エルミナ王国剣術大会③ 【別視点】
【別視点】闘技場特別観覧席
エルミナ王国剣術大会は、予選が全て終わったところだった。大会関係者のみが観戦することができる特別観戦席に二人の男が座っていた。
「ほっほっほっ。今回はとんでもない奴らが参加したもんじゃのー。なあアルフレッド」
「あれは先生のところの冒険者じゃありませんか?」
「先生なんてやめろ。お前はもう一国の王だろうが。まあ、確かにうちの冒険者じゃが、わしが知っとる少年とは違うのー」
白髪の老人はギルドマスターのルーカスである。その隣に、エルミナ王国の国王アルフレッド・エルミナが座っていた。
二人はアルフレッドが国王になる前、武術の師弟関係にあった。ルーカスは先代国王のセドリックと旧知の間柄だった。その為、アルフレッドが小さい頃から、ルーカスが武術の先生をやっていたのだ。
「あの子供達は何なんです。大の大人がほとんど弄ばれていましたよ」
「ありゃそうとう洗練されてるのー。負けてしまった子もそうじゃが、相手の動きを全部見切って最小限の動きで躱しとる。特にあの女の子は別格じゃのー」
「先生だったらどうですか?」
「うーん。単純な剣術だけなら辛勝ってところじゃろうかのー。ほっほっほっ」
「それほどですか···」
アルフレッドは信じられないという表情でルーカスを見た。
ルーカスは引退したとはいえ、元ランクオーバーの特別指定冒険者の一人だった。さらにドラゴンスレイヤーの二つ名まで持っている。現役時代は負け無しと噂されていた。そんな彼が辛勝と言わせる少女は一体何者なのだろうか。アルフレッドはルーカスの話を聞き、そう思った。
この大会では武器使用は何を使用しても許されていた。しかし、今回注目されている子は、帯刀はしているものの、使用している武器は木刀のみであった。他の参加者は全員実戦で使用される武器を使用していた。
この大会は軍の選抜も兼ねているので、かなり実戦に近い形を取っていたのだ。この大会の為に治癒魔導士を大勢用意しているが、毎年必ず死亡者が出る危険な大会でもある。
その為、命の危険があると判断した参加者は武器を放棄し、降伏宣言する参加者も少なくない。
「先生はどの参加者が優勝すると思いますか?」
「それを言っちゃつまらんじゃろ。じゃがちと気になる奴はおるがのー」
「それは···」
アルフレッドが続きを聞こうとした時、後ろの扉を叩く音がし、「失礼します」と言って、男が入ってきた。全身白く輝く鎧を身にまとった男の名はアーサーという。
「ご歓談中に申し訳ありません。陛下。開会宣言の時間になりますのでお迎えに参りました」
「分かった。ではルーカス殿、後ほど」
アルフレッドはアーサーが連れてきた部下の案内で特別観戦席から出て行った。部屋にはルーカスとアーサーが残った。
「良いのですか。あいつを参加させて」
闘技場内には予選を勝ち抜いた十名の参加者が集まっていた。アーサーはその参加者の一人を見ながらそう呟いた。
「そう簡単に優勝されちゃ困るでのー。だいたい、あいつに勝てないようじゃ、『S』ランクなんてやれんしのー」
「あれでもこの国の旅団長ですよ。遊撃隊なので誰が団長かは公にされていませんからバレないとは思いますが。負ければ一大事ですよ」
「負けた時は挿げ替えればええじゃろ。確か優勝者は旅団長になれるじゃからのー」
旅団は国王軍となってはいるが、冒険者ギルドからの出向扱いとなっている隊長は、隊員も自分の裁量で決めることができる。その詳細に関しては、旅団長よりも位が高い者しか知らされていない。
「アーサー。なぜギルドが 戦争の不参加を認められてると思う?」
「それはこの国の法律で決まっているからでは?」
「王国騎士団のトップがこれじゃあのー。まったくのハズレじゃ。これは昔からの風習でのー」
ルーカスはそう言うとアーサーにこの世界について語り始めた。
世界は元々、国境や種族の区別などほとんど無かった。あるとすれば四帝が持つ縄張りぐらいだ。四帝はそれぞれの縄張りを侵したりはしなかった。また、それぞれの縄張りに住む人達も、それを守っていた。
