テスタ森に入る
王都の外に冒険者パーティの『コウゲツ』とエルミナ王国の王女テスタ、その護衛騎士のレオが集まっていた。
「あの、レンさん、それはいったい···」
「ああ、この子達は僕達が使役しているフェンリルです。ちゃんとギルドに登録していますのであんしんしてください」
「ふぇ、フェンリルですか!?」
テスタはフェンリルを見たのは初めてだった。珍しい上に使役しているなんて話は聞いたことがないらしい。焔の眷属というのは内緒にしておこう。
今回はシオンとレオンの他に三匹のフェンリルが同行する。俺と焔がシオンとレオンにそれぞれ乗り、他の三匹には桜火達が乗った。馬車の御者にはローラがついた。狐月とシャルティアは荷台に乗っている。
先頭には桜火、次にポルンとルカが配置された。テスタ、レオ、馬車をはさみ、後方は俺と焔がついて行く。
森に入ると早々に魔物との戦闘が始まった。
「ね、ねぇレオ。あの人達、簡単に魔物を倒しているけど、魔物ってそんなに強くないものなの」
「とんでもないです。今戦ってるキラーファングなんて、大隊長クラスでも単騎じゃ戦えませんよ」
「で、でも先頭の女の子、まるで子犬を倒すようにやっつけてるわよ」
正面から来る魔物は全て桜火が対処していた。当然取りこぼしはない。横からの攻撃に備えポルンとルカは手出しはしなかった。
そんな時ポルンがいた方の森からいつものあいつがやってきた。ブラックホーンくんだ。
「ぶ、ブラックホーンだと! 姫様は危険です! おさがり下さい!」
レオはテスラの前に立ち、ポルンに加勢しようとしていた。しかし、既にブラックホーンの首が切り落とされていた。
「そ、そんな、ばかな···」
レオはもう何が何だか分からなくなってきていた。どの魔物も森から王都側に現れれば、小隊もしくは大隊で倒すような魔物ばかりだった。
「レオさん安心してください。これくらいの魔物であれば桜火達だけで十分対処できますから」
「いや、レン殿···、そうは言いますが···、あの強さは異常ですよ」
「ははは、確かにそうかもしれませんね」
俺はレオさんの心配をよそに、桜火達が倒した魔物の素材を回収していく。
「狐月ー少し手伝ってくれるー?」
「はい若様」
狐月は馬車から降りてレンの手伝いを始めた。そんな時、森からキラーファングが狐月に向かって襲いかかって来た。レオが「危ない」と叫ぶ。
キラーファングに噛まれればたちまち毒が回り死に至る。しかし、狐月はキラーファングの攻撃をひょいひょい躱していた。
「若様、この子どうしたら良いですか?」
狐月はまだ武器を持っていない。俺は手ごろな木の棒を拾って、狐月に投げて渡した。
「正面から来た時に避けて、首の部分に打ち込める?」
「はい、やってみます」
狐月はなおも躱し続けている。俺に言われた通り正面からの攻撃を待っていた。それよりも、狐月の躱す姿は何というかあでやかだ。キラーファングと戯れる芸者に見えてしまう。
そんなことを思っていたら、正面からの攻撃が来た。狐月は言われた通りに避けてから首元をきちんと狙って木の棒を振り下ろした。「ボぐッ!」
何やら鈍い音がした。キラーファングは突っ込んだまま頭から沈んでいった。狐月が持っていた木の棒は、持っていたところから先が無くなっていた。
(あれれー、結構固いやつを渡したはずなんですけどー。)
「やりましたわー! 若様ー!」
「お、おおすごいすごい!」
狐月は初の魔物を討伐したことに喜びを隠せなかった。
「う、嘘だ···、ありえない」
レオは自分の目を疑っていた。見た目は全く戦闘に向いていないおっとりとした子が、キラーファングの攻撃を躱し続けたと思ったら一撃で倒してしまったのだから。
「レオ、もう認めなさい。この方達は既に私達の認識の遥か上にいます。今私たちに出来ることは、ここから何を学ぶかのようです」
「くっ···。確かに···」
その後は、淡々と目的地に進んでいった。
村の近くまで来ると、狼に乗ったセリナ達が村の方から迎えにやってきた。
「若様。お迎えに参りました。村までの道にはもう魔物はいませんので、気にせずお進みください」
「ありがとう。セリナさん。それから···」
俺がテスタのことを説明しようと思ったら「トゥカから聞いております」と言って皆の案内を始めてくれた。恐ろしい情報収集力だ。トゥカは一体どこにいたんだろう。今度からトゥカを見つける稽古を始めよう。俺は真剣に考えることにした。
セリナが迎えに来てからは魔物との戦闘は全く無かった。しばらくして光月村の証である、炎帝の碑石が見えてきた。
「あれが炎帝様の碑石···。本当に来れるなんて」
「テスタさん、この村の村長を紹介します。その後またゆっくりご案内しますよ」
テスタは炎帝の碑石を前に何かを誓うように目を閉じていた。
商店街通りは既に完成していて、住民達が買い物をしてにぎわっていた。そこから進んで噴水広場や、周辺の施設も全て完成していた。
俺達はテスタ達を迎賓館に案内した。
「炎帝の森にこんな建物が···。こんな作り王都でも見たことがありません」
そりゃそうだ。俺の現世のイメージをドワーフ達に伝えて作ってもらったんだから、この世界になくて当然だ。建物の中に入ると、エルグが待っていた。
「ようこそ、光月村へ、エルミナ王国の王女テスタロッサ・エルミナ様」
「突然の来訪にもかかわらず受け入れて下さり感謝します」
簡単な挨拶が終わり、エルグが来賓室に案内してくれた。今回の視察の用向きと、この村のことについての話し合いが始まった。
テスタが知りたがっていた炎帝の事についてはエルグから説明があった。
「炎帝様の消息は、正確に言えば不明としか言えません。ただし、この村以外での炎帝様の加護は無くなったと思ってもらって差し支えはありません」
「そうですか···」
テスタにとっては一番きつい答えが返ってきた。炎帝の加護がなくなったのは確実だからだ。
「テスタロッサ様は、始まりの世界を目指しているとのことですが、これはいい機会なのではないでしょうか」
「それはどういう···」
「始まりの世界では、魔物は自分達で狩ることが当り前の時代でした。四帝様の加護は魔物に対するものよりも侵略や厄災に対するものが一番大きかったと聞きます。世界を正すには四帝様の御意思よりも我々の意思を変えることが一番重要なのだと思います。多分今のこの村にはテスタロッサ様の知りたいことが必ず見つかると思います」
「私に見つけることが出来るでしょうか?」
「テスタロッサ様が始まりの世界を本気で目指すのであれば必ず」
テスタは何かを決めたように顔を引き締め、「感謝します」と言って頭を下げた。
エルミナ王国の抱える炎帝の問題に関して、考えを改める必要がある事が分かっただけでも来た甲斐があったようだ。後は本当の意味で視察を行い、始まりの世界につながる何かを見つけることがここでの課題になった。
しかし、この後俺達は、テスタから衝撃の事実を聞くことになる。