レオ心を折る
テスタの爆弾発言を告げられ、俺もとんでもないことを口にしていた。
「もしかして···俺?」
みんなも話を聞いてそう思っているだろう、俺が拐われた次期がほとんど一緒で、俺はその前の記憶がない。ひょっとして俺ってば王子なのか。
「違います」
(ですよねー)
即答だった。皆も少しがっかりしている。
「なぜレンさんがそう思われるのか分かりませんが。兄は私と同じ髪の色をしています。それに話し方や雰囲気がもっと知的でした」
(言い方!)
これに焔が反応し、一人だけ爆笑していた。それに対し桜火と狐月が今にも、一国の王女に殴りかかりそうになっていた。
俺は二人をなだめ、テスタに、同時期に俺自身も賊に拐われていたことを伝えた。そして、今も拐われた同族を探すために動いていることも話した。
「もしかしたら、レンさん達が追っている賊と、兄を拐った賊は同じかもしれませんね。それならば私も微力ながら協力させて頂きます。これから何かあれば私を頼ってください」
なんとも心強い味方が出来た。これでエルミナ王国での活動はかなりやりやすくなったに違いない。
その後は、これからの視察について話しあった。しばらくはこの村に滞在し、何か学べるものがないか探したいとのことだった。レオは一番に道場を見学させて下さいとテスタにおねがいをしていた。来る途中での桜火達の強さを見て、道場に秘密があると考えているようだ。
今日は光月村初の来客に対し、広場で大宴会が用意されるらしい。既にローラとシャルティアが準備を始めていた。
とりあえず夜まで時間があったので、レオが一番気になっている道場の見学に行くことにした。
道場に顔を出すと大勢の大人と子供が稽古をしていた。俺達に気づいたギルティがすぐに飛んできた。
「お久しぶりです。若」
「お疲れ様です。ギルティさん。調子はどう?」
「日々基本の型の稽古と、基礎体力の稽古が中心ですね。特別稽古に関しては何人か選抜して、毎日稽古後に実施しています」
ギルティは特別稽古の戦績表を渡して来た。選抜は大人と子供合わせて、二十人ぐらいだった。中でも飛びぬけた成績を出していたのがギルティの息子バッツであった。
「バッツは物足りないんじゃない?」
「そうですね。成長が速く、俺やナバルでも力不足で···」
特別稽古ではナバルやギルティでもバッツには勝てないそうだ。一体どれだけ稽古を重ねているのだろう。その時レオが我慢できずに聞いてきた。
「レン殿、特別稽古とはいったい何ですか? 今彼らがやっているものとは違うのですか?」
なぜか小声で聞いてくるレオ。ギルティに言って、稽古を中断してもらい、特別稽古に切り替えてもらった。選抜されていない門弟達も学ぶために見学するみたいだ。
特別稽古の手本役は、ナバルの部下のペルルと、息子のシンバルだった。
「シンバルも選抜されたんだね」
「桜火にこてんぱんにされてましたからね。かなり頑張っていましたよ」
二人の準備が終わり、ギルティが「始め!」と合図を出した。
俺達には見慣れた光景だが、レオは何をしているのかさっぱり分からないようだった。
「レン殿、あれでどうやって立ち合うのですか?」
「まあ、見ててください」
初めて特別稽古を見た人はみんな同じ反応だった。目隠しをしながらの立ち合いが続き、今回の勝者は受けて側のシンバルだった。
隣を見るとレオはまだ理解できていない。実戦に勝るものはない。
「レオさん。見ただけじゃ多分分からないと思うから実際やってみます?」
「私ですか? 目隠しをした立ち合いなんてやったことありませんよ」
「だからですよ。それに今回レオさんは目隠しをしなくて大丈夫です。普通に立ち合って下さい」
そう言って俺は戦績表の一番順位が低い子を立ち合いの相手に選んだ。その子はターラという名で、炎帝の民の子供だ。ポルン達より少し若い。
ターラは目隠しをして、準備を終わらせていた。レオは困惑したままターラと対峙する。
「レオさんは、開始の合図でターラに攻撃を仕掛けて下さい。ターラに一回でも攻撃を与えられたらレオさんの勝ちです」
「本当にいいのですか?」
「いいですよ。当てられるなら」
これにはレオも頭に来たらしい。護衛騎士団長としての立場もある。レオは真剣に特別稽古専用の武器を構えた。
これは模範試合だ。ターラには1分間攻撃を躱して、最後に反撃の許可を出してある。
ギルティが開始の合図を出した。
「始め!」
ターラにとってはサービスタイムだろう。試合前に頭に血が上っているせいで、攻撃に感情が伝わってしまっている。残り40秒。
レオの感情は怒りから動揺、そして焦りへと変わっていった。そしてその感情も全て動きに現れてしまっていた。残り20秒。
「レオ! 何を遊んでいるのです!」
