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エルミナ王国剣術大会② 激情

「ルカ。本戦出場おめでとう。さすが勇者」

「師匠までやめてください」


 本戦出場を果たしたルカは観客席に戻って来ていた。その隣にはシャルティアがしっかりと陣取っていた。


「それで、参加者の実力はどうだった?」

「すごく戦いやすかったです。桜火(おうか)とポルンと比べると、(みな)さん動きに感情が表れすぎていました」


 ルカがここまではっきり言うのだからそうなのだろう。この分だとポルンも桜火も簡単に勝ち進んで行くにちがいない。


 そうこうしているうちにEブロックの試合が始まっていた。ポルンがいるブロックだ。試合が進み、ポルンの番がやってきた。


 ポルンの試合では、第一試合から相手に警戒されていた。(みんな)ルカの試合を見ていたのだろう。子供だからといって手加減はもうしてこない。しかし、それだけではポルンの相手にはならなかった。ルカ同様、一度も攻撃を受けずに全員を倒してしまった。


 会場は歓声も上がっていたが、「どうなってるんだこの大会は」と困惑(こんわく)した声も聞こえてきた。


 この調子だと第二試合も簡単に終わるものだと俺達は思っていた。焔はEブロックの試合が始まる前から「つまらん」と言って、出店に買い食いしに出かけてしまっていた。


 第一試合が全て終わり、第二試合が始まろうとしていた。俺達もただの消化試合だろうと思っていたが想定外の事態が起きた。ポルンが負けたのだ。


 勝負は一瞬だった。試合開始直後ポルンは一番近くにいた相手を倒しに向かったが、気づいたら目の前に別の相手が現れたのだ。


 (おどろ)くことはそれだけではなかった。既にポルンとポルンが狙った相手以外が戦闘不能になっていた。ポルンは瞬時に反応して攻撃に転じるが、そのポルンの攻撃が難なく(かわ)され自分の勢いを利用されて腹部に一撃を食らってしまったのだ。


 残る一人をついでのように倒し、試合は終了した。


 俺は別の意味で(おどろ)いていたけど、冷静に試合を見ていた。ポルンは負けるだけの理由があったのだ。


「ルカ。ポルンがなんで負けたか分かる?」

「はい。相手が強かったっていうのもありますけど、ポルンが反射的に攻撃したのが相手に読まれたんじゃないかと思います」


 ルカの言った通りだった。反射的な攻撃は相手に読まれやすい。これは俺が何度も言ってきた事だ。光月流(こうづきりゅう)は相手の動きを読み、相手に動きを読まれない事が基本なのである。それを(おこた)った時点で稽古(けいこ)不足としか言わざるを得ない。


 ポルンが観客席に戻って来た。


「ポルンさんお疲れ様でした」

「···はい。···ありがとうございます」


 狐月(こげつ)が優しく声を掛けた。ポルンは今負けた悔しさ、悲しさなどの色々な感情が渦巻いているのだろう。(みんな)もそれが分かっているからなんて言ったらいいか分からないのだ。きっと(なぐさ)めなどもいらないのだろう。負けた原因は本人が一番分かっているのだから。


 俺はポルンが何を考えているか分かる。(なぐさ)めよりも、はっきりと指摘された方が楽なはずだ。きっとこれは俺の役目なのだろう。


「ポルン。俺が何を言いたいか分かる?」

「···はい」

「分かってるなら次に同じことをしなければ大丈夫だよ。それと役に立つかは分からないけど、俺が一つだけ守っていることを教えてあげるね。

 俺はある時から、二つのルールを決めることにしたんだ。戦いに身を置く以上、敗北は死の意味を持っているからね」

「ルール···ですか?」

「そう、ルールだ。一つ目のルールは『絶対に戦いでは負けない事』で、二つ目のルールは『一つ目のルールを絶対に忘れない事』なんだ。俺は負けない為にこの二つのルールを守るようにしてるんだよ」


