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エルミナ王国剣術大会⑤ 終焉

 エルミナ王国剣術大会準決勝、片方の勝者が桜火に決まった。残るはもう一組だった。


 桜火とルカの試合に注目が集まっていたが、残る二人の試合もかなりの盛り上がりを見せていた。


 その理由は、対戦者の一人がランクオーバーの特別冒険者で、さらに、その相手選手が予選でも圧倒的な強さを見せた仮面の選手だったからだ。


 場内にアナウンスが入る。


「これより準決勝を開始します。対戦者はバスクーダ選手対、ムーラホ選手です!」


「若様···ムーラホって···まさか」

「言うな狐月(こげつ)···」


 予想はしていたけどなんて安直なネーミングだ。ここにポルン達が居なくて良かった。


「バスクーダという選手、焔···ホームラさんが相手で大丈夫なんでしょうか?」

「狐月、ムーラホね。全然言い直せてないからね。僕もランクオーバーの人とはギルマス以外に会った事がないから分からないなあ。でもランクオーバーって相当強いって聞くから大丈夫なんじゃないかな、多分」


 狐月は相手の選手を心配していた。


 バスクーダは長身で細い目をした男だった。帯刀している武器が異様に長く見える。俺達みたいな体格が小さい者には使いこなせないだろう。あの武器をどのように扱うかが見ものだ。


 対するムーラホは予選ではなかった日本刀を帯刀していた。もう隠す気はないのだろうか。しかし戦いでは木刀を使う気だ。


 両者が揃うと、会場も更に盛り上がった。そしてアナウンスと同時に試合が始まった。



   ***



【視点別】闘技場内


 試合開始のアナウンスが鳴るとすぐに男が動いた。長身で細い目をした男の名はバスクーダという。バスクーダが剣を抜いて構えたのだ。


 通常の剣より明らかに長い。バスクーダが腰を落とし、剣は地面と水平に、剣を持った右手は体の後ろに置いて、左手は前に突き出し刃とやや重なるように構えた。一本突きの構えに似ている。正面からだと距離感が掴みづらいだろう。


「すまんなー。あんたえらい強そうなんで、最初から全力でいかせてもらうわ」

「······」


 相手の仮面の選手はムーラホという。ムーラホはバスクーダに返事もせず、木刀を上段に構えた。


 誰もが正面からの攻撃が放たれると思った瞬間、ムーラホの背後から、腰の脇辺りの服をバスクーダの剣が突き破ってきた。


 さっきまで正面にいたはずのバスクーダが、いつの間にかムーラホの背後に移動していたのだ。ムーラホは間一髪体をずらすことが出来、ダメージは無かった。


「あれを躱せるんかいな、ほんまにバケモンとちゃうか自分」

「······」

「だんまりかいな、つれないねー」


 バスクーダは初撃を躱されたことに正直驚いていた。あの突然後方から来る突きは、初見殺しの技で今まで躱されたことが無かったからだ。


 バスクーダが再び一本突きの構えを取ったが、今度は正面にいたムーラホの姿がいなくなっていたのだ。


 バスクーダは反射的に横に飛んだ。気配を感じるでも見えているでもなかった。ただ攻撃が来ると直感し、反射で動いていたのだ。


 バスクーダの横ギリギリに木刀が降ってきた。ムーラホの一撃は空を切り地面に当たる。衝撃で土埃が舞った。隙を見てバスクーダが距離を取る。


「あのじいさん、何が楽な相手だ。無茶苦茶やんこいつ」


 一本突きの構えを止め、正面から一気に距離を詰めて剣を横に振った。これは簡単には避けられない。バスクーダの剣は長く、しかも攻撃の速さも尋常ではない。


 ムーラホはすでに後方に下がって躱そうとしていたが、まだ相手の間合いの中からは抜けられなかった。木刀で受けて剣の軌道が変わり、かろうじて躱すことが出来た。しかし、この攻撃に木刀は耐えられず折れてしまった。


