在するのだろうか。他の皆も知らないみたいだった。
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