王都の孤児院事情
エルミナ王国剣術大会が終わって数日たった。今日は狐月と二人で稽古を行っていた。
最初に狐月の能力を確認してから、毎日行っている。桜火達の試合を見てからは特別稽古も取り入れていた。
特別稽古をしていた俺は少しだけ違和感を感じていた。
狐月は気配を感じて避けるというよりも、別の何かを感じて避けているような気がするのだ。それが何かは俺には分からなかった。
まだ俊敏さが足りなく、少し攻撃を速めるとたまについて来れなくなって、避けきれずに「痛ッ」っと言って頭を押えていた。
うーんなんとも鍛え甲斐がある門弟だろう。この日から、狐月には個人の課題を与えて、日々の稽古に加えさせた。
今日の稽古は早々に切り上げて二人で帰ることにした。今日はこの後パナメラと会うことになっている。宿で例の特別クエストの依頼主と会う予定があったのだ。
稽古を終えて二人で宿に向かっている途中だった。後ろから突然女の子がぶつかってきた。「ご、ごめんなさい」と言って女の子が走り去って行った。
「あのー、若様。宜しいのですか?」
「え、あ、うん。大丈夫。大丈夫」
「そうですか···」
狐月は訝しんだ顔をしていた。きっと俺が女の子を避けなかったことが気になっていたのだろう。皆俺を何だと思っているのだろう。確かに避けられたけど。
「若様、わたくし欲しいものがあるのですが寄り道していっても宜しいですか?」
「え? いいけど。俺お金持ってきてないけど大丈夫?」
「はい。それは今から取りに向かいますので」
狐月の目が遠くを見ていた。俺の周りにはなんでこうも鋭い女の子が揃っているのだろう。本当に恐ろしい。狐月には既にバレているに違いないと俺は悟った。
俺は黙って狐月に言われるがままに移動を始めた。
商店街を抜けたところの路地に入って行く。そこには先ほどぶつかってきた女の子が大人二人に絡まれていた。
「止めて! 放して! このお金は私のじゃないの! 持ち主に返さないといけないんだから!」
「返すっておめぇ、さっきそれを使おうとしてたじゃねぇか。いいから寄こせよ!」
男は女の子を蹴り飛ばし、その子が持っていた巾着を取り上げた。
「街中でこんな大金を、おめぇみたいなガキが持ってるのがおかしいんだよ。俺がちゃんと預かっててやるからよ」
「それはどうも」
「うぼッ!」
男はうめき声をあげて、手に持っていた巾着を手放した。俺はそれを途中で受け取り、男はそのまま倒れていった。もう一人の男が「ひぇ!」と言って逃げようとした。その先には狐月が立っている。
「そこをどきやがれ!」
男が狐月を突き飛ばそうとした。狐月はさらりと躱し、男が突き出した手首を掴み、その手をひねった。男は勢いのまま回転し地面に叩きつけられていた。全く受け身も取れていなかったせいか白目をむいて気絶していた。
「汚い手で触らないでください」
狐月は倒れた男を汚物でも見るような目で見降ろしていた。そしてその目は、女の子に向けられた。
女の子は狐月に睨まれて震えている。しかし、すぐに地面に頭を付けて謝ってきた。
「お金を盗んでごめんなさい」
「謝れば許されるとでも?」
「まあまあ狐月。話だけでも聞こうよ。さっき返しに行くっていってたじゃん。それにしてもさっきの投げは綺麗だったね」
「えっ! そうでしたか!? ありがとうございます」
(狐月もちょろいなー)
狐月は覚えたての技術を褒められて上機嫌になる。そんな狐月を放っておいて俺は女の子の話を聞く。女の子の名前はメルといって、王都の端にある平民街の孤児院に住んでいるようだった。
孤児院では深刻な食糧不足になっているようで、妹達に何か食べるものを与えたくて今回のようなことを繰り返していた。
最初は食料を買おうとしたが、この巾着を開けると、見たこともない大金が入っていて驚いたらしい。これはきっと大事なお金なのだと思い返しに行こうとしたら、金貨を持っているところを先ほどの男達に見られてしまったようだ。
「ごめんなさい。どうしても妹達に何か食べさせたくて。···あの、···お願いです。私、なんでもしますから、妹達に食べさせる量だけで構いませんので、何か食べるものを恵んで頂けないでしょうか!」
この世界でも苦しんでいる子供は多い。王都でも貧富の差は激しい。国は何も対策をしていないのだろうか。
「ちょっと待っててね」
俺は近くの商店街でメルが持てるだけの食料を買ってきた。
「持てる分しか買えなかったけど、妹さん達に持っていってあげな。それと···」
俺はメルにこっそり巾着を渡した。小声で「大事に使うんだよ」と言ったら、メルは泣きながらお礼を言ってきた。
俺と狐月は、念の為孤児院が見えるところまでメルを送っていった。
「若様、本当に宜しかったのですか?」
「うん。どうしても放っておけなくて。桜火達には内緒にしてくれる?」
「私は何も見ておりませんよ。若様」
「ごめんね。狐月」
狐月はニコニコしながら「帰りましょう、若様」と言って、俺の腕にくっついてきた。狐月はなぜか帰り道、終始ご機嫌だった。
宿に着くとパナメラが依頼主を連れて待っていた。宿の食堂は事前に貸し切りとなっていた。依頼人の希望で人払いもされていた。金銭的な余裕があるのだろう。宿にも相応の補償金が支払われていたらしい。
「お待たせしてすみませんでした。少し別の用事が出来てしまって遅くなりました」
「私達も今来たところよ」
パナメラは依頼主に俺達を紹介した。
「あなた達でしたか。今噂の冒険者パーティ『コウゲツ』というのは。以前お会いした時は三人だったと思いましたが···」
そう言いながら依頼主が立ち上がり、フードを取って顔を見せた。
「あなたは···」
フードの下からは綺麗な銀髪の少女が現れた。冒険者登録をした日、ギルドの場所を教えてくれた子だ。そして、横にはあの時もいた大きな男が一緒だった。名前は確かレオと呼ばれていた気がする。
「訳あって素性は明かせませんが、私のことはテスタとお呼び下さい。こちらは私の付き人のレオと言います」
レオは無表情で頭を下げた。
自己紹介も終わり、『コウゲツ』と依頼主であるテスタ達との話し合いが始まった。久しぶりの冒険者の仕事だ。やっぱり冒険っていいよね。