 ムーラホは初めて、帯刀していた刀を抜いた。


「なんやその武器は?」


 ムーラホが抜いた刀は日本刀だ。この世界にはまだ知られていない。会場もざわついている。そしてムーラホが初めて口を開いた。


「おしまいじゃ···」

「おま、女か!?」


 バスクーダが一瞬反応に遅れた。気づくと既に攻撃が飛んできていた。とっさに剣で受けにいったが「チンッ!」と甲高い音が鳴った。


「くっ! うそやろ!」


 バスクーダの剣が真っ二つに折れていた。いや、切断されたと言った方が正しい。そのせいで攻撃を受けきれず左肩を斬られてしまった。


 そのままムーラホの連撃が続く。かろうじて躱し続けているが、肩の出血がひどい。いつ倒れてもおかしくないだろう。


 連撃が止まったと思ったバスクーダの視界には、刀を鞘に納めて腰を落として構えているムーラホの姿があった。


「こら、あかん」


 その瞬間バスクーダが横に吹っ飛んでいった。危険と判断したバスクーダは回避に全力を注いだ。折れた剣を盾にし、少しでも衝撃を弱める為に打たれる方向に飛んだのだ。


 それでもムーラホの抜刀は速く、バスクーダの剣を粉々にした。もし横に飛んでいなかったら確実に胴体が真っ二つになっていただろう。


 すぐに治癒魔導士が近づき対応していた。戦闘不能の合図があり、試合終了のアナウンスが流れた。


 準決勝第二試合勝者は仮面の選手ムーラホだった。



   ***



「若様、焔···ホームラさんの持っている武器は桜火さんのものと同じものですか?」

「もう焔でいいよ。うん、日本刀って言ってね、焔のは太刀と言って長めの刀で、桜火のは小太刀と言って短めの刀なんだ。光月村のドワーフに頼んで造ってもらってるんだよ」

「すごい切れ味でしたね。相手の剣が全く歯が立っていませんでしたよ」


 ドワーフ製の武器はそもそも性能が高い。日本刀になると更に性能が上がる。そして、桜火の『小太刀ー桜火ー』に関しては謎の性能を持っている。


「この試合が終わったら狐月にも見せてあげるね」

「はい。ありがとうございます」


 狐月は何でも嬉しそうに喜んでくれるから、こっちも何だか嬉しくなってしまう。


「それにしても、バスクーダっていう人もかなり強いと思うよ。焔や桜火が居なかったら確実に優勝してただろうね。あの初撃も普通だったら躱せなかっただろうし」

「やはり、焔さん達が異常に強いという事ですね」

「ははは、そうだね」


 狐月と楽しく話していると、ポルン達が帰ってきた。ルカはシャルティアに支えられていた。まだ完全に回復できていないのだろう。


「お疲れさま。いい試合だったねルカ」

「ありがとうございます。一太刀ぐらいは入れたかったんですけどダメでした」

「ダメじゃありません。素晴らしい試合でしたわルカ様」


 シャルティアに褒められて「ありがとう」と言って照れるルカ。


「お前ら、いちゃつくなら帰れば」

「ポルンさん、からかったらいけませんよ。愛なのですから」


 狐月の言葉に二人は顔を真っ赤にして大人しくなった。


「さてと、それでは全員そろったところで決勝戦といきたいところだけど、その前に言っておきたいことがある」

「お金ですか?」

(しばくぞポルン)


 俺は皆にムーラホが焔だという事を明かした。一斉に「「「えっーーーー!!」」」と声を出して驚いていた。特にポルンが。


「とりあえずそういう事だから、当初の目的の優勝賞金が確定した。ふっふっふっ」

「やっぱりお金じゃないですか」

(······)


 そんな話をしていると決勝戦のアナウンスが入る。会場が大歓声に包まれ、二人の選手が入場する。焔と桜火だ。俺は試合前に焔に念話を飛ばしてみる。


『おい焔』

『······』

『おい』

『ワラワはホームラじゃ』

(ホームラって言っちゃてるじゃん)


『もういいから。無茶はするなよ』

『······』

(無視かい!)