四帝が世界の均衡を守っていたため、人は四帝のことを神の御使いと呼ぶようになったのだ。
四帝の縄張りで、それぞれが平和に暮らしていた。食べ物を作り、家畜を育てる。唯一、共通の敵と言えば魔物ぐらいだった。
魔物は世界中に生息する。魔物とは『言葉も喋れず、人を襲うもの』をそう呼んだ。魔物は様々な素材になったり、食料にもなる。人が生きるには必要なものでもあった。
魔物は人を襲う。魔物から身を守る為に人々はあらゆることを考えた。まずは戦う術を、そして戦う者を育て、魔物から人を守るための集まりを作った。それが冒険者ギルドの始まりとされている。
そのギルドの始まりに『人と戦う』という概念は存在していなかったのだ。人の侵略は、するのも、されるのも、四帝が全て抑止力となっていた。そのため、戦争という概念がそもそも無かった。
その概念が今でも残り、戦争が存在する今日でも、冒険者ギルドの戦争の不参加が認められているのだ。
アーサーは王国の騎士として育ってきたから、冒険者ギルドのことに関してここまで詳しい話を聞いたことがなかった。
「戦争不参加にはそのような理由があったのですか···。でも、なぜ今のような国境ができるようになったのでしょうか? 今の話だと侵略は四帝が防いでいたようですが」
「本当に何も知らんのー。まあこれは知らんのも無理はないがのー。その原因は···『落神―おちがみ―』じゃよ」
「落神?」
「あぁ。落神は神が世界に歪みを与える為に人に落とした神の子の事じゃ」
アーサーは更に頭を抱えた。「神の子とは?」と質問が増えてしまった。
この世界は二柱の神が創造したものだった。四帝のおかげで世界は平和になった。しかし、ただそれだけが続いた。それを見飽きた片方の神が、力を与えた子を地上に降ろしたのだ。それが最初の落神だった。
落神はその力で魔物を統べる者となった。これにより世界は歪み始める。次第に四帝の縄張りにも影響し始めたのだ。
これを良しとしなかったもう片方の神が、同じように力を持った子を地上に降ろした。それが二番目の落神だった。二番目の落神は人を統べた。
この二人の落神が争い、とうとう四帝が守ってきた均衡も崩れてしまったのである。そして、その二人の争いが戦争の始まりだとも言われている。
「アーサー。勇者とはなんじゃ?」
「勇者ですか? 私は今でも、この国を守った先代国王こそ本物の勇者だと思っています」
「ありゃ勇者でもなんでもない。あやつはのー落神じゃ。国を守るなんて当たり前じゃのー」
「え!?」
「まあそれはええんじゃ」
アーサーからすれば聞き流せない話だった。しかしルーカスは当たり前のように話を続けた。
「最初の落神は魔物を統べた。人からしたら敵だのー。しかしどうだろう、魔物は人に狩られてしまう。魔物からしたら自分達を人から守ろうとしていた最初の落神こそ、魔物達にとっての勇者ではないだろうかのー」
アーサーはその話を聞いて「それは···」と考え込んでしまった。
「神様もどえらい課題を創ってくれたくれもんじゃのー。何が正しくて、どちらが正しいのか···。難しいのー」
「ルーカス殿はなぜそのようなことをご存じなのですか? 今のような話は初めて聞きましたが」
「当たり前じゃ。落神は一般の人には知られておらんからのー。この国でも知ってるのはわしと今の国王ぐらいかのー」
「それはなぜですか?」
「天啓じゃ。わしと、先代の国王はあるお方からこの話を聞いた。そのお方は「天啓があった」と言っておったのー」
「そのお方とは?」
アーサーが質問を続けた時、闘技場の観戦席から大きな歓声が起きた。いつの間にか本戦が始まっていたのだ。今は例の少女が戦っていた。相手は騎士団大隊長のロドルフ隊長だった。
ロドルフ隊長の攻撃を躱し続ける状況に観客が盛り上がっていたのだ。
「ほっほっほっ。これも天啓か。そのお方は西大陸にある帝国の聖女『マリア・ロベルタ』、別名『ロベルタ···」
ルーカスが言うのと同時に大歓声が上がった。どうやら決着がついたらしい。アーサーはその名を聞いて、闘技場内の倒れたロドルフ隊長に手を貸す少女をずっと見つめていた。