炎帝の森②
三人とも炎帝の殺気に当てられて気絶してしまったのだろう。
セリナは気絶くらいで済むかもしれないが、他の二人は危険かもしれない。あんなに小さな子にこれだけの殺気を放てば、それだけで命を奪うこともありえる。
俺は強者は好きだが、強者が子どもに力を振るうことは何よりも嫌いだ。
おい。炎帝様よ。お前守護神じゃないのかよ。なぜ虫を潰すようにあんな力を振るうことができる。
炎帝がようやく俺を目で捕らえ、今度は俺に殺気を当ててきた。
俺は平然と炎帝に近づく。そしてあることに気づく。碑石の前にある石壇の上に人が横たわっている。
生け贄か何かか。とりあえずあれが先か。
炎帝から石壇に標準を変えると、炎帝が飛び出してきた。
俺は石壇に向かいつつも、炎帝の動きからは一切目を離さなかった。
炎帝が飛び出した勢いで右前足を降り下ろてくる。俺はそれを難なく躱し、一度後ろに下がり炎帝との距離を取る。
そのまま炎帝が攻撃を仕掛けてくると思ったが、石壇の前に立ち塞がるようにし、俺を威嚇する姿勢になった。
何だ?大事な餌を取るなって?いやいや、餌ならとっくに食べてたか。もしかして守ってる?
少し混乱してきた。どちらにしても、石壇の上の人も心配だけど、セリナ達の無事も確認しなければ。炎帝を警戒しつつ、セリナ達のところに駆けつける。
良かった、全員息があるみたいだ。
道はすぐそばだったので、三人を運んだ。その間も炎帝は石壇の前から離れようとはしない。
あとは石壇の人さえ助けられればいいのだが、さすがにあの大きさを相手に勝てる気はしない。しかし、強者に背を向けるなんてことを俺は考えたりしないのだ。
炎帝に向かって真っ直ぐ進む。炎帝は再び俺に殺気を当ててくるが、俺は気にせず突進する。
俺にそれは効かないよ。
炎帝が前足を上げて、天を仰ぎ、口を開けた。その勢いのまま、俺がいた場所に炎を吐き出した。だが、俺はすでにその場にいない。
俺は決して敵対する相手からは目を離さない。相手の動きから全てことが分かるからだ。視線、攻撃の初動、体勢の変化それ以外のことから、どんな行動を取るかが分かるからだ。くると分かれば避けるのは簡単だ。
しかし、今回は相手がでかすぎる。避けるにしても限度がある。さらに広範囲攻撃が続けばいつかは詰んでしまうだろう。つまり短期決戦でしか勝機はない。
炎帝のブレスの直前、一瞬の死角から、俺は炎帝の足元まで移動していた。炎を吐いた炎帝は伏せをしている体勢だ。つまりいくら大きくても喉元に手が届く。
これが最初で最後の一撃になるだろうが、駄目元だ。異世界初の渾身の一撃を放つ。
「バッキンッッ!!!」
え?バッキン?炎帝様は機械ですか?
喉元にまともに入り、炎帝の頭が跳ね上がり、そのまま横にズドンと倒れた。普通の生き物があの位置にまともな攻撃を食らえば、まず立ってはいられないだろう。しかしここは異世界で、相手は神話級の生き物だ。油断は出来ない。
一応様子を見たいがまずは石壇の人の救助を優先することにした。
炎帝を倒した俺は、炎帝が動かない事を確認しなが石壇に向かった。
俺が彼女を抱え碑石から離れようとしたその時、誰かに呼び止められた。
『待て、人間。そやつをどうする気だ』
何だ?聞こえたというよりは直接頭に響く感じだ。辺りを見渡しても何も感じない。横には倒れた炎帝のみだ。
『どこを見てる。こっちじゃ』
よく見ると炎帝と目が合った。気のせいかと思い、目線から離れようと移動してみるとしっかりと追ってくる。ロックオン。
「もしかして炎帝?」
『人間ごときがワラワを炎帝呼ばわりか。お主が喉を潰したせいで念話でしか話せぬ。そやつはワラワの眷属じゃ。置いて行け』
「は?眷属?生け贄とかじゃないの?」
『ワラワは人など食わん。眷属が勝手に生け贄と称してそやつを置いていったたけじゃ』
どうやら今までの敵意はこの子をを守るためだったようだ。でもこんな子供相手に襲いかかることなくない?
