バルバロス男爵
「いらっしゃいませー。最後尾はこちらになります」
孤児院の子供達が頑張って売り子をしてくれている。事前の宣伝の甲斐もあって、多くのお客が足を運んでくれていた。
俺達は商業ギルドに登録したあとすぐに、光月村からドワーフ達を呼んだ。孤児院の修繕と広い空き地に、商売用の店舗を造ってもらうためだ。
ロイドを筆頭に建築専門のドワーフ達が王都に入ろうとした時、さすがに門で止められた。ドワーフは亜人の中でも最も珍しいとされていたからだ。ロイドが光月旅団の腕章を見せても信じてくれなかったのだ。
セリナが門のところでロイド達がもめてると教えてくれ、俺は焔にレオンを貸してもらい、門まで急いで迎えに行ってようやく入国できたのだ。
ロイド達の仕事が速いおかげで、今日こうやって『GOGO一番亭』がオープンできたのだ。客入りも上々だ。
「レンくん。出店おめでとう」
「パナメラさん。わざわざ来てくれたんですね。ありがとうございます」
「プリメラに聞いてたからね。それに私もカレーライス食べてみたかったし」
実はカレーライスは既に王都中で有名になっていたのだ。以前から俺達が住んでいる宿で頻繁にカレーライスを作っていたら、近所でカレーの匂いが騒ぎになってしまっていた。おまけに桜火の祝勝会で、宿の一般客にも振る舞ったこともあり、噂が爆発的に広がっていったのだ。
「今販売しているのは持ち帰り専用だけなので、パナメラさんは孤児院の中で食べてってくださいよ」
「え? 本当? じゃあお言葉に甘えて中で食べさせもらおうかな」
パナメラは俺の案内で孤児院の中に入った。
「···なに、···これ」
パナメラはロイド達によって生まれ変わった孤児院をみて驚いていた。
元の孤児院では、ボロボロのテーブルと椅子が並んでいるだけだった。今では現世のファミレスをイメージした作りになっている。壁には夜でも明かるくなるように綺麗な燭台もつけてもらった。燭台は魔石で明かりがつくようになっている。
「これも商売の為に?」
「いいえ、これはここに住む子供達と、僕らも拠点として使うために造っただけです」
「···もったいない」
確かに、言われてみるとそう思えてきた。しかし、ロイドに「今後の拠点にしたい」と言ったら、めちゃくちゃはりきって造ってくれたのだ。見せられないのが悲しいが、居住スペースも中々素晴らしいものになっていた。
「レンくん、確認なんだけど、ここってバルバロス男爵の管理している建物って聞いているけどこんなにしちゃって平気なの?」
「平気平気。だって子供達にとっては最高の環境じゃないですか。それにバルバロス男爵は一銀貨も出していませんから文句の言いようがないですよ」
パナメラは最後まで心配してくれていたが、初めてのカレーライスを口にして全てを忘れたようだ。それから一切バルバロスの話題は出なかった。さすが魅惑の料理。
カレーライスの販売は順調だった。一日の販売数は子供達だけでさばける量に設定してある。夕方になる前には、用意していたカレーが無くなってしまった。
「レンさん見てください。売り上げがこんなに」
「どれどれ? みんな頑張ってたからねー」
売上は小金貨20枚分だった。小金貨1枚でい1万円ぐらいだから相当なもんだ。
「これはすごいですね。正直言って驚いています」
声をかけてきたのはプリメラだった。初日ということもあって、商業ギルドからわざわざ見に来てくれたのだ。その手には今さっき買ったばかりのカレーライスを持っていた。プリメラいわく、そこらの飲食店よりよっぽど売上があるとのことだった。
「課題はありますけど、商品、金額ともに申し分ないです。むしろもっと高くても十分売れるでしょう。あとは···。まあレン様なら大丈夫でしょう。私はこれで失礼いたします。明日からも頑張ってください」
「うん。プリメラさんもありがとう。またギルドに顔を出しますね」