テスタの檄が飛んだ。レオが深呼吸をして、ターラが手を抜いて戦える相手じゃないと認識を改めた。攻撃の質が上がっていく。残り10秒。
しかし、レオの攻撃はあとわずかのところで、ターラに躱されてしまう。レオは大きく上段に構え、ターラをめがけて振り下ろした。素晴らしい攻撃だったがタイムアップだ。
最後の攻撃も簡単に躱されてしまい、反撃に転じたターラは、下からレオの手首を切り上げた。レオは手首を打たれ、武器を飛ばされてしまった。
「勝者ターラ!」
ギルティの声が道場に響いた。
「これはいったい···」
テスタは驚きを隠せていなかった。
「簡単なことです。僕らと皆さんでは戦い方が根本的に違うんですよ。テスタさん、一度目をつぶって頂けますか?」
「···はい」
素直に目をつぶるテスタ。俺はテスタに対して軽く殺気を込める。テスタの体が「ビクッ」と反応した。
「もう目を開けて大丈夫ですよ。何か感じました?」
「はい。何かは分かりませんが、ざわざわっと嫌なものを感じました」
「テスタさんが感じたのは僕の気配です。目隠しをしたターラは、レオさんからわずかに出てる気配を感じて攻撃を躱してるんです」
「そんなこと可能なんですか?」
「普通じゃ無理ですね。だからできるように稽古を続けるんです」
道場の中央ではレオが膝をついて心を折られてしまっていた。そこにナバルとギルティが寄り添って涙を流しながら「うん、うん、分かるぞ」的な感じでうなずいていた。何か通ずるものがあるのだろう。ナバルとギルティは以前俺に心を折られている。
テスタはそれを見て、何かを決めた顔つきになった。
「レンさん。お願いがあります」
「何でしょう?」
「レオを預かって頂けないでしょうか」
「え?」
レオを預かる? 護衛騎士団長をそんなに簡単に送り出して良いのだろうか。俺は別に構いませんが護衛はどうなさるおつもりで? 確認したいことが山ほどあった。
「お気持ちは分かりますが、レオさんの気持ちもありますし···」
「あれで心を折られているようじゃ、始まりの世界を目指す者の護衛騎士は務まりません」
テスタの気持ちは固まっている。そこまで言うならしょうがない。ナバルとギルティには地獄の稽古第二幕に付き合ってもらうしかないな。
とりあえず、レオを引き受けることを了承し、詳しい話は後日することにした。ナバルとギルティを呼んで、そのことを伝えると二人とも死ぬほど嫌な顔をした。
その晩、大宴会は大いに盛り上がった。ローラが覚えた現世の料理が大人気である。村の料理人も手伝っていたので、今後村では現世の料理が広まっていくことだろう。
ナバル、ギルティ、レオの三人は酒を飲んで酔っ払っていた。三人とも泣きながら語り合っている。テスタのところには人が集まっていた。さすが王女といったところか、いつの間にか人が集まって、みんなテスタの話に耳を傾けていた。
みんなが楽しんでいる時に俺は道場にいた。秘密の稽古の為にある人物を呼んでいたのだ。みんなにばれないように抜け出したつもりだったが、狐月だけはずっと後をついてきていたので連れて行くことにした。
特別稽古もそろそろ次の段階に行かなければならない。特別稽古は気配を操るのがうまいものとやれば上達もはやい。しかし、焔や桜火などは俺以外ではもう稽古にならないと言い始めていたのだ。
それをどうにかするため、俺はある人物に秘密の稽古を手伝ってもらうことにした。今日の夜は長くなりそうだ。
翌日、俺の顔は何十回も攻撃を受けたせいで、顔がパンパンになっていた。
「お兄ちゃん、その顔どうしたの!?」
「レンが痣をつくっとるなんてめずらしいのぉ」
「ふん。お前らも笑ってられないぞ。今俺は秘密の稽古をやっているんだけど、昨日は相手の攻撃を一度も躱せなかったんだよ」
「なに!?」「え!?」
焔と桜火は即座に反応した。それがどういう事か分かっているからだ。焔と桜火は特別稽古で一度も俺に攻撃を与えた事がなかったからだ。
「ちなみに、狐月がためしにやってみたんだけど···」
「「それで?」」
「狐月の顔を見てみなよ」
狐月は俺と違っていつも通り綺麗な顔をしていた。つまり狐月は俺が躱せなかった攻撃を全て躱してしまっていたのだ。
「お兄ちゃん私もやりたい!」
「待てずるいぞ桜火。わらわが先じゃ!」
「だめだ。やりたければ俺を倒してからにしろ」
秘密の特訓がちゃんと効果があるか検証したい。焔と桜火は文句を言っていたが無視して放っておいた。
次の日、焔と桜火は俺と同じように顔をパンパンにして現れたのであった。どうやら俺の後をくっついて来て、誰と秘密の稽古をしていたのかわかって、挑戦してみたのだろう。
ポルンに「どうしたの二人とも?」と聞かれ「別に」と声をそろえて応えていた。そりゃ誰にやられたか言えないよな。
そう、この秘密の稽古の相手はあのトゥカだったのだ。