 微かな不安を残しながら、アナウンスが入り決勝戦が始まった。


「師匠あれって···」


 対峙する二人を見て、ルカがあることに気づく。二人とも木刀を持っていなかったのだ。持っていたのはお互いの最強装備の日本刀だった。


 これはまさに命が掛かった真剣勝負だった。


 焔が先に抜刀し、桜火に攻撃を仕掛ける。桜火の反応は正確だった。間合いが取れるものはぎりぎりで躱し、取れないものは小太刀で受けていた。


 焔は殺気を隠す気は無かったみたいだ。同門同士気配の読み合いに長けている為、量と速さに出たのだ。


 実は気配の読み合いと剣術に関しては桜火の方が上なのだ。これは稽古の量が関係している。焔は稽古の量より、型や技を知りたがり、偏った稽古になっていた。その反面、桜火は実直に稽古を続けていたのだ。


 殺気を出しながら攻撃をしているため、桜火に読まれやすくなっているが、量と速さがある為、桜火も反撃がしづらかった。


 そこに、焔の一刀が桜火の左腕をかすめた。


「うまい!」


 俺は思わず声に出していた。他の皆は分かっていなかったようだ。狐月は相変わらず「何がうまいのでしょう?」と聞いてくる。


「焔はずっと攻撃に殺気を込めていたんだけど、今の攻撃だけ気配を殺してたんだよ。単純に気配を消しただけなら桜火も気づくと思うけど、あの殺気のこもった連続攻撃に混ぜられたら反応は遅れるよ」


 全員が「おお」と感心した声を出す。


 なおも焔の攻撃が続く。ここで桜火の動きが変わった。間合いを取って躱すのをやめて小太刀で全部受け始めた。


 全ての攻撃を受けきっている。それがだんだんと受けるだけではなく、攻撃が加わっていった。そしてついに焔の刀が弾かれ始めたのだ。


 焔は上に弾かれた刀をそのまま桜火に打ち込んだ。これを桜火は受けずに躱したのだ。不意に躱された焔の攻撃は軌道を変えることができない。今度は桜火が小太刀を下から斬り上げた。焔はかろうじて上体を反らすが躱しきれず、桜火の小太刀が焔の仮面をかすめた。


 仮面は割れて、焔の右目辺りが露わになり額から血が流れていた。一瞬動きが止まったと思ったら焔の横一文字が桜火に放たれた。桜火は小太刀でそれを受けたが威力が強すぎてそのまま後方に飛ばされてしまった。何とか踏みとどまり、次の攻撃に備えていた。


 攻撃を受けた焔は明らかに雰囲気が変わっている。


「し、師匠、あれってまずくないですか」

「うん。完全に本気モードになってるね」


 焔がゆっくりと桜火に近づいて行ったその時だった。焔が右下に伸ばした刀から炎が生まれ渦を巻き始めた。


「「「あ···」」」


 俺達は声を揃えていた。焔が刀に魔法を込めたのだ。


「む、ムーラホ選手! 魔法剣技の使用により失格です!」


 焔の失格を告げるアナウンスが入った。そう、この大会は身体強化の魔法は許されているが、それ以外の魔法の使用は禁止されている。あくまでも剣術大会なのだ。


 焔は試合を忘れて本気で戦っていた。その際に魔力が漏れて、炎帝の力である炎が具現化してしまったのであろう。これで試合は終了した。皆もそう思っていた。


 しかし、試合終了のアナウンスが掛かったのに焔が戦いを止めようとしなかったのだ。


「師匠、焔様止まりませんよ! あれ? ポルン、師匠は?」

「え? さっきまでここにいたのに···。あっ! あれ!」


 緊急事態に会場がざわつく中、闘技場内にフードを被った少年が突如乱入したのだ。もちろん俺だ。俺は素早く焔の前まで行った。


「さあ終焉の時だ···んっ!!」


 俺の殺気に我に返ってたのであろう。焔が「ちょ、ちょっと待て」と言ったが、時すでに遅し、俺は攻撃の体勢に入っていた。焔は苦し紛れに刀を振り下ろすが俺は難なく躱し、焔の腹に一撃を入れる。


 焔は悶絶し気を失った。そのまま俺は焔を引きずって退場した。


 突然の出来事に会場がシーンとしていたが、タイミングよくアナウンスが入った。


「エルミナ王国剣術大会! 今大会の優勝者は冒険者オウカ選手に決定です!!!!」


 桜火が中央で「てへっ」っとポーズを決めたら、静まった会場が一気に大歓声に変わった。だがその会場の中に、光月関係者の姿は桜火を残し、一人もいなかった。


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