プリメラが言っていた課題は計算の事だろう。お金のやり取りで計算が出来ないと、お金が合わなくなってしまうからだ。一応はこれに関しても対策を打っている最中だ。
とにかく数日様子を見ていこう。
***
オープンしてから数日が経った。お客の数は減ることなく、毎日完売していた。
課題だった計算に関してはメルに一任することになった。お店の準備期間中に孤児院では寺子屋道場が開かれていた。簡単に言うと俺が勉強を教えてるだけだ。
これには孤児院の子供達だけではなく、光月旅団員も参加していた。みんな読み書きや計算を覚えたかったみたいだ。
メルは自分で素材を集めて売っていただけあって理解が早かった。店の管理を任せる為に個別に帳簿の付け方も教えていた。
今では販売数と売上金がぴったり合うようになっていた。これで店の運営は子供達だけでも大丈夫であろう。あとは大人の問題を片付けるだけだ。
「若様。そろそろ来る頃です」
「ありがとう。セリナさん」
今日は孤児院にバルバロスが来ることになっている。別に向こうから連絡があったわけではない。この数日間セリナには、バルバロスの内偵を頼んでいた。その内偵により、今日の夕方部下を引き連れてここに来ることになっていたのだ。
「お兄ちゃん、バルバロス男爵が来たらどうするの?」
「やっぱり悪党は成敗じゃろ、なぁレン?」
「若様。私にお任せください。全員に地獄をお見せしましょう」
「待て待て待て待て、お待ちなさい。地獄を見るのは間違いないけど暴力はダメよ」
「「「えー」」」
(なんなのお前ら)
桜火と焔は分かるが、最近狐月まで影響されているような気がする。きっとベレンからもらった、鉄扇が使いたくてしょうがないのだろう。
「とにかく、何もしないように。そんなことしなくても勝手に地獄に落ちるから」
桜火達をなだめていたら、話題の張本人が現れた。
「俺はここの管理をしているバルバロスという者だ。この店をやってる責任者は誰だ」
最初から威圧的な態度だった。
「『GOGO一番亭』の責任者は私ですが何かご用でしょうか? 残念ながら今日の分は全て売り切れてしまいまして」
「買いに来たわけではない。誰の許可を取って営業をしている」
「ちゃんと商業ギルドには登録していますが···。何か問題でも?」
「貴様。ワシが王国からここを任されていると知っていてやっているのか?商業ギルドに登録しようがワシの許可が無ければ何も出来んのだよ」
「それ、いつの話をしているんですか?」
「何を言ってる!」
「あなたが孤児院を任されているって話ですよ」
「そんなのここが建ってからずっとに決まっているだろうが!」
俺の態度が気に入らなかったらしくバルバロスは声を荒げた。そしてバルバロスの部下にも動きがあった。
「貴様、バルバロス男爵に向かってその口の利き方はなんだ?」
バルバロスの部下は剣を抜いて刃先を俺に向けた。いつもなら、三人娘が一瞬で沈めてしまうのだが今日は大人しくしている。事前に今日は何があっても手を出すなと言ってあったからだ。
(偉いぞ三人とも)
と思っていたら、どこから石が飛んできて、バルバロスの部下の頭に直撃した。間違いなくセリナだろう。俺としたことがセリナに伝えるのを忘れていた。
(おいおい三人とも石を拾うんじゃありません)
「失礼。邪魔が入りましたが話を続けます。先ほどからあなたは自分がここの管理者だと言っていますが、今孤児院の管理者はあなたじゃないんですよ」
「どういう意味だ!」
「そのまんまの意味です。既に孤児院の管理者はあなたから別の人に権利が移っていますので。これがその証拠です」
俺はこの日の為に準備していた切り札を出した。
「ば、売買契約書!?」
「そう。孤児院はもう俺達光月旅団が買い取ったからあなたにどうこう言われる筋合いはないってこと」
ここからバルバロスの地獄が始まった。