話しを聞くと炎帝は眷属の生け贄には手を出してはいないが、それを機とした賊が生け贄を拐っていくようになったらしい。
俺からしたら、それこそ追いかけて懲らしめてやればいいと思ったが、それにも出来ない理由があった。炎帝は神器というものを付けられていて、意識と能力が封じられていたらしい。それでも守護神ゆえに本能で眷属を守ろうとしていたのだろう。
首輪のような神器を付けられている炎帝は碑石に縛られているようでそこから離れることは出来ない。
破壊しようにも、炎帝の魔力を源とした非破壊の結界が組み込まれていて、今まで破壊することは出来なかったようだ。
それが何故か壊れてしまったのだ。どうやら、俺の一撃が入る前に炎帝は気を失ってしまったらしい。そのせいで魔力の供給が一時的に断たれ結界が機能しなくなったのだ。
そこに俺の一撃がたまたま神器に直撃し、神器が壊れて炎帝も意識を取り戻したということだ。
俺もここに来た経緯を説明して、お互いに誤解があったことを理解した。
『お主の連れへの非礼を詫びよう。済まなかった』
「いや、お互い命に別状は無いんだし、誤解もあったんだから仕方がないよ。炎帝様は神器に縛られてたんだから悪くはないでしょ。それに一番重症なのは炎帝様だし。逆にごめん」
『こんな傷は大したことないんじゃが、首に残っている神器の影響で、治癒魔法が使えんのじゃ。悪いがこれをはずしてはもらえぬか?』
「いいけど、治ったからって暴れたりしない?」
『そんなことはせん。今回の件はワラワも助かったと思っておる。力が戻ればお主の役にもたとう』
「わかった」
俺は首に付いた神器を完全に壊すために、先ほどよりも集中して力を貯めた。
『待て待て待て待て!!お主何をしようとしている!!』
「いや、だからもう一度同じようにやれば壊れるかなって」
『あほ!そんなバカみたいな魔力練り上げて撃ち込めば、神器もろとも首まで飛ぶわ!』
「えぇー」
意外にわがままだな。どうするか。刀があれば一番早いんだけど。しょうがない、試してみるか。
「ちょっと待ってて」
俺は森に入り、手頃な木の棒を拾ってきた。先端を石で削り、少しだけ鋭利にしてある。
「炎帝様、絶対に動かないでね。というか動けないんだっけ。なら問題ないか」
『お、おい。そんな棒切れで壊れる訳ないだろ。おい···!?』(な、何だ?これが人が練り上げられる魔力か?)
「······」
レンが木の棒を左の腰に当てた。まるで剣を鞘に納めているような姿だ。右足を前に出し腰を落とした。刹那。
チンッ!
カランッ!
一瞬だった。先ほどまで腰の位置にあった腕が木の棒を掲げるように天に伸びていた。
『な、何じゃ今のは、それにお主、その目···』
「······。お!上手くいった。ん?何か言った?」
炎帝が信じられないものを見てるような目でこちらを見ている。
神器は完全に壊れている。炎帝の元から離れて魔力の供給が完全に断たれたせいか、ただの鉄くずとなった。
「これでいい?もう自分で治せるの?」
『うむ。助かった』
そういうと、炎帝の体のまわりが綺麗な緑色に光っている。これが治癒魔法なのだろう。これぞ異世界。
回復したのか、炎帝はそのまま浮かび上がり、赤白い炎とともに光を帯びていく。
碑石よりも大きかった炎帝がみるみる小さくなり人の姿に変わっていく。髪は白くて長いが毛先の方が赤くて綺麗だ。小さくなっている俺は見上げる形になった。驚くことに炎帝は美しい女性ではないか。そしてさすが四帝と言われるだけあって立ち姿はまさに苛烈だった。
「改めて礼を言う。人間、名はなんと言う」
「俺はれん···。光月怜だ」
「こうづき···変わった名じゃな。だが良い名じゃな。さて、何か礼をしたいと思うんじゃが何が良い?何でも言うてみぃ」
「何か欲しいって訳じゃないんだけど、知りたいことが山ほどある」
「何じゃ?答えられることは全て答えてやろう」
こうして俺はここの世界の住人でないことを明かし、この世界のこと、これからのことについて質問し続けた。