魅惑の香り
王都誘拐事件から数日経った。ローラ親子は自分の村にはもう帰りたくないから俺達と同行したいと言ってきた。ローラは娘を後回しにされたことでかなり怒っていた。
シャルティアに関してはルカと一緒にいたいのが本音だと思う。あの日から毎日ルカのそばから離れようとしない。どっかで見た光景だ。
皆で話し合い、次に光月村に帰るまで同行することで同意した。俺はこれを機会に以前から考えていた光月村の食文化発展計画を始動することに決めた。
ローラは長年生きているため、料理の腕が良いと言う。一緒にいる間に現世の料理を教えることにしたのだ。お客が空いている時間に、宿の調理場を借りて練習を重ねた。作った料理は全て俺達の夕食になった。
現世の料理はどれも好評だった。特にカレーライスは全員がはまってしまい連日所望する事態になった。現世の材料とは違うので、全く同じとはいかなかったが、この世界ではまだ生まれていない料理だったので皆には新鮮だったようだ。
それから、屋敷に囚われていた亜人達に関しては、元の住んでいた場所に帰る手立てが無く、光月村で面倒を見ることになった。メイドをしていた獣人の子は帰るところも無いという事だった。服従の輪は俺が壊した。もう彼女を縛るものは無くなったのだから、これからは自由に生きていける。
「私には行くところがありません。皆様に仕えることをお許しいただけないでしょうか」
彼女がそう言うと、焔が「レンに仕えればよかろう」と提案し、全員「うんうん」と言って同意する。断る理由もなかったので、俺は了承した。
「君、名前はなんて言うの?」
彼女には名前がないと言う。彼女は小さい頃にドレーヌの屋敷に連れて来られて、それからずっとメイドとして仕えてきたらしい。メイドと言ったら聞こえはいいが、彼女に関してはほとんど召し使いの扱いだった。
どうしようか考えていたら、焔が何やら彼女に耳打ちしている。彼女は焔に「宜しいのでしょうか?」と言って、焔も「構わんよ」と応えた。
「あの、レン様。私に名を頂けないでしょうか」
焔が余計な事を吹き込んだに違いない。でもこれから一緒にいるとなると名前が必要なのも事実だ。彼女は焔とセリナとは違い、狐の獣人みたいだ。綺麗な黒髪をしていて、メイド服よりも着物あればそっちの方が似合うだろう。それにしても黒髪の狐なんて見たのは初めてだった。
「じゃあ『狐月』っていうのはどうかな?」
「···コゲツ」
彼女にとっては初めての名前だった。よほど嬉しかったのか涙を流しながら喜んでくれた。
「狐月の名、ありがたく頂戴致します。今後ともよろしくお願い致します、主様」
「いやいや、主様なんて呼ばないでレンで良いよ」
「いえ、名を頂いた以上レン様は私の主でございます」
焔はまた楽しそうに笑っている。こいつ。
結局セリナの提案で「若様」に落ち着いた。俺には何が違うのか分からなかったが皆楽しそうにしていたので何よりだ。
こうして新たに、ローラ、シャルティア、狐月が仲間になったのだ。セリナは一度他の亜人達を光月村に連れて行く為王都を出た。
その日の夜に話し合いが行われた。
「さて、仲間も増えたところで、皆に大切な話がある」
「金か?」
(くっ! 焔め、こういう時に限ってするどい。)
「そ、その通り。このままいくと来週にはこの宿を追い出されてしまう」
「「「えーーーー!」」」
(うん。驚くよね。そうだよね。気持ちは分かる。俺も同じだ。)
「お兄ちゃん、この間かなりの収入あったよね? なんで? 早くない?」
「それはな桜火、大人には色々あるんだよ」
俺が桜火に怒られているとローラが申し訳なさそうに手を挙げた。
「···あの、多分それ私のせいです」
そう。以前ローラが衛兵に捕まった際に、賄賂として金貨が入った袋を渡してしまったのだ。それ以外にも光月村に送る物資の購入と、宿代の前払いなどでほとんど使ってしまっている。
事情を聞いて桜火は「またお兄ちゃんは」と言って小言は言うものの、顔はそんなに怒っていない。俺は痛くない説教をしばらく聞いてから改めて今後の計画を伝える。
「今は、ローラ達が増えたばかりで、森での狩りができていないから、ギルドの収入は当てにできない。そこで俺はこんなものを見つけてきた」
俺はテーブルに一枚の紙を置いた。全員でその紙を覗き込んだ。
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エルミナ王国剣術大会参加者募集
優勝賞金:白金貨10枚
優勝特典:etc...
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「···剣術大会。···白金貨10枚!?」
「「「おお!!」」」
「そう、剣術大会。これに参加して優勝すれば、当分お金の心配をすることは無い。それに三人の実力を知るいい機会だと思うんだ」
「ん? 三人? どういう事じゃ?」
「え。俺と焔は参加しないよ」
「何でじゃあ!!」
俺と焔が出たら何かと面倒なことが起こりそうだったので参加を見合わせたのだ。しかし、これには焔も納得がいかず、猛抗議を続けた。どうしてこんな戦闘狂に育ってしまったのか。
参加を我慢する条件で、焔には特別に個別稽古を約束した。今度は桜火が「私もそっちがいい」と言いだし、焔と桜火の喧嘩が始まった。俺はポルンとルカに目線をやるが「無理に決まってるでしょ」と言わんばかりに首を振っていた。
桜火にはこっそり「優勝したらもう一本小太刀を造ってあげるから」と言ったら急に大人しくなったので話を進めた。
「剣術大会は5日後だからそれぞれ稽古を怠らないように。狐月はしばらく俺と一緒に行動してくれるかな?」
「はい。かしこまりました」
焔は桜火達と稽古をしに出かけて行った。ローラとシャルティアは皆の希望でカレーライスを作る準備に入った。
俺は今後も一緒にいることになった狐月の能力を把握する事にした。この世界では人によって特別な力があったりするからだ。
狐月は小さい時から服従の輪のせいで戦闘行為をする機会がなかった。これからは身の安全を守る程度の護身術を身に付けて欲しかった。
狐月は簡単な手ほどきだけで、色々な型を身に付けていく。異常に呑み込みが早いし、一度説明すだけですぐに出来てしまう。これは、狐月が長年服従の輪で命令され続けたせいで身に付けたものだと言う。一度言われた事が出来ないと、きつい罰が待っていたからだ。狐月は言われたことを瞬時に理解し体現してしまう。それが狐月なりの処世術だったのだ。
俺はこれも立派な能力だと思う。それと同時に本当に苦労してきたのだろうと思った。
「狐月。これからは自分の速さで進んでいいからね。辛いときはちゃんと言うんだよ」
「···はい。ありがとうございます。若様」
狐月は俺の前で跪く。俺は狐月を従者としては見ていない。できればみんなと同じように家族みたいになれるといいなと思っている。俺は「さぁ立って」と言って手を貸した。
狐月は泣きながらその手を取った。今まで人の優しさに触れたことが無かったのだろうか。狐月は「これが···天啓···」と小さくつぶやいた。
それから俺と狐月は能力を把握する為、様々な実験をした。狐月は初めての事ばかりでとても嬉しそうだった。
宿に帰る時、狐月は改めて「若様、今後ともよろしくお願い致します」と言った。俺も「よろしくね」と応える。
宿の前ではカレーの匂いが漂っていた。後日この匂いがちょっとした騒ぎになり、王都内で「魅惑の香り」との噂が広まった。
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