 ポルンは俺の話を真剣に聞いていた。何かを必死に掴もうとしている。


「もちろん、勝負に絶対はない。負ける時は負けるよ。でも、絶対に負けてはいけない戦いが一つだけあるんだ。何だと思う?」

「···分かりません」

「それはね、過去の自分だよ。昨日の自分、一時間前の自分、一秒前の自分。この過去の自分に負けた時点で勝てる戦いも勝てなくなるんだよ。ポルンは今回、試合でも負けちゃってたけどその前に、過去の自分に負けてなかったかい?」


 ポルンもやっと分かったようだ。もし、もう一度試合をしたら同じ結果にはならないだろう。間違ってもすぐに決着がつく事態にはならなかったはずだ。戦いでは少しの油断も、少しの(おご)りも持ってはいけない。


 俺は、試合前に(から)まれた時のポルンが言った言葉が気になっていたのだ。きっと桜火もそれに気づいてきつい一撃を入れたのだろう。


「···師匠。俺···師匠が言ったように自分に負けてました。稽古だったらあんな攻撃は絶対にしなかった···。負けた時の攻撃だって普段だったら(かわ)せてたと思います。俺···」

「大丈夫。ポルンはちゃんと強くなってるよ。次は自分に負けないようにしないとな」


 ポルンは泣きながら「もう負けません」と固く(ちか)った。心配していた(みんな)も少しホッとしたみたいだった。


「でも若様、ポルンさんに勝った方はそんなに強いのですか?」

「うーん。そうだね。少なくともこの大会の上位に入るのは間違いないんじゃないかな。そうじゃなかったらポルンが反射的に攻撃なんてするはずないからね」


 予選では参加者の情報はアナウンスされないから、他の人には男か女かも分からないのだろう。でもあの動きは誰でもできる訳ではない。桜火ならどう見えたのか気になるところだ。


 そんなことを考えていたら、とうとう桜火のJブロックの番が来た。


「おい、レン。面白いことになったぞ」


 突然(ほむら)が帰ってきた。


「どうしたの? うまい物でも見つけた?」

「お前、ワラワに対して(ざつ)じゃないか? そうじゃなくて、あの入り口でもめとった相手がいたじゃろ。あやつ、桜火のブロックにおるぞ」

「うそ!? それ大丈夫?」


 全然面白くない。今闘技場には桜火一人しかいない。つまりブレーキ役が誰もいないのだ。俺は一人で(あわ)てだした。


 そうこうしているうちに桜火が闘技場に現れた。運が悪いことにあの男も一緒に出てきた。男は試合が始まる前に桜火を(あお)り始めていた。


「おいおい、こんなお嬢ちゃんが参加しちゃって大丈夫なのか? またあのおぼっちゃんに助けてもらわなくて大丈夫? はっはっはっ!」

(おいおいやめろ、俺は助けてやれんぞ。)


 俺が隣を見た。


 チーン! ご愁傷様(ごしゅうしょうさま)です。焔をはじめ全員が手を合わせていた。


 俺の心配をよそに、試合が始まってしまった。


 試合が始まっても誰も動かなかった。いや正確に言うと動けなかったのだ。桜火はゆっくりと自分を(あお)ってきた男に近づく。


 桜火が男の目の前に来ると、男がガタガタと(ふる)え始めた。

 桜火が手にした木刀を振り上げて男の頭めがけて振り下ろした。確実に頭が割れると思ったが、桜火はぎりぎりで寸止(すんど)めをした。男は白目をむいて座り込んでしまった。さらに股間(こかん)の部分が()れ始めた。男は失禁(しっきん)してしまったのである。


 それを見た他の参加者は全員武器を放棄(ほうき)した。この時点で桜火の勝利が確定した。武器の放棄は降参(こうさん)を意味する。大会初の一度も攻撃を与えることなく勝利してしまったのだ。


 女の子に失禁させられてしまった男は、今後兵士としても男としても再起不能になるかもしれない。本当に恐ろしい勝ち方をしたものだ。


 第二試合は降参する参加者は一人もいなかったが、誰も桜火には触れることが出来ず、(かわ)されたところを軽く打ち込まれてそのまま気絶していった。あまりにも一方的な試合になり、会場は歓声どころか、ざわついた雰囲気が広がっていた。


 その後、Jブロックの予選が終了し、十名の本戦出場者が決定した。

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